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「早う帰らんと。暗うなるで」
お父さんが景子に、早く栗林市へ帰るよう促す。
確かに、早く帰らないと暗くなる。
暗くなると、高速道路の運転が怖い。
十六時過ぎに、千景を鈴音寮へ送って行った。
その後、お父さんの社宅アパートへ、戻った。
景子の車は、社宅アパートの駐車場へ停めている。
ところが、何故か、お父さんが、そわそわしている。
やはり怪しい。
「足。直ったんな」
景子は、お父さんに尋ねた。
お父さんは、山登りで、筋肉痛になっていた。
「えっ。そうやなあ。直った」
お父さんは、今、気付いたようだ。
お父さんが、今朝、足を揉み解していた。
ところが、「時鳥」に着いて、横の路地を走り始めた。
お父さんは、事件に関係する事になると、急に元気が出る。
今、そわそわしている。
事件の事を考えているのだろう。
何か思い付いたのだろうか。
しかし、千景は、もう鈴音寮へ帰寮している。
だから、今日は、お父さんと一緒に、行動しないだろう。
と思う。
後は、メッセージアプリで監視するしか無い。
ただ、景子は、もう、諦めていた。
諦めてはいるのだが、心配になる。
千景の容姿は、景子に似ている。
しかし、性格は、お父さんにそっくりだ。
今回、また事件に巻き込まれた。
いや、確かに最初は、巻き込まれた。
しかし、お父さんは、今、わざわざ事件に飛び込んでいる。
千景も興味津々だ。
千景が、好奇心に負けないだろうか。
事件に対する興味に、引き摺られないだろうか。
毎日、授業を終えて、お父さんと一緒に、事件の関係先を探索したりしないだろうか。
それで、また、危険な目に遭わないだろうか。
「それじゃ。気い付けて」
お父さんが帰宅を急かす。
早く景子を帰したいようだ。
「チカの勉強。邪魔せんようにな」
いつもの挨拶代わりだ。
景子は、嫌味を云って、車のエンジンを掛けた。
お父さんの社宅アパートは、岩屋町にある。
だから、高速道路のインターがすぐ近くだ。
景子は、途中、サービスエリアにも寄らなかった。
自宅に着いたのが、十九時過ぎだ。
早速、メッセージを確認した。
「家族」グループに、三十二件入っている。
十六時三十七分。
ちかげ…大垣さんがアノ先輩に会いに行く…
アノ先輩というのは、おそらくアノ先輩だ。
孔雀ティッシュへ就職した人だと思う。
名前は忘れたが、多分、ソノ人だ。
ヒロム…どこで待ち合わせ?…
ちかげ…回転寿司らしい…
十六時四十一分。
ヒロム…石寿司へは、よく行ってるんか?…
ちかげ…先輩に誘われて、何度か行ってる…
やはり「石寿司」だ。
地元企業が経営するチェーン店だ。
近隣県にも、何店舗か出店している。
石鎚山高専の近くにあるのは、回転寿司「石寿司東雲店」だ。
昨日も家族で食べに出掛けている。
今回、お父さんが、勤務していたのは、花宮水産の石鎚山営業所だった。
花宮水産も「石寿司」に、寿司ネタを卸しているそうだ。
定かでは無いが、「石寿司」とは「石鎚」に掛けているらしい。
何でも「石寿司。石寿司。石寿…」と、唱えていると、「石鎚」になるそうだ。
景子も何度か唱えてみたが、「石じゅち」になるばかりだったのだが。
変なのは景子か?
ヒロム…お父さん、行ってみようかな。…
ヒロム…勿論、大垣さんに内緒で。…
ちかげ…でも、大垣さん、お父さんの顔、知ってるし…
ちかげ…だから、内緒にならない…
ヒロム…大丈夫やろ。あの頃は、マスクしていたから、分からんやろ。…
確かに、新型コロナが、まだ二類だった。
だから皆、マスクをしていた時期だった。
マスクを外して、会った事がないからバレないかもしれない。
ちかげ…そしたら、お父さん、大垣さんのマスク外した顔、知ってる?…
ヒロム…そうやなあ。分からんかもなあ。…
ちかげ…だから、行っても無駄やろ…
ヒロム…そしたら、チカは、お父さんと一緒に行くか。…
ちかげ…大垣さんは、私の顔、知ってるで…
ヒロム…やっぱしバレるわなあ。…
十七時二分。
ちかげ…ちょっと待って…
ヒロム…何?…
ちかげ…大垣さんからメッセージ…
十七時四分。
ちかげ…大垣さんに誘われた…
ヒロム…どこへ…
ちかげ…回転寿司…
ヒロム…何時から?…
ちかげ…十八時から…
十七時二十二分。
ヒロム…お父さんも行く!…
ちかげ…大垣さんに聞いてみる…
ヒロム…待て。…
ヒロム…内緒で、近くの席に着く。…
えっ。
景子は驚いた。
まさか、お父さんが一緒に行くのか。
しかも、大垣さんに知らせずに。
ちかげ…でも、お父さんは受付発券で、カウンター席へ案内されると思うけど…
ちかげ…だから近くの席には、着かれへんかもしれんで…
景子は、一人で回転寿司へ行った事が無い。
おそらく、お父さんも千景もそうだろう。
発券機で、人数「一人」を選択して、テーブル席を選択出来るのだろうか。
確かに、一人だとカウンター席へ案内されるかもしれない。
ヒロム…そうやなあ。…
ヒロム…近くの席に、ならんのかなあ。…
どこまでも、往生際の悪いお父さん。
「石寿司」での、待ち合わせ時間が十八時。
現在、十九時四十一分。
帰宅してから、一時間三十分以上経っている。
その後の、メッセージが無い。
だから進展が、分からない。
家族のメッセージグループは、三つのグループを設定している。
一つは、家族三人のグループで、景子と千景とお父さん。
グループ名は、そのまま「家族」になっている。
もう一つは、景子とお父さんで、二人のメッセージグループになっている。
グループ名は「お父さん」にしている。
千景に不要な内容は、このグループで連絡している。
殆どが、相手に対する不平不満の応酬だ。
景子と千景の二人のグループ名は「チカ」にしている。
お父さんに、知られたくない内容は、このグループで相談する事にしている。
ただ、千景曰く。
お父さんに云えない事は、お母さんにも云えない。
それで、グループは設定しているが、全く利用していない。
当然、千景もお父さんも、景子と同じように設定している。
たから、千景とお父さんの、グループメッセージの内容は、景子に分からない。
そこで、送受信されていれば、二人で何か企んでいても分からない。
また、土曜日に石鎚山市へ行く。
それまで、無事でいるように、祈るしかない。
着信音!
「家族」グループメッセージだ。
「石寿司」の会合が終わったようだ。
ちゃんと、ルール通りに共有している。
事件に関しては「家族」グループで遣り取りするというルールだ。
えっ?
ヒロム…鴇沢課長、雉内刑事と一緒に、店を出た。…
ちかげ…知ってる…
どう云う事?
景子はグループメッセージに参戦した。
景子…ちゃんと説明しなさい!…
お父さんと千景の、どちらが報告するのか。
おそらく、押し付け合っているのだろう。
お父さんと千景のメッセージグループで。
あっ!
あった。
お父さんに云えても、お母さんに云えない事があった。
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