7.影響

「ええ。こちらに異動しました」

鴨池麻衣が答えた。


朱雀製紙、石鎚山本社を訪ねている。

鴇沢課長から、再度、鴨池さんに事情聴取するように指示があった。


鶉野部長と「時鳥」の鶉野奈津との関係を調べた時からだ。

最近、鴇沢課長が、何を考えているのか理解出来ない。

誰かに似ていると思う。

誰だったか。


雉内刑事は、業務中を避けたかった。

別件で二、三度、朱雀製紙、石鎚山本社を訪れた事がある。

以前、訪ねた時は来客が多く、なかなか、聴き取りができなかった。


ところが、今日は、すぐに応じてもらった。

やはり、殺人事件の捜査だからだろうか。


鴨池さんは、石鎚山営業所の営業事務課に配属されていた。

事件の後、鵜川の勤務していた石鎚山本社、経理課へ異動していた。

ちょうど、新人配属の時期だそうだ。


「早速ですが」

雉内刑事は、事情聴取を始めた。


鷹山が殺害された。

鷹山は「時鳥」脇の路地口で殺害された。

その十日後、被疑者の鵜川の刺殺体が、石鎚山重河渓で発見された。


鴨池さんは、殺害された鷹山、鵜川と同期だ。

「時鳥」で、同じく同期の鳩井智哉の四人で同席していた。


鷹山と鵜川は、鳩井が出張で地元へ帰って来る度に、飲み会をしていた。

鴨池さんは、その席に一度も参加していなかった。

飲み会の居酒屋も、毎回、違った場所だった。

鴨池さんが、初めて参加した「時鳥」で、事件が起こった。

何故、その日、鴨池さんは、飲み会に参加したのか。

雉内刑事は尋ねた。


鷹山から誘われたそうだ。

鷲尾が石鎚山で転落死した真相が判りそうだ。

そう云って誘われた。


鴨池さんは、大学二年生の頃、鷲尾さんと付き合うようになっていた。

結婚の約束はしていなかった。

だが、そうなれば良いと思っていた。


鷲尾が亡くなった時、転落死だと説明された。

誰を恨むでもなく、喪失感だけしか無かった。

そんな時、鷹山が励ましてくれた。

そして、朱雀製紙が事務スタッフの募集に、応募してみないかと誘われた。

既に、公認会計士事務所へ、就職が決まっていた。

鷲尾が、就職する筈だった朱雀製紙を受けてみようと思った。

そして、石鎚山営業所へ勤める事になった。

その後も、鷹山から何かと連絡があった。

全て、励ましの言葉だった。

鷹山から飲み会に誘われた時、鷲尾の転落死の真相を知りたいと思った。

鴨池さんが「時鳥」での飲み会に参加した経緯を話し終えた。


次に「時鳥」で、鷹山と鵜川が口論になった原因を聴いた。


「時鳥」で、鷹山が石鎚山の登山での話しを始めた。

鷹山が、鷲尾の転落死に付いて、話しを始めようとした事が分かった。


途端に、鵜川が声を荒げて、話しを遮った。

鵜川にしても、鴨池さんの気持ちを考えての事だと分かっていたそうだ。


鵜川は、気持ちを落ち着かせようと、煙草を買うと云って、店を出た。

筋向かいの歩道を県道に向かって、交差点まで行くとコンビニがある。

確かに、コンビニの防犯カメラに、鵜川が映っていた。

誰か、後を付けたような、形跡もなかった。

ただ、店に戻って来るのが遅かった。

それで、後を追い、鷹山が店を出た。

そして、事件が起こった。


鷲尾の転落死の話題になる前に、鷹山が殺害されてしまった。


案外、鷹山は、鴨池さんの事を好きだったのかもしれない。

もしかすると、鵜川も鴨池さんを…

雉内刑事は話しを聞いて、そう思った。

勘繰ってはいけない。

雉内刑事は思いを改めた。

もしかすると、鵜川も、鷲尾の事故死について、思い当たる事があったのかもしれない。


「何か、鷲尾さんや、鷹山さんとの会話で、気になる事は無かったですか」

雉内刑事は、焦っていた。


はっきりしないが、鷲尾の転落死には、何かがあったと云う事だ。

他に、何も無かった。

実際、捜査の手掛かりになりそうな情報は無かった。

このままでは…


「そう云えば」

鴨池さんが、何か思い出した。


鷲尾は、大学一年生の夏休みから、朱雀製紙、三之洲工場で、アルバイトをしていた。

三年生の夏休みまで、毎年、長期休暇期間には、必ず三之洲工場でアルバイトをしていた。


鷲尾が四年生になる直前。

春休みだった。

いくつか、地元企業の内定はもらっていた。

だが、本命の朱雀製紙は、結果待ちだった。


その日、いつもと同じように、朱雀製紙、三之洲工場で、アルバイトをしていた。

鷲尾が帰宅途中、石鎚山市近くの喫茶店へ立ち寄った。

そこで鴨池さんと、待ち合わせをしていた。

暫く話しをしていた。

突然、鷲尾が顔を隠すように、通路と逆のカウンター側へ向いた。

二人の男が、鴨池さんのテーブルの横を通り過ぎた。

ひと席、テーブルを挟んで、一番奥に二人の男が着いた。


鴨池さんは、すぐに、鷲尾が、顔を見られると不味いのだと覚った。

幸い、鷲尾は二人に背を向けている。

顔を見られる事はない。


二人は、コーヒーを飲むとすぐに店から出た。

殆ど、会話が無かった。

唯一、聞こえた会話がある。


「新人を東京へ取られたら不味いなあ」

「なんとか、しますよ」

「よろしく」

だった。


二人の男が帰った後、鷲尾が三之洲工場での出来事を話した。


バレットに製品を積み上げて、倉庫へ入庫したり、倉庫から製品を出庫する作業だ。

夕方、プラットフォームで、出庫した製品をトラックへ積み込んでいた。


「あなたが、鷲尾さんですか」

振り返ると、二人の男が居た。

声を掛けてきたのは、四、五十代だ。

もう一人は、二、三十代だった。


「部長。東京に決まったようです」

年上の男が部長だと分かった。

部長が頷いた。


しかし、三之洲工場に居る部長は、四人だ。

その誰でもない。

本社の部長は知らないが、工場の部長なら顔くらいは分かる。


その二人の男が、偶然、喫茶店へ入って来たのだった。


その後、内定の通知が届いた。

今、思えばだが。

鷲尾は東京本社へ勤務が決まっていた。

二人の男が、それを阻止しようとした。

とも考えられる。


「その二人、顔、覚えてますか」

雉内刑事が尋ねると、頷いた。

鴨池さんは、顔を覚えていた。


雉内刑事は、朱雀製紙、石鎚山本社を後にした。

鴨池さんが云っていた、喫茶「止り木」へ向かった。


雉内刑事は、鴨池さんと鷲尾が居たと思われる席に着いた。

鷲尾が着いた席からは、入口が見える。

コーヒーを注文して、手帳を見て考えていた。


もし、想像する通りなら、事故ではなく、事件だ。

若い男が「何とかします」と云ったのは、鷲尾を殺すという事か。

しかし、記録を調べても、不審な事象はなかった。

鴨池さんは、二人の男の顔を見ている。

年配の男は部長だ。

しかも、朱雀製紙の関係者らしい。

調べれば、分かるかもしれない。


ゆっくり、コーヒーを一口啜った。

お客さんの、入って来るのが見えた。

お客さんと目が合った。


えっ!

「あっ!雉内さん」

秋山弘が、声を掛けてきた。

「コーヒーお願いします」

店主に注文して、当然のように、雉内刑事の前へ腰掛けた。


「いやぁ。偶然ですね」

秋山が云った。


本当か?

まさか、見張っていた訳ではないだろう。

そんな気配は無かった。

本当に、偶然なのか。


もしかしたら、秋山なのかもしれない。。

鴇沢課長は、秋山に影響を受けているのか。

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