8.先輩

「何か、ややこしいなぁ」

千景は、スマホに釘付けになっている。


「何、見てるん?」

景子さんが尋ねた。


「そんなん、朱雀製紙の事、決まっとるやろ」

弘君が、千景の代わりに答えた。


弘君は、回転寿司が好きだ。

理由は…。

回転寿司は、焼肉屋のように、忙しくないそうた。

焼肉は、うっかりすると、焦げてしまう。

冷えたビールも、すぐに温くなる。


その点、回転寿司は、ゆっくり注文して、レーンに到着するのを待てば良い。

欲しいものを少しずつ注文出来る。

と云っても、弘君は、ほぼ、マグロしか注文しない。


マグロと云っても、正真正銘、赤身だけだ。

大トロや中トロは食べない。

トロが、嫌いな訳ではない。

高価なネタを食べるつもりはないそうだ。

回転寿司は、何より、安上がりだから魅力的なのだそうだ。

弘君は、根っからの貧乏性だ。


ただ、千景は、それどころではない。

会社。企業の仕組みを理解していない。

「執行役員。って、何?」

千景が尋ねた。


「何、見よるんな?」

弘君が、怪訝な表情で尋ねた。


「朱雀製紙。決まってるやる」

景子さんに逆襲されている。


「口コミ」

千景は答えた。

朱雀製紙の「口コミサイト」を見ていると云った。

勿論、匿名で、現役や退職者が、企業内の情報を発信している。

機密情報は無いが、職場の上司の悪口や、職場の雰囲気を投稿している。


「取締役は、会社の謄本に登記しているが…」

弘君が、長々と説明した。


「成程」

千景は頷いた。

しかし、もう、興味は無い。


「何か、分かったか」

弘君が、尋ねた。


「なんか、ややこしい」

千景は、説明した。

社長が雁谷で、副社長が雁矢。

一字違いだが、二人共、「カリヤ」だ。


投稿では、「カリ谷」と「カリ矢」になっている。


「ああ。分かったぞ」

弘君が調べたようだ。

「カリタニが社長で、カリ、と弓矢のヤが副社長や」

弘君が云った。


「親戚…らしぃんやなあ」

千景は云った。

現在、仲が悪いそうだ。


と云って、仲の良かった時が、あったとは投稿されていない。

つまり、ずっと、仲が悪かったのだろう。


それでは、どうして、同じ会社で、経営陣として一緒に居るのか。

理解出来ない。


「雁谷国靖社長の、息子さんが雁谷国秀常務で、東京本社を統括している」

千景は、会社情報と口コミを見比べながら呟いた。


雁矢清継副社長が、石鎚山本社を統括している。

しかし、石鎚山本社には、雁谷国靖社長が居る。

どちらが、決定権を握っているのか。


雁矢清継副社長の息子が、雁矢清孝専務。

雁矢専務が、子会社を統括している。


「子会社とかグループ会社の事。何か分からんか?」

弘君が、前のめりだ。

弘君が、気になっているのは、鶴見秘書課長だろう。


「あるには、あるけど」

千景は、検索してみた。

しかし、職場の悪口は、あまり見当たらない。

弘君に伝えると、随分、落胆している。


千景は、二年生の寮生、大垣由紀さんにメッセージを送った。


千景は、石鎚山市に来て、まだ、三ヶ月足らず。

地元ではないので、朱雀製紙の事を殆ど知らない。

こうなると、誰か、朱雀製紙に付いて、知っている人を探すしかない。


鈴音寮の寮生の皆とは、親しくなった。

一番仲良しの律子は、情報通だが、栗林市出身だ。

頼みの綱の、平沢先輩も栗林市出身だ。


しかも、鈴音寮に、生粋の石鎚山市出身の学生は居ない。

当たり前だが、石鎚山市出身なら、自宅から通学している。


石鎚山市出身で、同じクラスの学生は居る。

でも、まだ、話しをしたことの無い人の方が多い。

決して、人見知りと云う訳ではない。

ただ、課題や予習に時間を費やして、話しをしている暇が無いのだ。


ただ、話しの出来る人がいても、難しいかもしれない。

それは、石鎚山高専から、朱雀製紙へ就職する人も、まず居ないからだ。


迷いながらも、答えは決まっていた。

二年生の、大垣さんに頼るしか無さそうだ。


大垣さんとは。ある謎を解明するために、プライベートメッセージのやり取りをしている。


来た!

大垣さんからのメッセージだ。


大垣さんに、三之洲高校へ進学した中学時代の先輩がいる。

暫く、メッセージのやり取りをしていなかった。

今年の四月に、久しぶりのメッセージがあった。

大学へは進学せず、この四月に孔雀ティッシュへ就職している。

とメッセージがあったそうだ。


四月と云えば、例の事件の真っ只中。

「おめでとうございます。頑張ってください」

と、通り一遍のメッセージを送っただけだったそうだ。


大垣さんは、気にはなっていたが、それ以上、深入りしなかった。


どうも怪しい。

大垣さんは、好奇心の塊みたいな人だ。

その先輩が、進学せずに、就職した事に、喰い付いて行く筈だ。


千景は、大垣さんと、その先輩の間に、何かあったのでは。

と、邪推した。


千景は、大垣さんにメッセージを送信した。

「その人、男の人ですか?」

鎌をかけた。


「違います。女性です」

大垣さんから、すぐに返信があった。


やはり、そうだ。

最初に否定している。

大垣さんなら、最初に、どう云う事か、と尋ねる筈だ。


しかも、中学時代の先輩で、今年の四月に就職したのなら、三年ぶりだろう。

大垣さんが、そんなに、やり取りしない筈がない。


でも、就職した事は、大垣さんに伝えている。

大垣さんと、その先輩に、何があったのか。

少し。いや、かなり気になる。


「何かあったんか?」

弘君が気にしている。


「孔雀ティッシュへ行ってる人、知ってるって」

千景は弘君に云った。


「それで、何か分かったんか?」

弘君が焦って尋ねる。


「今、大垣さんに、聞いて貰ってる」

千景は、弘君に焦らないようにと云った。


あっ!来た。

大垣さんからメッセージだ。

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