1.事件

石鎚山東署の刑事一課、雉内刑事は、十九時過ぎ、自宅アパートに帰っていた。

二十一時三十分、殺人事件発生の一報を受けた。

署へ戻り、すぐに殺人事件の現場へ駆け付けた。


糸瓜町の杜鵑通りに、立ち並ぶ飲食店街に向かった。

現場は、「時鳥」という居酒屋だ。

杜鵑通りに、別の漢字を充てて、店名を「時鳥」にしている。


雉内刑事は、「時鳥」に何度か入った事がある。

十一時から十五時までは、酒類を出さず、ラーメン屋を営業している。


雉内刑事は、毎回、「醤油ラーメン」の大を注文する。


十五時過ぎに、ラーメン店を閉める。

十八時から居酒屋の営業時間になる。

二十三時が閉店時間だ。

毎週、水曜日が店休日だ。


雉内刑事は、居酒屋「時鳥」の前を通った事はあるが、入った事はない。


事件現場は、「時鳥」と隣のビルの間の路地だ。


被害者は、鷹山久志、二十三歳。

古条市出身。

古条高校から石鎚山大学へ進学。

大学卒業後、朱雀製紙の三之洲工場の管理課へ勤務している。


犯人は、鵜川悠人ではないか。との証言がある。

鵜川悠人、二十四歳。

石鎚山市出身。

石鎚山高校から、石鎚山大学へ進学している。

大学卒業後、朱雀製紙に就職した。

朱雀製紙の石鎚山本社で、経理課へ勤務している。


鵜川悠人が犯人だと思うと、証言したのは、鳩井智哉。

肱川市出身。

石鎚山高校から石鎚山大学へ進学。

大学卒業後、朱雀製紙の東京本社で、経理課へ勤務している。


鳩井智哉は、東京本社から出張で、石鎚山本社へ来ていた。

二ヶ月に一度くらいの割合で、石鎚山本社への出張がある。

出張の日数は、大抵、一週間程度だ。


鳩井智哉が、東京本社から、石鎚山本社へ出張の度に、三人は居酒屋で飲んでいた。

飲みに行く居酒屋は、決まっていない。

「時鳥」へ来たのは、初めてだ。


もう一人、三人と同席していた、鴨池麻衣という女性が居た。


鴨池麻衣が、飲み会に出席したのは、今回が初めてだ。


鴨池麻衣は、二十三歳。

石鎚山市出身。

石鎚山高校から石鎚山大学へ進学。

大学卒業後、朱雀製紙の石鎚山営業所で営業管理課に勤務している。


つまり、四人は、同じ石鎚山大学出身で、同じ朱雀製紙に勤めている。

その四人が、飲み会をしていた。


雉内刑事は、まず、鳩井智哉から事情聴取を行った。


十九時頃。

鵜川悠人と鷹山久志が口論になった。

鳩井智哉と鴨池麻衣が宥めたが、口論は激しくなった。

成程。

鵜川悠人は、酒癖が悪いと聞いていたが、こんなになるのかと思ったそうだ。


一触即発の事態に、店主が、「店内で喧嘩をするな!」と、叱り付けた。

喧嘩になりかけた二人は、毒気を抜かれた。


暫く、大人しく飲んでいた。

鵜川悠人が、近くのコンビニで、煙草を買って来ると云って、店から出て行った。

二十分以上経っても戻って来ない。


店の前、杜鵑通りを渡って、交差点まで歩くと、コンビニがある。

歩いて五分だ。


鷹山久志が、鵜川悠人を捜す。と云って、店から出て行った。

直後、大きな怒鳴り声と叫び声が聞こえた。


鳩井智哉が店を飛び出した。

周りを見たが、鷹山久志は居ない。

隣のビルとの間を覗いて驚いた。


鵜川悠人が立っている。

足元に、誰か倒れている。

鵜川悠人の手には、ナイフが握られている。


「鷹山が!」

鵜川悠人が、握ったナイフを落とした。

「私と違う!男が…」

慌てて、路地を奥へ向かって逃げた。


鳩井智哉が、倒れている人に近寄った。

鷹山久志だ。


鳩井智哉は、救急車を要請した。

鵜川悠人は、別の男が、鷹山久志をナイフで刺した。

そう訴えているのだと分かった。


鳩井智哉は、叫び声を聞いて、すくに店から飛び出した。

しかし、鵜川悠人が云う、男の姿は見えない。


その後、辺りは騒然とした。

大勢の人集りが出来た。


救急車が到着。

パトカーが、警察車両が、「時鳥」の前に集結した。


以上が、雉内刑事の鳩井智哉から事情聴取を行った内容だ。


「時鳥」の店主と女将に事情聴取を行った。

店主は梟旗辰夫、六十七歳。

女将は、小夜子、五十九歳。

梟旗夫婦は、糸瓜町の住宅街に住んでいる。


アルバイト店員は、鶉野奈津、二十六歳。

住所は、梟旗夫婦と同じ、糸瓜町の住宅街に住んでいる。


鵜川悠人が、煙草を買いに、店を出た時間が、二十時頃だと分かった。

店の時計を女将が見ていた。


また、鷹山久志が、鵜川悠人を捜して、店を出た。

酒癖が悪いのを心配しての事だった。


二十時三十分頃だと証言を得た。

店主が、「随分、遅いなあ」と鷹山久志に云ったそうだ。

これも女将が、店の時計を見ていた。


雉内刑事は、鶉沢奈津にも、事情聴取を行った。

こちらも新しい証言は、無かった。


店には、事件関係者四人の他に、客が二組居た。


一組は、鷺岡良輝、六十歳。

その妻、佳代、五十八歳。

住所は、市内中心部の幸町。

鷺岡良輝は、三之洲市の、孔雀ティッシュに勤めている。

孔雀ティッシュというのは、社名だ。


妻の佳子は、女将と、高校時代の同級生で「時鳥」へ、月に一度くらい来ていた。


雉内刑事は、鷺岡夫婦の事情聴取を行った。

鷺岡夫婦からは、それ以上の証言は得られなかった。


もう一組は、鳶田健太、三十三歳。

住所は幸町。

マンションに住んでいる。

鳶田健太は、三之洲市の雲雀運輸に勤めている。


鳶田健太と一緒に居たのは、鷺岡日奈子、二十八歳。

住所は糸瓜町。

幸町のマドンナ通りの石鎚山銀行本店に勤めている。

鳶田健太と鷺岡日奈子からは、新たな証言は得られなかった。


関係者、全員の証言が、鳩井智哉の証言と一致していた。


警察官が、鵜川悠人の行方を追って、辺りを捜索している。


鵜川悠人が「男が…」と口走っている。

鳩井智哉が証言している。

目撃したのは、ただ一人、鵜川悠人だ。

男が、存在しているのかどうかも曖昧だ。

男に付いては、後回しだ。


鵜川悠人の身柄を確保する事が先決だ。

もし、本当に男が居たとしても、鵜川悠人を事情聴取しなければ、分からない。

男と云っても、背恰好、身形さえ分からない。


鵜川悠人が、逃走してから、さほど時間は経っていない。

しかし、鵜川悠人の姿は、忽然と消えてしまった。

まだ、鵜川悠人を発見出来ない。

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