第10章 告白

「……あたしさ、もうすぐ人生の大きな転機を迎えるの」

「ああ」

「自分で決心してそうしたわけなんだけど……もちろんその選択に後悔はないわ。あるはずもない。前々から密かにそうなるだろうって思ってたことだしね」

「……ふーん」


 どことなくメロウな雰囲気。いつの日かのハルヒの独白を思い出すね。あの時は大勢の中の自分を認識したって話だったか。


「ただ、新たな一歩を踏み出す前に自分の立ち位置っていうか、あたしの思いの源を確認しておきたかったの。それでみくるちゃんに頼んで過去に来たって訳」

「ふむ……」

 

 こんなハルヒを見るのも久しぶりだな。こうして思いのたけを素直に語ってくれるのも……まあ悪くない。

 自分の感情に多少戸惑いつつ、俺は尋ねた。


「そうか……転機ってのは何だ? 聞いても構わないか? 就職か? 引っ越しか?」

「結婚すんのよ、あたし」

「ほへ?」

 

 思わず間抜けな声を出しちまった。

 正直驚いたね。とするとこのアンニュイな雰囲気はマリッジブルーってやつか。

 あのハルヒがねぇ。恋愛は精神病だの何だの言ってたくせに。歳月が人を変えるってのは本当だな。


「そうか……そいつはおめでとう」


 ハルヒはどことなく戸惑ったような、はにかんだ笑顔を見せた。


「……ふふ、ありがとキョン」

 

 こんな表情初めて見たな……ああこれがこいつの照れ笑いってやつか。

 俺がそう思った瞬間、それはきた。

 

 ごっそりと内臓をそぎとられたような奇妙な感覚。

(なん)

 下半身には力がまるで入らず、逆に肩は恐ろしく強張っている。

(……だ)

 手が震える。口が渇く。舌が突っ張る。

(これは……)

 心臓が引き絞られるように痛む。

 

 ……わかってる。ああわかってる。これは喪失感だ。

 あのハルヒを遠くへ、手の届かない遠くへと失ったことへの喪失感。

 

(落ち着け、俺。ハルヒに悟られるぞ)

 

 自分に言い聞かせ、必死に感情の沈静化を図る俺に、第二の侵略。

 じわじわと這い登るのは、まだ見ぬ『ハルヒの夫』予定者への敗北感。

 

(やれやれ。敗北感とは笑わせるぜ、お前勝負すらしてねえじゃねえか)

 

 俺の理性は俺の幼稚な感情を嘲笑ったが……うるせえ、こういうのは理屈じゃねえんだよ。

 ……くそ女々しいぞ、俺。

 あのハルヒが幸せになろうとしてんだ。笑って送り出してやれよ。

 何とか必死で笑顔を作り(SOS団結成以来、俺もポーカーフェイスが上手くなったもんだ)、俺はハルヒに聞いた。

 

「で、どんな奴と結婚すんだ? お前が選んだんなら相当レベル高いんじゃねえのか」


 ハルヒはチラリと俺を見て、


「んー、当ててみたら? 当ったら“ご褒美”ね」

「当てる? ……って、え? 今の……高校生の俺が知ってるやつなのか?」

「ええ、よおくね」

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