7.同席
「鷹山さんは、こちらで、どんな仕事をしていたんですか」
雉内刑事は、朱雀製紙三之洲工場に居た。
石鎚山東警察署の刑事だと、名乗った途端、表情が強張った。
警戒しているのが、ありありと分かる。
分かった事は、鷹山は、総務スタッフで、主に事務用備品管理を担当している。
精力的、積極的に業務知識の習得に努めていた。
真面目で、システム知識も豊富で、極めて効率的に業務を遂行する。
体力もあり、事務機器の移動などでは、頼りになる。
何だか、非の打ち所が無い。
「仕事で、何か、問題を抱えていなかったですか」
雉内は尋ねた。
まだ二年目で、特殊な業務は、担当していない。
と云っても、多少のクレーム対応くらいはある。
何か、困った事象に直面した場合は、上司に相談するよう、指導している。
実際に、個人客から、直接、不条理なクレームを付けられた事があった。
その時は、上司に相談して、その上司が対応している。
特に、問題を起こした事は無い。
だから、私生活の事は、分からないが、仕事で悩んでいる様子は無かった。
という事だ。
鳩井に付いては、何度も工場へ来ている。
だが、ほぼ、工場長室に籠もっている。
工場長室の応接テーブルに、帳簿を広げ、調査しているようだ。
だから、業務としては、監査をしているようだ。
鳩井に関しては、それ以上の事は、分からない。
直接、鳩井に確認した方が、早いかもしれない。
雉内刑事は、朱雀製紙、三之洲工場を後にした。
車の中で、鴇沢課長に報告を入れた。
もう、今日は、帰って良いと云われた。
気付くと、十六時過ぎだ。
昼食を食べていない。
どこかで、軽く食事をしたかった。
車を走らせでいると、「桟橋」という古びた看板が見えた。
喫茶軽食と、看板に書いてある。
操られるように、駐車場へ入った。
店に入ると、疲れ切った表情の女性と目が合った。
見た事がある。
ああ。
昨日の。
秋山さん一家に近付くと、奥さんの隣に招かれた。
昨日は、鵜川容疑者の遺体発見で、慌ただしかった。
まさか、こんな所で、出会うとは思わなかった。
何故、この街に来ているのか、すぐに分かった。
朱雀製紙の工場見学だという。
しかし、殺害された鷹山や、関係者で鳩井の、出張目的を調べているようだ。
どういう、つもりなのか。
秋山一家の目的は、何なのか。
雉内刑事は、秋山一家に誘われるまま、席に着いた。
「雉内といいます」
雉内刑事は、名乗った。
秋山一家と、同席して良いのか、まだ迷っていた。
秋山一家が、事件と関係無いのは、分かっている。
しかし、疑いたくもなる。
「先にカレーライス。注文しましょ」
秋山の奥さんが、雉内に云った。
えっ。
何故、雉内刑事が、カレーライスを注文しようと思っている事を知っているのか。
不思議だった。
奥さんが、驚いた雉内刑事の顔を見て「ああ。違った?」と尋ねた。
「いえ。そうです。カレーライスです」
雉内刑事が云った。
奥さんが頷いて、雉内のカレーライスを注文した。
雉内刑事が、娘の食べ終わったカレーライスの皿をじっと見ていた。と云う事だ。
勿論、奥さんのスパゲティの鉄板も見た。
更に、秋山の、バスケットをチラッと見た。
何が入っていたのか、分からないようだ。
そして、また、カレーライスの皿を見た。
だから、カレーライスだと、確信したそうだ。
福神漬とらっきょうが、付いていると教えてくれた。
秋山弘を事情聴取したのは、昨日が初めてだ。
しかし、別の事件で、一度、会っている。
その時、事情聴取したのは、鴇沢課長だった。
すぐに、カレーライスが、運ばれて来た。
確かに、福神漬の瓶とらっきょうの瓶が付いていた。
別の事件とは、今から二ヶ月程前に発生した、岩屋公園殺人事件だ。
どうも、自ら、事件に、首を突っ込んでいるようにしか見えない。
秋山弘は、鵜川悠人の遺体の第一発見者。
鵜川悠人は、杜鵑通り殺人事件の容疑者だ。
杜鵑通り殺人事件の被害者は、鷹山久志。
朱雀製紙、三之洲工場へ勤務している。
秋山が、何故か、それを知っている。
更に、鳩井が東京本社から出張で、石鎚山本社へ来ていた事も知っている。
しかも、鳩井が、工場へ詰めていた事まで知っている。
ただ、知っている。だけではない。
わざわざ、その三之洲工場へ、秋山一家が来ている。
工場見学?
そんな筈が無い。
雉内刑事は、カレーライスを食べ終わった。
コーヒーを注文した。
秋山は、工場で、鷹山と鳩井の事を聞いている。
雉内刑事も、事務責任者から、鷹山の業務内容を聞いている。
更に、鳩井の出張目的も確認した。
雉内刑事が聞いた、事務責任者の内容と、すり合わせしてみるのも、良いかもしれない。
「で、分かりましたか」
秋山が尋ねた。
雉内刑事は、運ばれた、コーヒーを一口啜って、話し始めた。
「事務責任者から、聞いた限りでは」
鷹山は、特殊な業務に就いていない。
鳩井は、工場の監査に来ている。
雉内刑事は、聴取した通り、正直に説明した。
捜査に、差し障りがある内容でもなかった。
そうですか。
と呟いて「これは、私の憶測ですが」と前置きして、秋山が話した。
結論から云うと、鳩井は、工場の監査をしていない。
今まで、六回、出張で工場へ来ている。
毎回、工場長室の応接テーブルを占領している。
テーブルには、書類や帳簿が山積みになっている。
雉内刑事も知っている。
ここまでは、事務責任者の話しと一致している。
鳩井は、最初の出張時に、昨年度の会計帳簿、現金勘定の年度開始頁を開いていた。
証憑書類も、現金の資料だけだった。
鳩井は、六回、出張で、工場へ来ている。
しかし、毎回、同じ帳簿の同じ頁を開き、同じ書類をテーブルに重ねている。
「それ、誰から」
雉内刑事は、思わず尋ねた。
「見学で、説明してくれた係員さんから」
秋山が答えた。
係員さんは、元々、経理スタッフだった。
四年前に、販売促進スタッフへ異動したそうだ。
係員さんは、工場長へ、販売促進物の申請する事がある。
一日に、工場長室に入る事が、確実に二度ある。
鳩井が、来ている時も同様、工場長へ申請に入る。
その時、応接テーブルの山積みになった書類を見て、不思議に思ったそうだ。
以前、経理スタッフだったので、帳簿の見方は知っている。
いつも、同じ帳簿の、同じ頁を開いている。
監査に来て、同じ帳簿の同じ頁をずっと調査する筈が無い。
だから、鳩井は、ずっと、仕事をサボっていると思ったそうだ。
そう考えてみると、鳩井は、工場監査をしていない。
ただし、何を目的に、出張して来ていたのかは、分からない。
成程。
憶測か。
鷹山に付いては、これも、可怪しな事を聞いた。
総務スタッフなのに、外回りが月に何度かある。
勿論、外回りをする事も、あるようなのだが。
そして、社に戻って来る時には、必ず、孔雀ティッシュの雁谷友信社長と一緒だ。
雁谷友信は、朱雀製紙の社長、雁谷国靖の一族だ。
工場長室で、何か相談している。
内容は、分からない。
成程。
事務責任者は、極、一般業務だと云った。
しかし、どう考えても、特殊な業務に就いている。としか思えない。
更に、秋山が、鶴見という人物に興味を持っている。
始めて耳にする名前だ。
鶴見という人物に付いても、聞いておけば、何か手掛りになりそうだ。
「雉内さん。可怪しいですよね」
秋山が云った。
秋山が興味を持った、鶴見という副社長秘書の事だ。
副社長秘書なのに、副社長に同行していない。
一人で、土曜日に、工場へ何の用があるのか。
勿論、工場は稼働しているのだが。
秋山の考えている方向が、正解なのかもしれない。
それにしても、何故、秋山は、事件に首を突っ込むのか。
「お父さんに、事件が、すり寄って来るんです」
秋山の娘さんが云った。
雉内刑事は、思っただけで、言葉には、決して、発していない。
どうも、秋山一家。
不気味だ。
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