6.遺伝
もう二十三時を過ぎている。
弘君から朱雀製紙の鶴見課長の情報が無いか。とメッセージが届いた。
もう少し早く、メッセージを送信してくれていれば、尋ねる事が出来たのに。
景子さんも、よく云っていた。
弘君はタイミングが悪い。
しかも、メッセージグループの「家族」に送信して来た。
確かに、「事件」に関するメッセージは、「家族」グループで遣り取りする事になっている。
こと、事件になると、弘君は異常な程、夢中になる。
景子さんは、弘君が事件にのめり込むのは仕方ないが、野放しには出来ない。
だから、「家族」グループで遣り取りするように取り決めている。
でも、千景の勉強の邪魔をするな。とも云われている筈だ。
また、景子さんに叱られる。
更に、先程まで、先輩の大垣さん、孔雀ティッシュの「ミチコ」さんの三人で、メッセージの遣り取りしていた。
確かに、タイミングが悪い。
「ミチコ」さんとは、大垣さんの先輩で、奥田充人さんだ。
訳あって、大垣さんのメッセージのグループ名称が「ミチコ」になっている。
その「ミチコ」に、千景は招待された。
大垣さんを中継して、メッセージの遣り取りが面倒だからだ。
千景は、仕方なくグループ「ミチコ」に、朱雀製紙の鶴見課長の情報提供を依頼した。
今夜の話題は、孔雀ティッシュの鷺岡に関する事だった。
奥田さんは、材料スタッフ。
鷺岡は材料スタッフの先輩だ。
鷺岡は、「時鳥」の殺人事件の時、店に居た。
勿論、社内では隠しようが無いから、大きな話題になった。
「時鳥」の梟旗店主は、四ヶ月だったとはいえ、孔雀ティッシュの業務部長だった。
鷺岡は、ずっと、役職の無い一般従業員だ。
会社で繋がりは無かった。
筈だ。
事件の翌日、鷺岡は出勤しなかった。
何故、鷺岡が「時鳥」に居たのか、憶測が飛び交っていた。
鷺岡は、梟旗が「時鳥」を開店してからの関係だと云っている。
鷺岡が出勤すると、雁谷友信社長に呼び出された。
午前中、社長室で面談をしていた。
社長が、社員と面談する事は、まず無い。
やはり、「時鳥」の事件は、会社にとって重大事態だ。
雁谷友信社長は、午後から外出し、そのまま出張になった。
朱雀製紙の鷹山が、雁谷友信社長を訪れて、一緒に外出する事はよくあった。
鷺岡は、午後から職場に戻って、作業に就いている。
社内で、社長と最後に話しをしたのが、鷺岡だ。
そして、社長の出張中に、雁矢副社長と鶴見課長が来社した。
雁矢副社長が、来社する事は、まず無い。
だから、副社長に対する関心は無い。
しかし、雁矢専務と鶴見課長に、好感を持っている社員は居ない。
もしかしたら、鷺岡は、社長が出張する事を知っていたのではないか。
そして、雁谷友信社長は、出張で社内に居ないと雁矢副社長と鶴見課長に報告したのが、鷺岡ではないか。
と噂された。
しかし、鶴見課長は、雁谷友信社長が会社に不在の場合は、来社する事が無い。
どこから情報を入手しているのか謎だ。
朱雀製紙は、三之洲工場の総務スタッフが殺害されて、孔雀ティッシュを訪問出来る程、暇ではない筈だ。
ここまでは、以前に聞いた情報と大差が無い。
ここからが新情報だ。
営業スタッフが、営業管理スタッフに喋った。
営業管理スタッフが、今度は経理スタッフに漏らした。
経理スタッフが、鷺岡に喋った。
鷺岡が、「ミチコ」さん。いや奥田充人に喋った。
つまり、又聞きの又聞きの、又聞きだ。
だから、どこまで信憑性があるのか分からない。
孔雀ティッシュの「新規販売手数料」の仕組みが廃止になった。
これは事実だ。
社名に冠した製品の「孔雀ティッシュ」は、元々、高品質で低価格の高評価だった。
だから、大型量販店で採用されていない店舗は無い。
つまり、放っておいても、新規取引先は出来る。
大抵、大型量販店は、本部一括発注を実施している。
一旦、発注があると、最低、三ヶ月は発注が無いそうだ。
また、大型物流センターを保有していて、一括納品している。
物流センターの倉庫へ配送するのが、雲雀運輸だ。
各店舗への配送も、自社で配送ルートを確立している。
雲雀運輸の出る幕は無い。
どうして雲雀運輸の話しが出るのか、奥田は不思議だった。
だから、奥田は鷺岡に尋ねた。
それは、以前、量販店の各店舗へ配送していたのが、雲雀運輸だったそうだ。
つまり、雲雀運輸としては、配送回数と配送料金が減少したそうだ。
鷺岡の説明が続く。
どうやって「新規販売手数料」を算定するのか。
それは、大型量販店任せだそうだ。
新規に出店されれば、実績になる訳でもなさそうだ。
営業スタッフが、偶々、担当エリアに店舗が出来ると、自然に製品は採用になる。
だから、新規で売り込みのため、店舗を訪問する事はないと思われる。
それでも、無茶な「新規販売手数料」の仕組みを運用していた。
この仕組みは、雁矢専務の主導で、鶴見課長が管理していた。
それは、雁矢専務の小遣い稼ぎだと思われていた。
ところが、「新規販売手数料」の一部が、一部の営業スタッフに還元されていた。
元々、自然発注だから、営業成績を評価出来ない。
営業スタッフは、当然、年に一度の定時昇給だけだ。
だから、恩恵を受ける一部の営業スタッフにとっては、ありがたい仕組みだ。
それでは、恩恵を受ける一部の営業スタッフの条件は何か。
非常に簡単だった。
主力の「孔雀ティッシュ」以外の製品の新規採用だった。
会社にとって、マイナーな製品の新規採用だった。
例えば、ウェットティッシュ等だ。
それを聞くと、もう一つヒット商品、あるいは、主力の柱を育てる意図を感じる。
寧ろ、正当な評価システムを考案しない雁谷友信社長の方が無能に思える。
雁矢専務は、子会社を統括している。
雁矢専務なりに、評価システムを導入したとしても、嫌われる筋合いは無い。
と感じる。
それでは、何故、雁矢専務と鶴見課長が、悪人のように囁かれるのか。
それは、雁矢専務が、子会社から取締役会の承認を得ずに、個人融資を受けているからだ。
雁矢専務が、子会社を統括するようになってからずっとだ。
未だに、返済はなされていない。
だからだ。
これは、公然の秘密だそうだ。
確かに、これでは悪人呼ばわりされる。
鶴見課長と鶉野部長は、朱雀製紙の同期入社だそうだ。
同期入社といえば、微妙な関係だ。
部署が同じなら、諸、ライバルだ。
部署が違っても意識はする。
どちらが先に、昇進するかだ。
しかし、二人とも、同時に係長、課長へ昇進している。
表面上は、対立していない。
しかし、鶴見課長は後二年で、役職定年だ。
鶉野部長は、子会社の孔雀ティッシュへ移籍したとは云え部長だ。
孔雀ティッシュに役職定年は無い。
だから、定年退職まで部長のままだ。
更に、実績を積み上げると、役員に選任される事も、夢ではない。
一方、鶴見課長は、役職定年まで後二年だ。
勿論、朱雀製紙で部長に昇進する。かもしれない。
しかし、可能性は極めてゼロに近い。
更に、役職定年後、ポストがあるのだろうか。
鶴見課長は、子会社の従業員から嫌われている。
いくら、親会社の決定した人事でも、拒否される可能性がある。
と、全く昇進に関わりのない、鷺岡が云ったそうだ。
当初は、鶉野部長と鶴見課長は、特に衝突する事は無かった。
この悪しき仕組みが始まったのは、二年くらい前だ。
その頃から、二人は険悪な関係になった。
その、新規販売手数料の「還元」が無くなった。
鷹山と鵜川か、殺害された事件を受けての事らしい。
しかし、仕組み自体が、会社の利益になるなら、中止する必要は無いと思う。
と「ミチコ」さんが締め括って終わった。
メッセージの着信。
「ミチコ」グループだ。
ミチコ…明日、鷺岡さんに聞いてみる…
チカ…ごめんなさい…
千景は「チカ」て登録している。
ユキ…今、メッセージ終了したばかり…
大垣さんは「ユキ」だ。
ユキ…先に言っといてね…
ユキ…課題が終わらない…
ユキ…消灯時間やで…
チカ…ごめんなさい…
ユキ…本当タイミング悪い…
ミチコさんは、快く引き受けてくれたのに。
大垣さんには、タイミングが悪いと文句を云われた。
これは、千景が悪いのか。
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