第146話 敵認定

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 皇帝の配信から一週間が経った。あれからいくつかの町を回ったけど、領地が領地だ。碌に観光も出来ないようなところばかりで、美味しい現地ご飯にはまだありつけていない。

 そんな感じだったから、配信も一回しかしなかった。不快にさせるだけの配信なんかしても仕方ないからね。


 その一回の配信も、たまたま見つけた迷宮の攻略配信だ。いつも通りサクッと攻略したから、雑談配信とあまり変わらなかったけど。


 で、皇帝直轄領に入ったのが昨日。そこからのんびり歩いて、昼前にようやく一つ目の町に着いた。配信は、もうつけてある。


「お待たせ。ようやく配信できる町に来れたよ」


『けっこーかかったなー』

『前の町みたいなんが続いてたんだっけ』

『あれは酷いかった』


 皇帝が放置してるのが不思議なくらいだったね。あの皇帝、別に暗愚って感じはしなかったんだけど。まあ、彼の配信はあれきり無いし、まだ分からないけど。


「とりあえず、観光しよっか」


『うむ』

『旅配信感』


 皇帝直轄領の最西端にあるこの街は、雰囲気だけで言うと虎憲フーシェンの治めていた地域に近い。ある活気があって、子ども達の遊んでいる姿も見える。

 けど近いだけで、明確に違う点もちらほらと。


 まず、衛兵の姿が多い。厳めしい顔で通りを練り歩いている。

 彼らに見つかったら騒ぎになっちゃうから視界に入らないようにしてるけど、ちょっと面倒だね。種族変化直後の不安定ぎみな私だったらこの時点でキレてたかもしれない。


 それから、住人同士の交流が少ない。初めて立ち寄った村みたいに路肩で雑談に興じてる人はいないし、買い物の際の会話も最小限だ。

 まあ、旧時代の東京都心も似たような雰囲気だったし、悪いこととは思わないかな。衛兵に向ける目が怯えを孕んでるってところ以外は。


『観光地的なものあるのかな?』

『とりま、昼ごはん?』

『中華街的なところ無いかな。昔横浜とかにあったようなやつ』


 そっか、もうお昼時か。よくよく見れば、影も短い。


「探してみようか、中華街みたいなところ」


 繁華街くらいはあるでしょ。

 人の流れに沿って歩いてみよう。人ごみを行くことになるのは面倒だけど、幸いなのかなんなのか、皆私から距離を保ってくれるから歩きやすい。


『これが皇帝パワーか……』

『皇帝の布告の生なんだろうけど、綺麗にみんな避けてて面白いな。ハロさんがバリアでも張ってるみたい』

『てかこれだけ目立っててなんで衛兵来ないんだ?』


「衛兵は来てない訳じゃないよ。ただ、ここら辺は戦える人が分かりやすいから」


 旧時代と大して変わらないなかに、当時なら超人だとか人間兵器だとかってくらいには言われてそうな気配が混じればそりゃあね。おっと、来てるね。いったん屋根の上に行こうか。


 繁華街はすぐに見つかった。けっきょく屋根の上をうろつきながら見つけるかたちだった。衛兵たちも配信を開いてはいたみたいで、人通りのない場所にいてもしっかり追跡してきたんだよね。まあ、上からの景色なんてあまり見たことが無かったようだから、場所の特定には時間がかかってたみたいだったけど。


 なんにせよ、これでようやく現地飯にありつけます。


 繁華街だけあって、雑多な印象を受ける場所だ。大小さまざまな店を通り内に詰め込んだって感じ。それこそ横浜の中華街を思い出す。


「熱そうなのが多いね。あと辛いの。北の方だからかな」


『餡使ってるのも多そうだよなぁ』

『四川ってこの辺だっけ?』

『中国料理わくわく。中華とはわりと別もんだった記憶』


 四川、四川は、どこだっけ。辛いのから四川を連想したんだと思うけど、たしかに上の方のイメージはある。リスナーに聞いてみようか。


『四川はもっと下だぞ。一応ハロさんも通ってたと思う』


「え、うそ。本場の酸辣湯麵さんらーたんめんとか食べたかったんだけど」


『どんまいハロさん。もう一回行こう』


 もう一回、もう一回か……。


「行くかぁ」


『行くんだ』

『行くのか』

『けっこう距離あるよね? さすが』


 まあ、迷宮の転移機能もあるし、飛んでも良いし。


 それより今日のお昼ご飯だ。

 んー、屋台飯でも良いけど、せっかくだしどこか入ろうかな。とりあえず目についたあそこで。わりと大きめの店で、看板には北京ダックらしき絵が描かれているところだ。


「いらっしゃ――」


 おろ、おばちゃんの目、怯えてら。席への案内はなしっと。


「あー、帰った方が良さげ?」


 おばちゃん、どころか店内の皆さん揃ってコクコクと。

 ふーむ、仕方ない。出るか。


『まあ、よくよく考えたらそうだよな』

『関わったらあかんってトップが言ってたもんな』

『これ、どこ行っても同じじゃ、、、』


 うん、そんな予感しかしない。


「屋台なら可能性、無い?」


『無いんでね?』

『無さそう』

『まあ、行くだけ行ってみても』


 これだけお店あるんだし、一軒くらいは食べられるところあってもいいよね?


 衛兵に見つからないよう、屋根の上の通りからは見えない位置に腰かける。腕を組み頬杖を突く私の影は繁華街に入ったころよりいくらか長くなっていて、喧噪も小さくなったような気がした。

 けれど、私の空腹は満たされていないまま。一軒も食事をさせてくれるお店は見つからず、なんなら呪符まで突き付けられた。中国の魔除けのおまじないだ。あの呪符はあとで灰にするなりして水に溶かすのだろう。それから飲むんだったか。


『その、なんだ、どんまい?』

『裏通りとか行けばあるかも?』

『無言なのが怖い』


 うん、私としたことが、感情を表に出してしまってたみたいだね。


「ごめんねー。今日の配信はこの辺にしておくよ。というか、暫く配信自体しないかも?」


『うい、了解』

『まあそうなるわな』

『はーい。おつハロ―』


 よし、配信終了。

 ご飯は、もう手持ちでテキトーに済ませてしまおう。配信してないなら変装すればお店にも入れるだろうけど、今はいいや。


 そんなことより、あの皇帝にどう煮え湯を飲ませるかを考えたい。どう殺すかを考えたい。


 私の旅の楽しみを奪ってくれたんだ。十分育つまで放置しておくつもりだったけど、もう許さない。


「夜墨、皇帝は敵ね。人間味を捨ててでも殺すから」

「ロードが望むなら」


 人間的な感覚で言えばしょうもなくて身勝手な理由だろう。でも、そういう理不尽さをもっているのが龍の逆鱗だ。

 龍となったことで、ただ嫌っていただけのものが本能的な憎悪の対象となった。それ故に初期はコントロールが上手くできなくて、赤の他人のことにまで苛立ちを覚えてしまうほどだった。


 種族変化したことで受けた影響らしい影響で唯一の部分と言って良いだろう。倫理観は、元々薄かったし。


 あの皇帝は、そんな私の逆鱗に触れた。触れてしまった。

 だから殺す。


 でも、今すぐじゃない。今すぐには出来ない。


 大きく息を吸って、吐く。荒れ狂う心をいったん押し止め、蓋をする。


 今の私じゃ、まだ皇帝には勝てない可能性が高い。感情に任せて乗り込んでは返り討ちにあってしまうだろう。皇子たちが一人でもいたらもう敗色濃厚だ。

 感情で動いてはいけない。感情優位の判断は全てを失う原因足り得る。


 冷静に、冷徹に、論理で動かねばならない。

 一先ずは枷を軽くすることを考えよう。七、八割の力が使えるようになれば、あの程度、問題ない。


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