第138話 まだ人でありたいから

138

 朝日の眩しさに目が覚める。ゆっくり目を開けると、鮮やかな色彩の柱や壁が目に入った。昨日入った寺院、つまりは迷宮の入口になっている建物のものだ。


「んー……っと。おはよ、夜墨」

「ああ。昨夜に近づいてきた者はいない」


 ふむ、解放軍の彼らもさすがに監視なんかは出さなかったみたいだね。

 種族的な特性で私らの感知範囲外から見張れる人もいるかもしれないけど、意識を向けられて気付かない私らじゃない。


 まあ、慎重な彼らだ。配信もあるし、無いとは思ってたけども。


「それじゃ、行きますか」


 壁にもたれて座っていた身体を起こし、中央の昇り階段へ向う。

 配信はまだしない。この場所はあまり皇帝たちに知られない方が、村人たちにとって良いだろうし、ある程度進んでから始めるつもり。


 というわけで、第十階層手前だ。眼前の扉を開けば、最初の守護者がいる、んだけど、配信する必要ってあるかな?


 道中考えたんだ。収入や貯蓄的に、もう新しく配信する必要はないんじゃないかって。

 迷宮に行く人が増えたから、そっち関連の収入も増えてるし、アーカイブからの収入ももう暫くはある。


 世間体的な理由での我慢はしない宣言はしたものの、そもそも会話がめんどくさい。大半の人間は、令奈やウィンテとなら互いに一言ずつで終わる話が、いくつもの文章を加えないと理解できない。


 情報収集や収入を目的に許容してきた煩わしさだけど、今はもう、必要ないんじゃないかって。


 人間らしさを保つことについても、ウィンテと令奈の存在から既に結論付けた事だ。現状、一時的に離れてはいるけど、問題が出てきたらまた考えれば良い。


 うん、やっぱりしなくて良いや。


「夜墨、配信、やっぱりしない」

「……そうか。気が向けば、再開すれば良い」

「そうね」


 戻り道を用意してくれたって事は、夜墨的にはした方が良いって考えてるわけだね。

 まあ、ものは試しだ。


 とりあえずこの迷宮を攻略してしまおう。

 移動手段としても、スタンピードからあの村を守る意味でも、支配しておきたいしね。


 余談だけど、出雲大迷宮にとうとう挑戦者が現れたみたい。人間と獣人、それとエルフの四人組。この迷宮のコアルームを支配した時に気が付いた。

 まあ、五十階層で文字通り全滅しちゃったらしいけど。


 さすがに、今の人間たちにはまだまだ早かったか。

 しかし、うーん……。

 ミヅチ辺りにお願いして、百階層くらいに行ける実力者以外は辿り着けない仕組みでも作った方が良いかもしれない。


 それから数か月。あっちへふらふら、こっちへふらふらと、気ままに中国旅行を楽しんだ。関所をやり過ごすのに道なき道を行く事も多かったし、正直今どこにいるのかは分かっていない。

 そもそもが方向音痴気味っていうのも、たぶん関係してる。たぶん。


 ただ、一か月くらい前から退廃した村や町に着くことが多くなった。たぶん、虎憲フーシェンの治める地域を出たんだろう。

 こうも分かりやすく変わると、なんだか面白い。


 面白いと言えば、虎憲の領地を出たと思しき辺りから、spでの売買が出来なくなった。旧時代のように、貨幣でのやり取りのみになっていたんだ。

 日本じゃとっくに廃れた価値代替物が、ここではまだ利用されている。日本でもコレクターが集めてるなんてことはあるけれど、社会的な仕組みの一部として残ってるのは、確実に何かあるよね。


 聞く所によると、spは全て税として、領主によって徴収されているらしい。

 これはもう調べてみるしかないよねって事で、今は領主の館がある街へ向かっている。


 もう件の街は見えているから、十分くらいで着くかな?


「ん、お客さんだ。ずいぶん幼いけど、街の子達かな?」

「だろうな。どうする?」


 ふむ、一番年長だろう子でも、中学生の年齢は超えて無さそうだ。栄養失調だろう点を加味したら、十二とか三とか、その辺かな。

 で、もっと幼い女の子も。


 一人がその女の子を抱えて待機、となると襲われてるふりをしている女の子を助けようとしたところを周囲に隠れてる子たちや女の子が刺すって算段かな。

 なかなか強かなこって。


 ぶっちゃけ、人間の子供に私の鱗を貫けるはずが無いんだけど、めんどくさいね。


「うん、先に殺しとこうか」


 私に悪意、それも殺意に近いものを向けてきてるわけだし。

 という訳で、雷ちゅどーんっと。いっちょ上がり。

 人間の焼ける臭いとオゾンの臭いでちょっと不快だけど、まあ、町中よりはマシかな。ホント、臭いんだよね、この辺りの町。


「うん? どうかした?」

「……良かったのか?」

「まあ、言いたい事は分かるけどさ、人間が何人死んだところで、別にどうでも良いでしょ。仮に全人類を敵に回すことになったとしても、それはそれで面白そう、だ、し……」


 いや、ちょっと待て私。


「この思考は、人間らしくは無いね」

「ああ」


 あー、そっかー、そうだよねぇ。

 忘れてたよ、私がどういう人間だったかってこと。


 私は、村上竜也むらかみたつやとして生きていた頃ですら、欠落した倫理感や道徳心を論理で補っているタイプの人間だった。利己の為に利他的な行為を重ね、人間らしく振る舞っているだけの人間でしかなかった。


 その私に一切の枷が無くなったら、人外の存在となり、利他的な行いで返ってくる利を利として見なくなったなら。

 結果なんて最初から分かってたのにね。


 もう一度、思いだそう。

 私が求めているのは、世捨て人生活だ。世を捨てた、人の生活だ。


 主目的からすればおまけでしかない、人間らしくありたいという願望だけど、だからと言って軽々しく捨てられる程軽いものではない。

 例えこれが、幼少期に母の言葉で植え付けられた、トラウマ的な願望だったとしても。


「配信、しよっか」

「ああ、それが良い」


 はぁ、嫌だねえ。あっちを立てればこっちが立たない。

 でも、仕方ないよね。私がそうありたいって望んだんだから。


 だからこの旅の間くらいは、配信を続けよう。人間らしくあるために。世を捨てた人の生活を、手に入れるために。


 というわけで、それじゃあ、配信スタートだ。


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