二章

東京本社へ戻ると、雁谷国秀常務から指示があった。

今回の事件が落着くまで、三之洲工場へ勤務する事になった。


今回の事件とは、鷹山が殺害された事件だ。

鷹山の事件の後、警察での事情聴取や、会社への報告を終えると、一旦、東京本社へ戻った。


出勤するとすぐ、雁谷常務から常務室へ呼び出された。

鷹山が殺害された事により、三之洲工場での情報収集に支障が出ている。


鷹山が殺害されても、まだ新人の鳩井に情報収集を指示するのか。

しかも、鵜川が行方不明のままだ。


少し、雁谷常務の異常さを感じた。

所詮、捨駒でしかないようだ。


実をいうと、鳩井は、雁谷常務から特殊な指示を受けている。


昨年、鳩井が入社して二ヶ月経った頃だった。

新人研修は、まだ一ヶ月程残っていた。

そんな時、雁谷常務に呼び出された。


十三時三十分。

常務室へ入ると、鷹山と鵜川が、既に応接ソファへ掛けて居た。

鷹山は、三之洲工場へ勤務している。

鵜川は、石鎚山本社経理課へ勤務している。

鷹山と鵜川は、それぞれ勤務地で、新人研修が実施されている。

筈だ。


そんな時期に、勤務地から鷹山と鵜川が、東京本社へ出張して来ている。


雁谷常務が「どうぞ」と云って、応接テーブルを示した。

鳩井は、鷹山と鵜川に軽く会釈して鷹山の隣の席に着いた。


常務がパソコンに向かって、何か操作している。

暫くして、常務がソファへ掛けた。

そして、「早速だが」と要件を話し始めた。


以前からの、懸案事項だったそうだ。

雁矢清孝専務の、素行に付いてだ。


五年前から、雁矢専務が子会社を統括している。

その子会社から、個人的に融資を受けている。

しかも、取締役会の承認を得ていない。


何度も、雁谷国靖社長から雁矢清継副社長に苦情を伝えている。

しかし、一向に改善されない。


更に、融資に代えて、最近では手口を変えて来ている。

それが、子会社から、販売手数料という名目での資金調達だ。

それが、二年前からだ。


そもそも、何のために資金が必要なのか。

雁矢国秀は、大学を卒業して朱雀製紙へ入社している。

勿論、親のコネだろう。

いきなり、営業企画課長からの勤務だった。


すぐに部次長、部長を経て、取締役だ。

報酬は充分過ぎる程、得ている筈だ。

それでは、何故、そんなに金が必要なのか。


それは、ギャンブルだ。

雁矢専務は、学年の頃からギャンブルが好きだった。

大学へ入学した当初は、パチンコへ通っていた。

仲間が出来ると、今度は麻雀にのめり込んだ。

その後、競馬、競輪、競艇に通うようになった。


大学二年生になって、海外旅行へ行った。

そこで、カジノへ行った。

そこから、どんどん深みに嵌ったそうだ。


今では、個人的な旅行だけでなく、海外出張の度に、カジノへ通っているようだ。


成程。

賭博に金が要るのだ。

雁矢専務の素行は理解した。


しかし、三人に何をしろと云うのか。

と鳩井が思った時。


「私に、それを阻止する技量はありません」

鷹山が抗った。


鳩井はその時、驚いた。

入社したばかりの新人三人に、そんな微妙な指示は、しないだろう。

まさか、雁矢専務の横領を阻止しろ。

との指示ではないと思う。

鷹山は、何か勘違いしているのだ。


ところが、鵜川は、鷹山に同調するように、眉を顰めている。


「社内統制が、利いていないのは事実。こんな事が、世間に知れると、会社にとって致命傷になりかねない」

雁谷常務が、勝手な話しを続けた。


元々、同族経営なのだから、両家で話し合って解決すべき事案だ。


しかし、そんな事を云うだけの勇気は無い。

鷹山も鵜川も同じだろう。


石鎚山本社に居ると、雁矢専務の影響が強い。

雁谷社長にしろ、雁矢副社長にしろ、お飾りみたいな存在のようだ。


更に、雁谷常務の話しは続く。

古くから勤めている従業員には、かなりな圧力が掛かっている。

従業員の誰が味方で、誰が敵なのか分からない。


雁谷常務が熱く語る。

新入社員なら影響されていない。

だから、鳩井、鷹山と鵜川の三人に話しをしている。

なんとか、雁矢専務の目論見を阻止するために協力してほしい。


鳩井は、全くの初耳だった。

東京本社経理課へ配属が決まって、業務システムを習得している。


既に、業務システムは理解出来た。

後一ヶ月間、先輩の指導で、実際の実務に就く段階だった。


鳩井は、早く実務を習熟したいと思っていた。

そして、次の段階へ進む自身を想像し、高揚していた時期だった。

それでも、鳩井は断れなかった。


鷹山も鵜川も、断らなかった。

同じ思いだったようだ。

勿論、出世に影響するかもしれない。

との打算もあった。


鷹山は、三之洲工場勤務だ。

二ヶ月勤務して、まだ、そのような現場を目撃していないと云った。

石鎚山本社勤務の鵜川も同じく、目撃していないそうだ。


鵜川はその夜、地元へ帰った。

鷹山は一泊して地元へ帰る。

夜、鳩井は鷹山と二人で飲みに行った。

鷹山の宿泊するホテル近くの、小さな居酒屋だ。


雁谷常務から三人とも、小遣いを一万円ずつ貰っていた。

準備していたのだろう、封筒に入っていた。

最初、三人は辞退した。

しかし、打ち合わせの経費だと云って渡された。


雁谷常務は、今後も、出張旅費とは別途、現金で支給すると云う。

おそらく、雁谷常務の個人的な金銭だろう。


それと、連絡は電話だけでするように指示された。

一切、スマホのメッセージアプリやメールでの連絡は、しないように注意を受けた。


ビールで乾杯して、すぐだった。

「そう言えば、思い当たる節がある」

鷹山が打ち明けた。


常務室では、現場を目撃していないと云った。

しかし、思い起こせば、あれがそうかもしれない。


男が二人、三之洲工場を訪れた。

案内も請わず、工場長室へ入った。

ノックもせずにだ。


鷹山は、三之洲工場総務課に配属されていた。

まだ新人研修中だった。


二人の男は、勝手に事務所内に入って来て、いきなり工場長室へ入った。

しかし、先輩社員の誰も咎めない。


二時間程して、男二人が帰って行った。

鷹山は、二人が帰った後、先輩に尋ねた。


茶色のジャケットを着た男は、扇雀製紙の社長で鴫原満春。

紺色のジャンパーの男は、山雀ダンボールの社長で雀地忠夫。

と云う事だった。


何故、扇雀製紙の社長と、山雀ダンボールの社長が、朱雀製紙三之洲工場を訪れたのかは分からない。


先輩達は、誰も不審に思っていない。

案内も請わず、工場長室へ入るのは、常態化していたのだろう。


もしかすると、その時に、雁矢専務へ渡す資金を持ち込んだのかもしれない。


「何で、常務に話さなかったのか」

鳩井は、不思議だった。


「だから、今、思えば、それが、その現場かもしれんと気付いたんや」

鷹山がそう云った。


ただ、工場長室で、どんなやり取りがあったのか。


鳩井は、三之洲工場へ長期出張を指示された。

三之洲市に、アパートを社宅として用意された。


三之洲工場へ着任して二日後、鵜川の遺体が発見された。

また刑事から事情聴取された。

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