9.暗示

成程。

穏やかな…訳では、ないんや。


千景から、大垣さんのメッセージを転送してもらった。

大垣さんの先輩は、「ミチコ」というらしい。

千景は、「ミチコ」とは、大垣さんが、適当に名付けただけだと云う。

本当は、「ミチオ」とか「ミチヤ」という、男性だと勘繰っている。

真偽の程は、定かでは無い。


弘は、コンビニで買ったハムサンドを石鎚城公園のベンチで食べている。

お母さんと千景は、ホテルの朝食を済ませている。

しかし、千景は、ドライブスルーで買ったハンバーガーを食べている。


お母さんは、フライドポテトのようだ。

ケチャップを付けて食べている。


孔雀ティッシュの社長はカリ谷。

つまり、雁谷友信だ。

しかし、朱雀製紙の子会社を統括しているのは、雁矢清孝専務だ。

当たり前だが、雁矢専務は毎日出社する訳ではない。


それでは、どこに出社しているのか。

それは、朱雀製紙石鎚山本社だ。


だから、どの子会社にも、専務の部屋はあるが、雁矢清孝は不在だ。

雁矢清孝が、各子会社へ出社するのは、多くて月に一回くらいらしい。


それでは、各子会社を実際に運営しているのは誰か。


それは。

例えば、孔雀ティッシュの場合は、鶉野部長だ。


孔雀ティッシュは、生産部門と営業部門がある。

工場は全て機械化されている。


だから工程管理スタッフと突発事象に対処するスタッフが居る。

工程管理には、材料管理スタッフと進捗管理スタッフが居る。


勿論、もっと細分化されているのだが、主要な部署は、それくらいだ。


「ミチコ」は、その材料管理スタッフだそうだ。

だから、「ミチコ」からのメッセージは、生産部門で知り得た情報だと思った。

あるいは噂話、という事になる筈だ。


営業部門には、営業スタッフと営業管理スタッフが居る。

しかし、孔雀ティッシュと云えば、名が通っている。

だから、営業スタッフと云っても、自然発注が殆どらしい。


「ミチコ」からのメッセージは、営業管理スタッフ内での噂話だった。

営業管理部門に、経理スタッフが居る。

その経理スタッフの話しが、聞こえたそうだ。


「ミチコ」は、営業管理の経理スタッフに、何があったのか尋ねた。

「ミチコ」は、まだ新人だ。

だからなのか。

経理スタッフの先輩は、油断したのかもしれない。

経理スタッフの先輩が、「ミチコ」に喋った。


朱雀製紙の子会社、雲雀運輸に、鴉目部長が居る。

鴉目部長は、孔雀ティッシュの鶉野部長と同様、雲雀運輸の実質上の運営者らしい。


雲雀運輸は、ほぼ、関係会社の材料、製品輸送を一手に引き受けている。

だから、各子会社の内情にも詳しい。

いや、もしかすると、朱雀製紙本体の内情さえ詳しい。

かもしれない。


ある日、鴉目部長が、鶉野部長を訪ねた。

二人は、部長室に入った。

経理スタッフが、支払決裁書を部長室へ届けた。


部屋に入ると、二人は、応接テーブルで話しをしていた。

決裁書を鶉野部長に手渡そうとした。


鶉野部長は、経理スタッフに、机の上へ置くように云った。

経理スタッフが、部長の机へ置こうとした時、メモが見えた。


鵜川ともう一人、タカ山という名前。

日付の隣に、一万五千と数字で書かれている。


矢印が、数字から名前の箇所へ引かれている。

鵜川と云うのは、朱雀製紙石鎚山本社経理スタッフだろう。


鵜川は、二ヶ月に一度くらい、孔雀ティッシュへやって来ている。

「ミチコ」も鵜川を見た事があるそうだ。


経理スタッフには、日付と数字に記憶があった。

先日、雲雀運輸へ振出した小切手の千五百万円だ。


小切手を振出した日は、確かに、メモの日付だった。

一万五千とは、千円単位の記載だろう。


経理スタッフは、何故、それを覚えているのか。

雲雀運輸へ支払う金額と日付に付いて。


二千二十六年には、手形、小切手は廃止される。

だから、現在、支払業務は、二件を除き、全部、ファームバンキングを利用している。


年間で何度か、小切手支払があるそうだ。

それは、朱雀製紙と雲雀運輸だけ、小切手で支払う場合がある。


通常、朱雀製紙へは、材料代の支払がある。

雲雀運輸へは、運送代の支払がある。


しかし、請求金額に対して、大幅に超える金額を支払う事がある。


その決裁書を決定するのが、鶉野部長だ。

鶉野部長が作成する決裁書には、新規受注契約手数料。

という名目になっている。

何とも、長ったらしい名目だ。


しかし、確かに、新規契約先のリストが添付されている。

だから、書類としては整っている。


そうすると、矢印はどういう意味だろう。

実は、以前から噂があった。


孔雀ティッシュから雲雀運輸へ、運送代金が、どこかに、流れているのではないか。


と、云う内容だった。

材料代や運送代ではなく、手数料という名目で資金が流れていたのかもしれない。


弘は、経理スタッフの噂話に、違和感を覚えた。


鶉野部長にしろ、鴉目部長にしろ、会社の運営を任されている人物だ。


そんな、極秘メモを机の上に、置いたままにするだろうか。

また、その机の上へ、経理スタッフに、持参した書類を置くように、指示するだろうか。

しかも、二人揃って、そんな大事なメモの存在を失念するだろうか。


どうも、経理スタッフの目に触れるよう、意図的に、仕組まれているように思う。

それも、印象深い、小切手を振出しての支払いだ。


何のために。

孔雀ティッシュの資金が、雲雀運輸を経由して、朱雀製紙へ渡っていると噂を流すためなのか。


それなら、メモには、直接「朱雀」と記載する筈だ。

鵜川個人に渡っていたのか。

しかも線引小切手だ。


銀行渡りだから、直接資金化出来ない。

預金口座に預け入れて、取立てを実行して資金化すれば、口座に入金される。

そんな事は、鵜川の口座を確認すれば、すぐに判明する。


鵜川は、石鎚山本社経理課の新人だ。

入社二年目の新人、鵜川に資金が渡る事は考えられない。

つまり、名前をメモに記載出来ない人物なのだろう。


例えば、雁矢副社長や雁矢専務。

あるいは、鶉野部長や鴉目部長本人。


その資金流出の罪を鵜川に被せようとしているのか。


鵜川は、既に死んでいる。

鵜川の遺体を発見したのは弘だ。

正確には、千景だが。


「ミチコ」が噂話を聞いたのは、鷹山が居酒屋の路地で、殺害される前の事だ。

その頃から、何か仕組まれていたのか。


「お昼。何、食べる?」

お母さんが千景に尋ねた。

「ラーメン」

千景が間髪入れず答えた。


「どこへ行こうか?」

更にお母さんが尋ねる。


一拍置いて「ホトトギス」「時鳥」

弘と千景が答えたた。


そうだ。

どうせ行くなら、杜鵑通りの「時鳥」だ。

昼間は、ラーメン屋をしている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る