第144話 汚い光だ

144

 壁の中、さっさと行ってみようか。ここら辺は退廃的すぎてリスナー諸君も辛そうだし。


 進んでいた道の少し先まで行って着地し、隠蔽も解く。隠れたまますっと入っても良いんだけど、私に対してどういう反応をするかも気になるんだよね。

 兵士の反応からでも、皇帝が下に私と積極的に関わるように言ってるのかどうかくらいは分かるだろうから。


 件の壁まではかなりの距離がある。三十分はかかりそう。その間この荒みきった人々と下手なパッチワークみたいな町並みを映し続けないといけないってなると、同接同時接続数がかなり減りそうだね。

 うん、今のうちに時間の目安を伝えておこうか。


「今壁の内側を目指してるんだけど、三十分くらいはこの景色を見せることになりそう。しんどい人は、三十分後くらいまで配信閉じてて」

 

『ほーい。』

『そうさせてもらおうかな。きついわ』

『俺はへーき』

『けっこう同接減ったな』


 ふむ、思ったよりは残ってる。意外と耐性のある人間が多いんだね。

 それでもかなり減ったのは間違いないから、さっさと行こうか。


 壁の前まで来れたのは、だいたい予想通りの三十分少々あとだった。

 街の入り口と違って、壁の内外を繋ぐ門はしっかり灰色の服の兵士たちに守られている。彼らにとってはあの壁の内側こそが街であって、外のスラム街は違うのかもしれない。


 まあ、この辺りの惨状も、私にはどうでも良いことだ。何の思い入れもない地域の、それも人間の話。龍となって長い私の心を動かすほどのものではない。コメント欄には嫌悪が溢れているから、酷いねだとか、それらしい反応は見せたけども。


 こうやって表向きの感情を取り繕うのも、人間らしさではあるだろうから。


 おっと、妙な物思いに耽ってしまったね。今は和気あいあいと何かを話すようなタイミングじゃないからリスナー諸君に不審に思われることは無いだろうけど。


 ん、そろそろ配信画面の方にも兵士たちの様子がはっきり映ったかな?


「警戒してるね」


『うん? あ、あれ門番か』

『武器構えてるな』

『まあ、見知らぬ女が一人こんなところを歩いて来たら警戒する。俺なら幽霊だと思うね!』

『たしかに。ちびるな』

『ちびるってビビリすぎん? 俺ならもっと豪快にいくな』

『顔面蒼白になってんじゃねぇか』


 うん、微妙に分かりづらい漫才してら。意外と余裕ないのかな?

 この淀んだ空気をどうにかしたいのかもしれないね。沈んだまま見るには、些か辛い光景なのは確かだから。


「止まれ! 何者だ!?」


 およ、私のこと知らない?


「おいこいつ、人間じゃないぞ」

「まさか解放軍のやつらか?」


 初めての反応。あれか、今までは配信をちらりとでも見たことある人ばかりだったとかちゃんと上からの周知があったとかで驚かれてなかっただけか。

 そうなると、ここの兵士たちは配信も見たことが無いうえに情報共有もされていないわけで。上の人間は何かしら皇帝からの命令も受けてるだろうから、私のことを知らないなんてありえない。


 だとすると、どこかの段階で凄く不真面目な仕事をしていることになる。門番なんて末端だろうし、どの段階でもおかしくないね。


「私はただの外国人旅行者だよ?」


 これではいそうですかって通してくれたりは……。


「何をあり得ないことを。大人しく捕まってお仲間の情報を吐くのが身のためだぞ」


 うん、やっぱりダメか。そりゃそうだ。


「そうすりゃ楽しい思いができるだろうよ。へへ」


 気持ち悪っ!

 舐めまわすように視線を向けるのはやめて欲しいんだけど。ほら、コメント欄も引いてるよ?


 具体的な話は聞く気にならないし、話してる意味も無さそうだからさっさと抜けちゃおう。門番たちは、寝かせておけばいいね。この環境なら、芳香族系の気体濃度を高めるのが楽かな?


「なんだ、本当におとなし、く……」


 あれ、こんなに早く落ちるの? 疲れてたのかな?

 まあいいか。手っ取り早く済んだし。


 兵士たちは壁にもたれ掛かるように魔法で位置を調整する。直接は触りたくない。

 コメント欄で私が何したのか議論してたから、芳香族をね、とだけ言っておいた。これで誰か化学系に強い人が説明してくれるでしょ。内容としては旧時代の高校レベルの話だし、問題ない。


 というわけでさっさと門を潜ります。

 一応、隠蔽をかけなおしておく。もう兵士にわざと見つかる意味はないし。


「なんか、歓楽街って感じだね」


 それが門の内側に対する第一印象。煌びやかに飾り立てられた建物が並び、身なりの良い、しかしよく肥えた人間たちが多く出入りしている。健康的な体型なのは、殆どが兵士や色を売る女たちか。全体的に品の無い街だね。

 

 上から見た雰囲気と壁の形からして、それほど広くはないはずだ。しかし同じ光景がずっと続いているようで、官舎のような建物の気配はない。どころか、奥に見える最も高く豪奢な建物すら同じ雰囲気だ。

 つまり、この酷く俗な場所がこの街の政治の中心という可能性がある。


『こういうところってさ、だいたい町の外の方にない?』

『そんなイメージ』

『うわやば。豚みたいになってる。どんな生活したらああなるんだ?』

『昼間っから酒飲んでる人 多くない?』

『てかキラキラしてて目が痛い。もうギラギラ』


「とりあえず一番奥の建物に行ってみようか」


 人にぶつからないよう通りを進む。恰幅の良い人間はたいがい兵士やらなにやらを連れまわしてるから、邪魔で仕方ない。


 景色はいくら進んでも変わらなくて、面白味の無い街だ。


 一番大きな屋敷までは十五分ほどで着いた。四方に見える壁との距離からして、ここが街の中央で間違いなさそうだ。

 

 普段なら観光がてら夜まで適当に時間を潰してから配信を閉じて忍び込むところだけど、これだけリスナーのヘイトを稼いでいるなら大丈夫だろう。観光する場所も無いし、配信をつけたまま、白昼堂々と侵入する。


 コメント欄の反応は……。


『めっちゃ堂々と入ってて草』

『中も眩しいな』

『なんか宴会してるみたいな声聞こえる……』

『さて何があるかな?』


 うん、やっぱり大丈夫そうだ。


 屋敷の中では一応、事務仕事が行われているみたいだった。お酒だとか色だとかを貪りながらだけど。

 見ていて気分の良いものではないだろうね、これは。


 書類の中身は……人口と税の徴収状況? ここ、役所なんだ。

 あ、これ街じゃなくて領地全体の数字だね。他も見る感じ、この領地の都がここなのかも。


 皇子や皇女らしい気配は感じないけど、出かけてるのかな?

 なんだかんだ、虎憲フーシェンの他は第一と第二皇子にしか会ってないんだよね。どうせなら他の面々も見てみたいんだけど、どうするのが良いかなぁ?


「うーん……」


『なんか唸りながら酒盗み飲みしてる……』

『しれっと飲んでるな?』

『さすハロ』

『美味いか、畜生どもから盗んだ酒は』


 あ、はい、めちゃくちゃ美味しいです。

 まったくけしからんね、正しい意味でも間違った意味でも酒池肉林に興じながら仕事なんて、うん。


 ん、なんかおっちゃんと目が合ってる気がする。ちらちら中空を見ながらってなると、配信見てるのか。どうしようかな?


 うーん……この棒棒鶏ばんばんじーおいしいね?


「あ、夜墨も食べる?」

「もらおう」


『この主従はほんまに……』

『夜墨さんも美味しいものに目が無いんですよねー。何だかんだで似たもの主従というか……」


 しゃらっぷマイフレンズ。


 まあ、満足したし、屋敷内をぐるっと回ったら次に行こう。ここに留まり続けるのは、リスナーの精神衛生に良くなさそうだ。


 という訳で屋敷を一回りして、そのまま夜墨の背に。なお、おっちゃんは何も言ってこなかったので放置した。

 しかし、空から見ると壁の内外の差がよく分かるね。黒と茶色と灰色の淀んだ中に、不自然なほど色鮮やかな円がある。国や街の発展には光と影がつきものだけど、ここは影が多すぎる。


 この街は果たして、いつまであるのやら。

 まあ、私の知ったことではないんだけれど。


『ハロさん緊急! 皇帝が配信始めた!』


 おん?

 なんぞそれ。


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