第140話 音の牛

140

 時刻は夕飯時を少し過ぎたころ。すっかり日は落ちたけど、まだまだ人通りは多い。

 とは言っても、じきに静かになるだろう。蝋燭やら提灯やらを光源にしている以上、日本のように多数が夜遅くまで活動するのは難しいだろうから。


 そんな大通りをまっすぐ北上する。配信を終えたその足で向かうのは、この街一番の屋敷。この辺り一帯を治めているという第一皇子の住む場所だ。

 うん、観光しながらばっちし情報は集めたよ。世間話で分かる程度にだけどね。


 どうも、第一皇子は別に圧制を敷いているわけではないみたいなんだよね。

 なんなら放任していると言っても良い。


 住民たちの言葉をざっくり纏めれば、音楽の事しか考えていない、になる。

 そうすると、spの無理な徴収は皇帝関連に限るって可能性が高まるわけで。


 まあ、部下たちが私腹を肥やすためにやってるって可能性もあるし、一先ずはその辺の調査かな。

 あとは、無理な徴収っていうのが具体的な数値でどれくらい無理なのかってところ。


 住民たちに聞いても結局は、その人の所感のみで量った内容しか聞けない。だから、この国での動き方を判断するうえで、その辺りの正確な情報を知っておきたいんだよね。


 と、そろそろ第一皇子の住む区画だ。政治を取り仕切る者たちの区画になる。

 重要な施設の集まっているエリアな以上、ここに入る時点でも相応の検査があるんだけど、まあ堂々と通過します。

 門番の認識を誤魔化すくらいは何にも問題ない。


 姿も音も魔法で消した上で、ちょうど開いた門をくぐる。

 ああ、匂いも消しておこう。上流階級なら、種族変化をしていてもおかしくはない。


 うへ、予想はしてたけど、けっこう広いなぁ。政治の中枢なんだし、こんなものなんだろうけど。

 えっと、中央区画だったっけ?


「手分する?」

「そうだな。視覚情報を記録しておこう」

「うん、よろしく」


 というわけで、村くらいの広さはある中央区画を半周したわけだけど、目ぼしいものは無し!

 夜墨の方も当たりは無かったみたいで、合流早々に首を振ってきた。


 一応記録してくれた内容も確認した。でも近隣の農畜産物の生産状況だとか、人口の推移だとか、そんなのばかり。税に関するものは参考資料程度のものしかなかった。

 違和感があったのは、せいぜい人口推移の細かさくらい。他は頻度的にも量単位的にも、ざっくばらんというか、大雑把にだけ把握しているだけだったのに、人口だけ一週間おきくらいに記録してあった。


 まあ、人間はすぐ死んでしまうような環境だ。まだ迷宮に関わるような魔物は外にいないのに、心もとない戦力しか一般人が持たないわけだし。

 税収の為にも、ある程度細かく把握しようとするのは分かる。

 それにしたって細かすぎるような気がするけど……。


 兎も角、一番知りたい話は、統括者である第一皇子の屋敷に行かなければ知れないらしい。


「じゃ、警戒よろしくね」

「ああ。気をつけろ」


 第一皇子ってことは、虎憲フーシェンの兄。彼より強いかもしれない亜龍なわけで。

 音楽好きってなると、囚牛しゆうぎゆうかな? 牛のような龍の姿をした存在。

 まったく関係ない他の何かって事もあるけど、なんか、虎憲に似た匂いがするんだよね。


 一応隠形のための魔法が働いていることを確認して、屋敷の玄関から忍び込む。

 めちゃくちゃ堂々としてるけど、忍び込んでるんだよ、うん。


 中には住み込みで働いている人っぽい気配がそれなりにあったけれど、今日の仕事は終わったのか、あまり動いていないようだった。

 中の作りは特に変ったものではなかったから、第一皇子の居室なり執務室なりは最上階にあるはずだ。


 屋敷内にはいくつも音楽にまつわるものが飾ってあったり、倉庫に様々な種類の楽器が保管されていたりと、音楽好きなのは間違いないと思われる家だった。防音になっている部屋も多くて、楽器を奏でるのに気を使うこともないだろう。

 とは言っても、龍の聴力なら聞き取れる。使用人部屋が集まっている辺りを歩けば、使用人たちの多くが楽器の練習をしているのが分かった。


「ん、ここかな」

「ここのようだな」


 表札なんかがある訳じゃないけど、ひと際立派な扉を見つけた。周囲の部屋を鑑みるに、執務室の方だろう。


 扉がひとりでに開くのを見られないよう、廊下の方を警戒しながら中に入る。目的の資料は、正面の大きな執務机にこれ見よがしに広げてあった。


「夜墨、纏めたデータお願い」

「プライベートスレッドに上げた」


 さすが、仕事が早い。

 えーっと、今の社会状況は、日本だとこれくらいの時期かな。

 とすると、個人が一日当たりに獲得する報酬は――。で、こっちの徴収額だと……。


「うわ、これは酷い」


 生活様式が完全に一致してるわけじゃないし、あくまで目安だけど、平均的な個人が一日に稼ぐspのほぼ最大値くらいの量を徴収されてる。これじゃあどう頑張っても生活は良くならない。

 なるほど、無理な徴収だ。


 で、このspが流れてる先は……およ?


「どうした?」

「いや、spの流れる先が二つあってさ。片方は皇帝で間違いないけど……」


 これどこだろう?

 カシュガル? 私中国の地理は全然分からないんだよね。


 んー、まあ、聞けばいいか。詳しそうなのが丁度いるし。


「このカシュガルってどこなのかしら? ねえ、第一皇子さん」

「やはり気付かれていましたか」


 おう、これまた見目麗しいことで。

 虎憲より華奢だけど、血のつながりをハッキリ感じる優男だね。彼と似た顔立ちに、同じ黒髪。瞳の色だけ違って黄色っぽいのは、種族の影響かな? そして白に近い黄色の衣。


 彼、ずっと部屋の隅にある衝立の陰から覗いてたんだよね。敵意は感じないから放置してたけど。


「カシュガルはこの国の西端にある都市ですよ。私の弟が治めている場所です」


 ほーん、西端。

 西端って事は、あれか、国境で小競り合いしてる辺り。


 なるほど、軍資金として一部を流してたのね。


「皇帝の指示?」

「そうですね。父はどうしても領土を広げたいようで」


 ふむ、興味なさげ。


「貴女がこの地で力を維持していられる理由も知りたいそうですよ。教えていただけたりします?」


 第一皇子の視線の先にあったのは、無造作に巻いた書簡だ。皇帝からのものだろうね。

 まあ、教える気は無い。首を横に振って拒否を示しておく。


「ですよね」

「簡単に引き下がるのね?」

「まあ、僕としては音楽さえ楽しめたらそれで良いので」


 うん、めっちゃ本気だね。これ以上なく。

 本当に音楽の事以外どうでも良いみたい。ただ、皇帝には逆らえない、と。


 とりあえず知りたい事は知れたし、お暇しようか。


「もうよろしいので?」

「ええ。知りたい事は知れたもの」


 あ、もう一つあった。


「一つだけ聞かせなさい。どうして私の存在を認識できたの?」


 私、中央区画に入って以来一度も隠形を解いていないんだ。

 それなのに彼は、外にいる間も、ずっと私の事を認識していた。夜墨が注意を促した所以だ。


「ああ、僕、囚牛しゆうぎゆうという種族なのですが、音に凄く敏感なんですよ。それこそ、音が不自然に途切れるのが分かる程度には」


 あぁなるほどね。ちょっとテキトー過ぎたか。

 そりゃ、音を完全に遮断したら私のいる位置だけ音の波が途切れて変になるよね。


 今度から気を付けよう。


「そうそう、八雲ハロ殿。お察しの通り、私は父には逆らえません。次に会う時は、明確に敵となるでしょう。ですので、出来れば殺さないでいただけると」


 殺さないで、ねぇ。


「よく言うわ」


 自分が私に殺されるだなんて、微塵も思っていないくせに。

 そんな態度を示されたら、口角が上がってしまう。


 ふふ、なるほど、これは確かにミヅチより強いね。


「楽しみにしてるわね」


 彼らが纏めてかかってくるとしたら、かなり楽しめるだろうから。

 まあ、彼のお望み通り、ここでは争わないでいてあげよう。楽器を壊しては可愛そうだ。


 それじゃあ次の町へ向かおうか。

 行く先は、西。ドンパチしてるっていう国境の方だよ。


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