第143話 光と影の影の部分

143

 第二皇子に少しばかり塩を送ってからはや数ヶ月。今日も今日とて配信をしながら都を目指しているわけですけども。


「しかし変わらないねー、景色」


『見事なまでに木と山と』

『だなー』

『のどか。今いるの洞窟型の迷宮だからわりと助かるが』

『↑油断して奇襲うけるなよ…?」


 これだけ同じ景色ばかりだと、さすがに飽きてくる。話しのネタになるようなのも見つからないし、かと言って自分の話をするのも面倒だ。


 空気が綺麗なのは助かるんだけどねぇ。街の近くはすえた匂いの酷いことが多いし。

 まあ、あれだけspやら何やらを搾り取られてたらそうなって当然だけども。


 荒れ具合で言えば、都に近づくほど酷くなっているかな。外側は中央の目が届かない分、sp以外の部分でお目溢しがあったみたい。

 spは魔法的な契約で縛ってるからどうしようもないけど、野菜とか、現物に関してはいくらでも誤魔化せるし。


 増えていると言えば、もう一つ。


「ん、またか……」


 ちょろっと魂力に働きかけて、文字通りの青天の霹靂をば。

 雷光が消えるのと同時に気配もいくつもなくなる。


『またネズミ?』

『またか。こりんな』

『いい加減飽きてきたな、ねずみ』


「そうそうネズミ。こんな簡単に逃げるなら最初から来なければいいのにね」


 実際には消し炭にしてるわけだけど、そこは、ほら、言わぬが華的な?

 寝首かこうとしてるやつらにまで情けをかけるつもりはないし。正当防衛です。


 ネズミっていうのはすっかり定着した隠語で、皇帝が差し向けてきたやつらのこと。

 最初は交渉を持ち掛けてきてたんだけどね。取り付く島なしと見るや、後顧の憂いを断ちにきたみたい。


 教えてもいいんだけど、今の段階で日本にちょっかいかけられたら面倒。私たちとマトモに戦えないような段階で来られても面白くない。

 しっかり自分で辿り着いて、楽しく遊べるようになってから来てほしい。


 なんてことを考えながらコメントに上がった話題についてテキトーに話してたら、件のすえた臭いがしてきた。どうやら人の住む場所が近いらしい。


 道もだんだん拓けてきた。古い道ではあるようで、水たまりの跡が少なくない上に多少の草が生えている。


「都に近いからかな? この先の街はそれなりに流通が充実してそうだ」


『もうすぐ次の町かー』

『風呂入る時間はありそ?』

『たぶんあるぞ。俺はダッシュで入ってくる』


「ほいほい、風呂ってらー」


 まだ一時間くらいはあるから、のんびり入ってきたら良いよ。


 この先にあるのが予想通りの流通の盛んな集落なら、規模としては町以上のものになる。今いる領地に入ってから初の町だ。

 道なき道を行ってることも大きいのだろうけど、それだけじゃない気もしてる。


 なんというか、道中のいくつかの領地に輪をかけた貧しさなんだよね。

 第一皇子の隣の領地も、傾向から予想できる範囲を超えて貧しかった。けどそれは、sp以外の物資の多くを前線に送っていたからだ。民の生活を犠牲にして、あの無意味な戦場を支えようとしていたらしい。


 そんな馬鹿らしい理由の貧しさ以上に酷いのが、今いる領地だ。見かけた餓死者の数も最多、村跡の数も最多。緩やかに滅んでいっていると言っても過言じゃないと思う。


 町はどんな感じかな、なんて思いながら起伏に富んだ道を歩くこと二時間。想定の倍ほどかかってようやく件の町が見えた。かなり大きい。


「これは、都市の規模だね」


『もっと小さいとこだと思ってた』

『でかー』

『デカいけど、これほぼスラムじゃね?』

『真ん中の方になんか壁に囲まれたところあるな』


 ふむ、鼻で息ができない。

 お風呂はいれてる、わけないか、あの感じだと。


 とりあえず魔法で匂いを遮断。上からでも汚物が落ちているのがちらほら見えるから、少し浮いて宙を歩く。


「まあ、行ってみようか」


『迂回でもいいんやで』

『よく入るなぁ・・・』

『でもちょっと興味ある』

『ちょっと離席します』


 なんか人死によりも拒絶反応が。まあ、今の日本でもこっち系統の酷い絵はなかなか無いか。皆綺麗好きでそれ用の魔法は習得してるみたいだし。戦争の関係で惨殺死体の方が見慣れてるだろうなぁ。


 町の入り口に兵の類はいない。警戒するような視線も無く、すんなり中に入れた。


「人間ってここまで無気力になれるんだね」


『落ちくぼんだ眼ってこういうのを言うのか、、、』

『言っちゃなんだけど、地獄系の迷宮の餓鬼みたいだな』

『なんか色々無理』


 一様にやせ細っているのに腹ばかり出ているのは、栄養失調が原因だろう。黄疸も見られる。髪は脂ぎっていて指先もボロボロで、けが人も多い。その傷口は膿んで黄色い汁を垂れ流しにしていた。


『うそだろ赤ちゃんがめっちゃ捨てられてる』

『育ててる人も一応いるけど……』

『服っていうかボロ布だな』

『これどうやって生きてるんだ? なんか作ってる様子もないよな』


 少なくとも、今いる辺りに畑の類はない。一応道は整備してあるから、交易でどうにかしているのかもしれないけど……。


 それにしても煙たい。匂いとかは遮断してるから視界が悪い程度で済んではいるけど。

 煙の出どころは、家にしてるっぽい掘っ立て小屋の中? あ、住人が咥えてる鉄パイプからも出てるね。


 これは、あれか。

 食料も不足していそうなのに、それは手に入るんだ。うーむ……。


 ん? 奥の方から人が来るね。周りにあるのとは違う、元気で戦いの訓練を積んでいるらしい気配だ。

 一応隠れようか。あちらさんが配信見てたら意味がないけど。


 まあ、二階くらいの高さに浮いて魔法で軽く隠蔽かけるだけで十分でしょう。


 やって来たのは何人かの兵士。荷車を引いていて、その上には巨大な寸胴鍋がいくつか乗っている。たぶん、炊き出しだね。

 中身は、麦粥か何かかな?


「お前ら! さっさと済ませろ!」


 兵士のおじさんの声に反応して、掘っ立て小屋やらその辺の路地やらから人がぞろぞろと出てくる。幽鬼のように生気のない動きだったのが、寸胴を目にした途端力の籠ったものに変わって、一斉に駆け出した。その手にはボロボロの器があったけど、動きと粥に群がる様だけみたらゾンビ映画のゾンビみたいだ。


 なんというか、人間味が薄いね。畜生と言った方が良いかもしれない。

 こうして彼らを生かしているのは、それだけでspが手に入るからなんだろうけど。


 鍋の中身は見る見る無くなっていく。コメント欄も引くような勢いだ。

 ん、後ろの方で何人かコソコソしてるね。兵士と、周りに比べたら身なりの良い数人だ。兵士が布袋を渡している。


 兵士じゃない方はこの辺りの纏め役か何かなんだろう。袋の中身は、さっき彼らが吸ってたものかな。

 んー、光の動きに干渉してっと、よし見えた。中身は、灰色の粉か。予想通りだ。質は悪いものみたいだけど。


 これは、中央にあるあの壁の中が俄然気になるところだね。


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