第148話 前座の前座

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 まず跳び出してきたのは第二皇子。狼戦ランチヤンと呼ばれた男だ。彼は肉体を本来の姿へ変じさせながら突進してくる。龍に似た体に狼の頭。睚眦がいさいと呼ばれる龍の子だ。

 その牙や爪から繰り出される連撃は相変らず荒々しい。けど、以前よりは確実に洗練されていて、魔力の使い方も上手くなっている。どうやらちゃんと学んでくれたようだ。


 けど――


「まだ足りない」


 暴風のような攻撃に片手を添え、流れを逸らしてやる。それだけで彼はバランスを崩し、喉元を私に晒した。

 その喉元へ向けて槍を突き出す。


 しかし予期した感触は来ず、代わりに固いもの同士のぶつかり合う音が夜闇に響いた。

 槍を阻んだのは亀の甲羅だった。背中部分だけを本来の姿に変じさせた第三皇子が狼戦ランチヤンをつき飛ばしながら私を睨む。


 その顔面が龍のものに形を変え、私へ食らいついてきた。力任せにぶん殴って地面へ叩きつけるが、打ち付けた拳に痛みを感じる。甲羅だけではなくて全身が硬いらしい。


 追撃、は許されないか。魂力の動く気配を察知して飛び退けば、不可視の衝撃が先ほどまで私のいた場所を襲う。と同時に耳障りな音が鼓膜を揺らした。


 音の攻撃、ということは第一皇子のか。彼の気配の方をちらりと見れば、そこには細身の牛に似た生き物がいる。


 急に空が明るくなった。見上げると煌々と燃える炎が降ってくるのが見える。その奥にはどこか犬のようにも見える姿の鳥がいた。竜生九子だろうことを考えると、第三子の嘲風ちようほうか。よく見れば鱗もある。


「ふっ」


 鋭く息を吐きながら槍を振るい、炎を切り裂く。その炎に紛れて、一つの殺気が私を襲った。

 人の姿のまま炎に紛れていたのは、第二皇女だ。振り下ろされたキセルを柄で受け止めると、その先から炎が噴き出す。これは、彼女自身の力か。


 まあ、この程度なら対処は楽かな。

 大きく息を吐き炎を吹き飛ばすと、第二皇女の表情が驚愕に染まった。鍔競り合い中にその動揺は致命的だ。


 槍を再度大きく振って第二皇女を第一皇女の方に弾き飛ばしておく。


 残る虎憲は、様子見中か。ふむ。


 さて、どうしようか。やろうとしてることと、その後々を考えると、さくっと殺して終わりという訳にもいかない。初めのやり取りから分かったことを考慮すれば猶更だ。


 とりあえず、折角だし、いくらか実力は見せてもらおうかな。


「もっと殺す気で来なさい。でないと、すぐ死ぬわよ?」


 魂力の支配領域を広げ、龍擬きたち一人々々を囲むように氷の槍を生み出す。圧力の情報を多く反映させた魔法だ。覇下はかだろう第三皇子の甲羅だって貫ける威力がある。


 けどその対処自体は難しくない。切先の圧力が大きくなるように展開されているだけの氷柱だから、横から衝撃を加えれば簡単に砕ける。数は多いけど。


 拳を握るのに合わせて氷槍を発射し、各々の対処法を観察する。


 第一皇子は共振を使って破壊。囚牛しゆうぎゆうの力で固有振動数も分かるらしい。

 第二皇子はやや傷つきながら一つ一つ横から殴りつけて破壊。まあ悪くはない。

 第一皇女は全身から炎を放出して相殺。費用対効果が釣り合ってないなぁ。

 第二皇女は例のキセルで的確に対処。丁寧だけど、地力に欠ける印象。

 第三皇子は甲羅に閉じこもって高速回転することで防御。回転は確かに有効だけど、防ぎきれてない。自分の防御力を過信してるね。

 で、第四皇子の虎憲。腰に佩いた剣で一太刀の下に切り捨てた。彼だけ頭一つ抜け出てる感じがする。


 なるほどなるほど。だいたい分かった。


 再度突進してきた第二皇子と第二皇女の同時攻撃をさばきつつ、第三皇子を拘束。隙を伺う第一皇子と第一皇女を魔法で牽制する。同じく虎憲にも魔法を向けるけど、彼は上手く躱して切り込んできた。


 その一閃は今の私になら届き得る。しっかり槍で受け、第二皇子皇女ペアには尾を向けて隙は潰す。第二皇子の方もさっきより良い動きをしてるし、ちょっとくらい本気でぶっても大丈夫でしょ。


 ふぅむ、頑張ってはいるんだけど、前座も前座って感じだなぁ。

 正直もう飽きてきてる。


 夜墨の方はどうなってるかな? 聞いてみよう。


『完全に戦意を喪失しているな』


 なるほど。

 じゃあ終わらせてあげようか。


 まずは第一皇女に殺気をぶつける。


「ひっ……」


 はい、戦意喪失。続けて第三皇子の甲羅を全力で蹴り割って、第二皇女へはギリギリ死なない程度の雷撃をプレゼント。


「ぐぅっ、嘘、だ、ろ……」

「カハッ……」


 よしおっけー。

 虎憲と第一皇子――えっと、牛音ニヨウインだっけ――に目くばせしてっと。


「全然だめね。もういいわ。そろそろ死になさい」

「っ! 退却!」


 第一皇子の絶叫と同時、分かりやすく私の魔力が膨れ上がる。焦ったように第二皇子が第二皇女を咥え、第一皇女の方に放り投げると、そのまま各々四散するように逃げ出した。


 このまま見送っても良いけど、それよりちゃんとぶっ放した方が都合が良いだろう。派手さを考えて炎の魔法でいこうか。見せつける意味でもちょうど良い。私の得意とするところは雷、それから水というか海に関わる魔法なんだけど、さっき炎使いが多かったしね。


 炎なら、夜にも分かりやすく、そして私だと分かりやすい、白い炎が良い。白い炎は約六千五百度か。そのまま放つと余波だけで広範囲の森が焼けるから、しっかり範囲を限定しないといけない。


 ぎりぎり焼き殺さない範囲となると、半径九十メートルくらいね。今の私がなんとか支配できる距離ちょうどだ。

 支配領域の外縁に沿って断熱防壁を張り、そしてイメージを具現化するのに必要な情報を領域内の魂力に流し込む。


 直後、昼夜が逆転した。星空を覆っていた雲に風穴があき、蒼白い空が顔を出す。煌々とした輝きに森が照らされて、朝が来たと勘違いした獣の動き出す気配が私に伝わった。

 

周囲を囲む兵たちも散り散りに逃げ出したのが分かる。その一部は、ある一か所へ向かっているようだった。

 再び夜の闇が戻って、円形にくり抜かれた空に星々が姿を見せる。この二百五十年ですっかり見慣れた、宝石箱のような空だ。


「それじゃあ、行こうか」


 静かに戻ってきた夜墨へ声を掛けて、私も一部の兵たちと同じ、とある一か所へ向けて足を進めた。


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