第139話 お待たせしたハロハロ

139

「ハロハロ、八雲ハロだよ」


 カメラは正面。

 少し待って、いつもの挨拶。


『お、配信あった。はろはろ』

『ハロハロー。また何年も空く感じかと思いました』

『こんにちはー』

『はろはろ。前回いつだっけ?』

『安定の森!』


 流れるコメント欄に、苦笑い。

 同時に感じた仄かなぬくもりは、たぶん人間らしさってやつなんだろう。


「いやー、ごめんごめん、配信するのすっかり忘れてたよ」


 そんな何とも言えない感覚はいったん脇に置いて、カメラを後ろへ回す。コメント欄の嘆息も脇だ。


『お、今回はいきなり街か』

『街、だけどなんか寂れてね?気のせい?』

『なんかどんよりしたオーラあるな』

『壁の外にも街、スラムか?」


 まあ、然もありなん。

 絵に描いたようなスラムで、さっきの子達が住んでるって言われたら納得しかない。

 ここら辺は誰が治めてるんだろうね。聞いた話だと、皇帝の九人の子ども達が各地を統括してるみたいだけど。


「ともかく行ってみようか」


 森を抜け、スラム街らしきエリアに入る。

 そこに門や門番らしき姿はなくて、すんなりと入れた。


 周囲から向けられる視線は、酷く荒んだものばかり。夢も希望もない。身に纏う白の襤褸のように、汚れきった世界が見えてるのだろう。


『うわぁ……』

『痩せぎす。spもあんのに』

『spは税で全部持って行かれる』

『マジか』


「文字通りの全部、らしいよ」


 旧時代の貨幣制度がそのまま残ってるのも、それが理由みたい。


 そんな状況だから追い剥ぎの類いにあうかもと思ったんだけど、その様子はない。せいぜい悪意の籠もった眼差しを向けてくるくらい。

 もしかしたら、さっきの子供達が戻ってこないことが理由なのかもしれない。


「やあ門番さん。通っていい?」

「ああ。あんたは好きにしろ」


 愛想ないね。

 一応それなりの鎧は纏ってるけど、解放軍の面々より質悪そう。

 時々逸れる視線は、私の配信を見てるのかもしれないね。まだ中国の人が配信を始めた様子は無いし。


『すんなり通れて良かった』

『中は割と普通だな』

『衛兵が多いくらいか』


「まあ、そうだね。さっきからスリっぽいのがチラチラ見てきてはいるけど」


 あとは、子供だけで遊んでる姿がないね。最初の村なんかの虎憲フーシェンが治める町々では、あんなに見られたのに。

 その他は、普通の町と言って良い。


「民家が白黒な辺りは中国っぽいね。色彩の文化、残ってるんだ」


『ありましたね、そんなの』

『ほえー、年の功』

『ハロさん、旧時代は絶対オタクとかネットの住民とかだったよな。妙に色々知ってるし』


 まあ、否定はしない。生まれの関係もあるけど。

 あと読書も好きだったから、自然にね。当時から幅広く読んでたし。


『ぬるぽ』


「ガッ。……いや、何言わせてるのさ」


『ふっ、同志よ』

『なんだただのネラーか』

『ハロハロー。え、なに。今北産業』


 うん、だから唐突に古のネタふるのやめな?

 若い子たちが困惑してるよ。


「一応言うけど、ド世代ではないからね?」


『分かってる分かってる』

『そういう事にしておこう』

『ぶっちゃけ、ハロさんの寿命なら誤差』

『また私らに分からない話してる』


 うん、ごめん。

 道行く人にも奇異の目で見られちゃったよ。


 さて、とりあえず奥の大きな屋敷っぽいのを目指してるけど、これからどうしようか?

 しばらくは街中をぶらぶら観光するつもりではあるけど、そのあと、どうするか。具体的にはあの屋敷に忍び込んでみるかどうか。


 忍び込むなら配信は切らないとだなぁ。なんて誤魔化すか考えるのが面倒。

 お手洗い、なんて言ったらすぐ戻らないとだし。


 んー、まあ、けっこう広そうだし、ぐるっと回るだけでも時間潰せるか。面白いものが無ければ、世間話タイムだね。


「とりあえず大通り回ってみようか。交差点、どっちに行く?」


『右』

『右』

『左』

『右』


「おっけ、右ね」


 どっちに行くでもいいしね。


 んっと、右は商店街か。日用雑貨とか食品とかを売ってる店が多いね。

 けど活気はなし。というか気だるげ?


 この辺りはまだ街の外側寄りだからか、階級の低い人が多そうだ。売っている物も粗末な小物だったりしなびた野菜だったり、お世辞にも購買意欲をそそるとは言い難いものばかり。

 それにしたって活気が無さ過ぎるけど、まあ、こんなものかな。


 一応お金も持ってはいるんだけど、ここで買うものは無さそうだね。


 と、きょろきょろしすぎたか。


「おっと、悪いね姉ちゃん!」

「ああ、うん、大丈夫だよ」


 ぶつかってきた青年くんにひらひら手を振り返し、背中を見送る。すぐ脇道に入っていったから、姿はもう見えないんだけど、今頃肩を落としてるだろうね。


『こんなスカスカの道でぶつかるなんて、余程急いでたか?』

『あ、やられましたね』

『随分急いでるっぽかったね』

『今のってそういうことか?』


「うん、スリだったね」


 彼の欲しかったものを袖から取り出して、カメラに見せる。この国の財布として一般的な巾着袋だ。


 私が一般人にスられるわけないよね。とか言って、一回盗られはしたんだけど。

 あんまり綺麗に手を入れてくるものだから、ついつい見送っちゃったんだよね。


 まあ、すぐにスり返したからセーフで。


 ――どれくらい歩いたかな?

 けっこう歩いたけど、貧民街っぽいところを抜ける気配はない。どうも、外周側は全部そうみたいだね。


 このすぐ外側がスラムになってたってことは、なるほど。


「分かりやすい階層社会だね、ここ」


『だな』

『日本でも人間の国のどっかが一時期なってたな。すぐ隣国に飲み込まれてたけど』

『あー、歴史の授業で習ったやつ。なんて国だっけ?』

『そっか、もうあれは歴史か、、、。』

『しかし、面白いもんないな』


 面白いものは、確かにないね。服なんかの色に言及はしたけど、多くの人にとってはどうでもいい話だ。


 それから日が暮れるまで、街中を歩いて回った。

 中央に向かう程に活気が出てきたのは、想像の通りだ。


 面白いと言えるのは、中央ほど音楽関係の施設が多かったことくらいかな。

 楽器屋さんだったり、劇場だったり。あとは、道行く人も音楽関係者らしき人が多かった。


 音楽に因んでるとなると、思い当たる存在が一つある。

 ここの中央にある屋敷に住むのが、虎憲フーシェンの兄妹だとするなら、ソレである可能性は高いと思う。


 まあ、行けば分かる事だ。

 何にせよ、配信を閉じようか。


「さっきのお店の料理、ちょっと割高だったけどちゃんと美味しかったね。そろそろ完全に日が暮れるし、今日の配信はここまでにしようかな」


『ういー、おつおつ』

『思ったより辛くなさそうだったな』

『辛いのはもっと上の方じゃね?』

『おつハロー』

『おやすみなさい』


 端に寄ってカメラを正面に回し、手を振る。偶には笑顔でも見せようかと思ったけど、表情筋動かすのが面倒だったからやめた。


「じゃあね、お疲れ様」


 よし、終了っと。

 リザルトは、まあいっか。


 ふぅ、なんだかんだ気を張ってたのかな?

 ちょっと身体が軽くなった気がするよ。


「それじゃ、行こっか」

「ああ。参考になりそうな資料を探しておこう」

「うん、ありがと」


 初期の頃に皆で調べたデータが、どこかのスレッドに纏めてあったはずだから。


 さてさて、目的地はこの街の中枢だ。面白いものが多いと良いな。

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