3.発見

弘は、遺体を発見した。

いや、発見したのは、千景なのだが。


千景は、お母さんと、スマホの電波が圏内になる場所まで、山を降りた。


弘は、道を探して、河原へ降りようと試みた。

何度か引き返しては、また探した。

結局、登山道まで戻った。

辺りを見渡すと河原へ降りる標識を見付けた。


弘は、河原へ降りる標識の通り、急な坂道を降りて行った。

結構、急な坂道だが、意外と広い。


弘は、暫く河原の際の茂みで待っていた。

何度か、救助ヘリコプターが、上空を旋回していた。

千景とお母さんが、連絡したのだろう。


救助隊員が、ヘリコプターから垂らしたロープをつたって降りて来た。

ヘリコプターから、ビニールシートが引き下ろされた。


弘に何か叫んだが、ヘリコプターの爆音で、よく聞こえない。

分からないままに、頷いた。


十七時頃。

刑事さんが何人か、河原へ降りて来た。

鑑識課員も十人くらい降りて来ている。


皆、弘が苦労して、探し出した坂道から降りて来る。


見覚えのある、おそらく刑事さんが、河原へ降りて来た。

弘の横に立った。

誰だったのかは忘れた。


「ご無沙汰してます」

弘は、挨拶した。


「ああ。また、あんたか。確か…」

刑事さんが云った。

どうも、嫌そうだ。


「はい。秋山です。秋山弘です」

弘が名前を云った。

以前、石鎚山東警察署で、事情聴取された。

千景の先輩で、横山さんと豊田さんも一緒だった。

東警察署では、捜査指揮を執っていた。


「ええっと。その節はどうも。刑事さんは、確か」

弘は、刑事さんの、名前を聞いた覚えがない。


「県警本部、捜査一課の鴇沢です」

県警本部捜査一課長だそうだ。


弘は、やはり、名前を聞いていなかった。

「鴇沢」という、響きの名前を聞いていれば、覚えている筈だ。


県警本部の鴇沢捜査一課長が、現場の河原に来ている。


「殺人現場は、そのままです」

弘は、聞かれもしないのに、遠くで居た事を伝えた。


「これが、殺人事件かどうかは、まだ分かりません」

鴇沢課長が云った。


「でも、胸から血が出てます」

弘は、反論した。


「でも、ここが、殺害現場かどうかは、分かりません」

鴇沢課長が、意地になって云った。


「でも、どっか別の場所で殺したんやったら、ヘリコプターで運んだんですかね」

弘は、そう云った。

先程、会った時に嫌な顔をした。

だから、仕返しだ。


弘には、単純に、この河原、あるいは近辺で、ナイフで刺されとしか見えない。

この近辺が、犯行現場だとすると、被害者は、河原まで、這って来た事になる。

そして、息絶えた事になる。


この河原へ降りるには、あの坂道しか無い。

あの降り口から河原まで、人が這ったような形跡は無かった。


「課長!鵜川です」

若い刑事が、鴇沢課長に報告している。

被害者の身元が、分かったようだ。


「被害者は、誰。何ですか」

弘は、鴇沢課長に尋ねた。


「まだ、居たんですか」

鴇沢課長が、早く下山しないと危険だと助言した。


「事情聴取は無し。ですか」

弘は、確認した。


鴇沢課長は、後日、協力を依頼する。

今は、早く下山するように云われた。


弘は、河原から登山道へ戻り、山を降り始めた。


あっ。

鵜川だ。

一週間くらい前、テレビのニュースで見た。

どこかの居酒屋で、口論になり、相手を殺害して、逃げている。

という内容のニュースだった。


駐車場へ戻ると、千景とお母さんが、車の中で待っていた。


「早かったわね」

お母さんが弘に云った。


「えっ」

どうして、弘が降りて来るのを分かったのか。


千景が、第一発見者だ。

警察官に、状況を説明したそうだ。


刑事さんが、山に登った警察官に状況を伝えた。


「スマホが圏外なのに?」

弘は不思議だった。


「トランシーバー。それに…」

千景が答えた。

別の通信会社のスマホは、繋がるらしい。

刑事さんから、弘が下山した時間を知らせてもらったそうだ。


「そうや。あの被害者」弘が云出だそうとすると「鵜川さん。鵜川光雄でしょ」と千景が云った。

千景は、刑事さんの隣で居た。


スマホから、名前が聞こえた。

どうやら、最近、起こった事件らしい。

早速、スマホでネット検索した。

千景が、事件の内容を喋り始めた。

「ちょっと、待て」

弘は気になっていた。


十九時だ。

十八時に、焼き肉屋を予約していた。

だから、予約時間を過ぎてしまった。

「大変や。丸牛、予約。取り消し、しないと」

弘は、慌てた。

丸牛とは、予約を入れていた焼き肉屋さんだ。


「もう、キャンセルの電話してるよ」

お母さんが云った。


「そうか。千景。残念だったなあ」

弘は、如何にも、残念そうに云った。

しかし、これ以上、小遣いが減るのを免れた。

だから、本当は、内心「助かった」と思っていた。


「でも、萬牛を予約したわ。二十時に」

「萬牛」も焼き肉屋さんだ。

石鎚山市内の繁華街、幸町にある、ちょっと、高級そうなお店だ。


「ええっ!」

弘は驚いた。

そんな所へ行くと、やはり、確実に小遣いが無くなる。

無念。

それなら、「丸牛」で良かったのに。


「大丈夫よ。私が奢るから」

お母さんが云った。


弘は、自分でも分かるくらい、安心した。

表情に出ていたのが分かる。


早く行きましょう。

お母さんが、呆れたように云った。

千景が、急かしている。


しかし、鈴音寮の門限は、二十一時だ。

今から、焼き肉屋へ行くと、間に合わない。


「それも大丈夫」

今日は、外泊届を提出している。

と云う事だ。

お母さんがホテルを取っていた。


何だ。

それを早く云ってくれ。

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