第147話 周到にいこう

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「とりあえずは迷宮攻略だね。夜墨、種族数が少なくても領域内の魔力量次第で迷宮の制限解除されるってことはある?」

「あるにはある。だがよほど特殊な条件が揃わなければ起きえないだろう」


 つまり今の中国に私が入ってもまだ余裕があるくらい、必要魔力量が膨大になるってことね。じゃあ、迷宮の攻略数の条件を満たしてもスタンピードは起きないか。

 残念。スタンピードが起きてくれたらお手軽にある程度のspを稼げたんだけど。人間の集落がいくつも滅びる代わりに。


 まあ、地道に迷宮を攻略するだけでも一年はかからない程度で十分な力を取り戻せるでしょう。

 怒りがそれだけ続くかっていう問は、無いに等しい。私たち龍の逆鱗は、一時の感情で終わるような生優しいものではない。もっと理不尽なものだ。


 でもそれはそれ。効率化できる部分があるのなら効率化する。


「じゃあ、夜墨は虎憲フーシェン探してきて」

「ああ」


 実験的だけど、前々から考えていたことが一つある。それが上手くいくなら御の字。だめでもつゆ払いくらいはさせられる。


 首から離れた夜墨が元の大きさに戻りながら高速で離れていくのを見送る。方角は東。たぶん皇帝は、戦える子供を都に呼び寄せているだろうから。


 さて、それじゃあ私は迷宮へ行こうか。この近くにもいくつかある筈だ。


 ふた月が経った。振るえるようになった力は、全力の五割五分ほど。そこそこの規模の迷宮ばかりだから、一度に稼げる量が少なくて芳しくない進捗になっている。

 まあ、もう少し制限が緩めば大迷宮の一歩手前くらいの規模の迷宮にも挑めるようになるから、それまでは気長にやるつもりだ。


『間もなく到着する』


 お、来たね。

 虎憲を見つけたって連絡自体は、皇帝を殺すと決めた日の数日後には受けていた。それから虎憲側の準備だったり移動だったりで今日までかかったわけだ。


 とりあえず返事しておこう。あと五分くらいで、出る、っと。


「という訳で、終わりにさせてもらうね」


 対峙する迷宮最下層の守護者に告げる。言葉が通じてるかは知らないけど、まあ、どうでもいっか。


 身体強化を発動して僧侶のような格好の河童へ肉薄する。一足飛びに距離を詰めての切り上げに彼は反応できず、断末魔すら上げることのできないまま迷宮へ還った。

 その顔面に張り付いた驚愕の表情は、まあ当然のものだろう。夜墨からの連絡があるまで私は強化無しで戦ってたから。


 制限を受けた今の私の体力はだいたいAの半ばくらい。全百八十階層の迷宮を守る彼を一人で相手するには、本来なら少々どころでなく辛い身体能力だろう。二百五十年ほどかけて磨いた体術と槍術の技量があって初めてまともに戦えるような魔物だった。


 まあ、旅の合間は訓練らしい訓練が出来てなかったなって思って、調整がてらね。そうでなくたってここ暫くは平和すぎたから。


 迷宮の支配を済ませ、外に出る。月明りは雲に遮られていて、人間の目には辛い暗さだ。私たち龍なら問題なく見える範囲だけど、これじゃあ人間の兵を連れた虎憲フーシェンたちの足は遅くなる。ましてや周囲は森なんだから、猶更だ。


 その闇の中に、金色の星が一対見えた。


「おかえり、夜墨」

「ああ。もう十五分ほどはかかりそうだ」

「了解」


 体躯を本来の半分ほどにまで縮めた彼は、私のすぐそばに舞い降りて一方へ視線を向ける。その方角には何万という人の気配があって、皇帝の本気が伺えるようだった。


 読みかけの本を開いて待つこと十分。軍勢の動きが変わった。無数の儚げな気配が私たちを囲むように動き出して、それなりに強い六つの気配が動きを止める。

 どうやら兄弟全員は来ていないらしい。少し残念だ。


 さらに十分経って、兵たちも動きを止めた。伝令らしき気配が強い気配の方に戻って行ってるから、もうすぐ顔を見せてくれるでしょう。


「夜墨、周りのはよろしく。動けなくしたらだめだよ」

「ああ」


 解放軍の兵も混ざってるし、何よりちゃんと退却してもらわないといけないから。

 夜墨を見送り、強い気配、皇子たちを待つ。三つは知った気配、もう三つは知らない気配だ。


 森の内にまず見えたのは、飄々とした雰囲気を纏った男の顔。第一皇子だ。それから荒々しい気配の第二皇子が現れて、知らない女が二人、男が一人と続く。最後に現れた優男は虎憲だ。彼は以前会った時とは違って真っ赤な衣に身を包んでいた。


「初めましての人は初めまして、お久しぶりの人はお久しぶり。それで、こんな夜更けにこの国のお偉方が何の用かしら?」


 分かってはいることだけど、外面モードで問いかけてみる。一応の様式美的な何かだ。


「お久しぶりです。今宵は、偉大なる白龍の首を頂戴しに参りました」


 ふーん?

 虎憲の方に視線を向けてみる。返ってきたのは、小さな首肯。どうやらそういう意味で良いらしい。


「自己紹介くらいはしてくれるのかしら?」

「ええ、もちろんです。私は皇帝が第一子、第一皇子の地位にありますウォン牛音ニヨウイン。彼が次男、第二皇子の狼戦ランチヤン。それから――」


 青い目でやたら派手な衣を着ているのが第三子で第一皇女の凰険ワンシェン、赤眼で橙色の衣の気の強そうな美人が第五子で第二皇女の獅火シフォ、黒を基調にして黄色い衣装の入った衣を着たガタイの良い男が第六子で第三皇子の亀支グィツィというらしい。彼の瞳は黒いね。


 第一皇女はあれだ、いつかの滅びかけみたいな状態だった領地の領主だ。なんか性格悪そうだし、一人だけ妙にカラフルな服装だし、あの惨状を作ったって言われても納得だね。申し訳程度に入ってる黒の装飾が異彩を放ってるけど、たぶんあれは領地の場所に応じた色の衣を着る決まりがあるとかで仕方なく入れてるものなんだろう。他の人の服的に。


 まあなんでも良いや。自己紹介してもらっておいてなんだけど、彼らの名前を覚える気は無いし。第一皇女とか第三皇子とかで十分。

 それより、不安げに目線をあっちこっちに向けてる第一皇女さんにそろそろ教えてあげようかな。


「周りの兵士たちなら、今頃私の相棒と遊んでると思うわよ」

「なっ……!?」


 たぶん話してる間に魔法か何かの一斉掃射で不意打ちするつもりだったんだろうね。されたところで簡単に無効化できちゃう程度の攻撃だったろうけど。


「おや、それは誤算ですね」


 いけしゃあしゃあと言ってくれちゃって。分かってたくせに。ていうか第一皇女以外はみんな気配で状況を把握していたよね。


 動揺を見せていない理由は、まあそれぞれだね。私と通じたい虎憲なんかはこれで動揺するはずがないし。


「それじゃあ、そろそろ遊びましょうか」


 槍を取り出し、だらんと持って半身になる。


「私の首、とってみなさい」


 さあ、余興の始まりだ。


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