2.偶然
えっ。
これだけ。
昨日まで、千景を通じ、メッセージグループ「ミチコ」で、鶴見さんの情報収集を依頼していた。
しかし、その情報は、「家族」メッセージグループで伝えられる。
それで、結構、不都合が生じる。
だから、メッセージグループ「ミチコ」へ、強引に乱入した。
直接「ミチコ」、いや、充人に依頼した。
内容は、鶴見課長の事ではなく、鶉野部長の情報だ。
鶉野部長の事が気になったのだ。
それで、充人からの情報があった。
ミチコ…石鎚山大学閥があるようです…
ミチコ…鶴見課長も鶉野部長も、石鎚山大学閥です…
これだけだった。
弘にとって、朱雀製紙の情報源は奥田充人君しか居ない。
まだ、昼前だ。
これだけでは、石鎚山市内で事件を探る事が出来ない。
と云って、石鎚山市内から、出る事は出来ない。
花宮水産との約束だ。
二ヶ月前、花宮水産、石鎚山営業所の事務員が入院した。
弘は、その期間だけ派遣社員として勤務していた。
事務員は復帰したが、今週末まで、石鎚山市で待機する事になっている。
社宅アパートは、今度の日曜日までだ。
だから、引っ越しは、日曜日に予定している。
引っ越しと云っても、アパートに家具や電化製品の設備は全て整っている。
しかし、食事は、ほぼ外食だ。
アパートで、やる事といったら、洗濯くらいだ。
だから、荷物は着替えだけだ。
事務員に、入院中の事務処理を説明すると、後、何もする事がなかった。
つまり、自由に事件を追いかける事が出来る。
ただし、平日の行動範囲は、石鎚山市内に限られている。
石鎚山市内観光は、千景とよく行っている。
夕方まで、行く所がない。
夕方になれば、「時鳥」へ飲みに行けるのだが。
いや、今日は「時鳥」の定休日だ。
昨日、店主に云われた。
つまり、今日は、何処へも行く所が無い。
覗いてみるか。
弘は、花宮水産、石鎚山営業所へ行ってみる事にした。
事務員に、処理説明を終えてから、一度も営業所を訪ねていない。
事務員の体調も安定していて、喚び出される事も無かった。
それに。
弘は、事件に遭遇して夢中になり、それどころではなかったからだ。
弘は、お茶菓子を手土産に、営業所を訪ねた。
営業所といっても、所長と営業担当者一人と、事務員の三人だけだ。
しかも、所長といっても、得意先を担当している。
若い、営業担当者は、得意先を訪問していて不在だった。
所長と事務員に挨拶をして、雑談をしていた。
入社していた事務員は、月に一度、病院へ通わなければならないそうだ。
その時は、所長が電話番をするそうだ。
事務処理は、二、三日なら、溜め込んでも、大丈夫だそうだ。
確かに、データは全て保存されているから、後日処理も可能だ。
所長が突然、何か思い出したようだ。
「そうや。聞かないかんと思うとったんや」
所長が弘に尋ねた。
弘が、家族で石鎚山へ登ると云っていた日、重河で遺体が発見された。
つまり、千景が、鵜川の遺体を発見した日だ。
所長は、弘が事件に巻き込まれなかったかと心配したそうだ。
弘は、特に変わった事は無かった。と答えた。
所長が、それは良かったと安心したようだ。
その後、何等、連絡が無かったので、大丈夫だろうと思ってはいたそうだ。
実際は、思いっ切り首を突っ込んでいるのだが、云えなかった。
朱雀製紙と云えば、地元に本社がある大企業だ。
その企業の社員が殺害され、発見されたのだ。
しかも、その十日前、鷹山が殺害されている。
つまり、連続殺人事件だ。
地元での、関心が大きい事件だ。
弘は、その後の所長の話しに驚いた。
所長の姪子が、石鎚山銀行へ勤めているそうだ。
所長のお姉さんの娘で、東京の有名私立大学を五年前に卒業して、石鎚山銀行へ就職した。
本店営業部の融資業務課に配属された。
以来、「事業応援ローン」という業務を担当している。
その姪子が「時鳥」の事件の際、店内に居たそうだ。
一緒に居た男は、姪子が就職して間もない頃、「事業応援ローン」の顧客だったそうだ。
何度か利用していて、男の融資相談を担当していた。
運送業の個人事業主で、当時の融資残高は、男の年収の半分くらいだったそうだ。
ところが、二年くらい前に、全額返済した。
その後、接触は無かった。
今年の一月くらいに、糸瓜町の自宅近くで、偶然出会った。
その時は、会釈したくらいで、会話は無かった。
四月になって、糸瓜町の杜鵑通りで、また偶然出会った。
その時は、男から話し掛けてきた。
現在は、運輸会社で運転手をしているそうだ。
それだけの話しだった。
そして、「時鳥」の事件当日、また杜鵑通りで出会った。
「時鳥」へ誘われて一緒に行った。
そして、あの事件が起こった。
それにしても、所長が詳しく知っいる。
姪子は、初めての経験で興奮して、所長に喋ったそうだ。
所長は、姪子が一緒にいた男の事が気になったそうだ。
それで、所長が一緒に居た男との関係を問い質した。
姪子が、躍起になって弁解したそうだ。
事件当日も、糸瓜町で偶然出会った。
男は、ゆっくりと、「その節は、お世話になりました」と礼を云った。
何でも、今月、昇進したそうで、祝杯を上げるそうだ。
是非、一緒に祝ってほしいというので、母親に連絡して、「時鳥」へ同行したそうだ。
祝杯と云うからには、何人か居ると思っていた。
ところが、男と姪子の二人っ限だった。
早々に切り上げようとした矢先に、事件が起こったそうだ。
弘は、後悔した。
もっと早く来ていれば良かった。
「会いたかったなあ」
弘が残念そうに呟いた。
「今日の夕方、来るんやけど」
所長が云った。
姪子は、時々、営業所を訪ねて来るそうだ。
所長の担当している得意先に、「石寿司」がある。
花宮水産は「石寿司」に、寿司ネタを納品している。
所長の姉から電話で、「石寿司」で持ち帰りをよく頼まれる。
と云って、所長が冷蔵庫から持ち帰り寿司の包を弘に見せた。
それを姪子が、営業所に立ち寄る。
姪子が、その寿司を自宅へ持ち帰る。
そう云えば、弘が冷蔵庫を開けた時に、「石寿司」の包が入っているのを何度か見た事がある。
あれが、そうだったのか。
これ以上、仕事の邪魔をしてはいけない。
弘は、夕方、また訪ねると云って、帰った。
姪子さんに、時間を取っもらうように頼んだ。
今日は、「時鳥」の定休日。
一日中、行く所が無いと思っていた。
偶々、営業所へ出掛けて良かった。
これで、今日も出掛ける所ができた。
何か情報を得られるかもしれない。
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