第137話 虎だった

137

もんの君、お客人を連れて参りました」

 

 ふむ、本当に門の君だった。


「入れ」


 聞こえた声は、中年くらいの男の声。門の君の声ではなさそう。村で聞いた話では、門の君は二十代半ば位の見た目らしいから、


 お姉さんが開けてくれた扉から中に入ると、正面に大きなテーブルが一つ見えた。

 その向こう側にいたのは、黒い衣のイケメンだ。黒髪で銀の瞳の彼が門の君なんだろう。

 

 加えて、テーブルの左右に中国式の軽鎧を纏った男女がいて、壁際に侍女らしき女性が二人。左右の男女、戦士たちは鱗があったり鳥の翼があったりで、多様性に溢れていた。察するに、ここは会議室か何かかな。

 


「驚いた。こちらにも人間以外の種族がいたのね」


 左右の戦士たちから殺気が溢れた。彼らは武器に手を掛け、私を睨みつける。

 門の君がすぐに片手を上げて制したけど、彼より先に喋ったのが悪かったのかな?

 

 色んな種族の人がいるけど、一様に血の気が多くて面白い。さっきのお姉さんも、エルフだった割に沸点低かったし。

 まあ、彼らの癇にさわる程度、私にはどうでもいい話だ。


「貴女が八雲ハロ殿か。失礼だが、首元にいる者を紹介してはくれないか」

「紹介を求める前に、自分が名乗るのが礼儀ではないの?」


 はい、久しぶりの外面モードです。

 なんかまた取り巻きが睨みつけて来るけど、知らない。


「これは、重ね重ね失礼した。私はウォン虎憲フーシェン。皇帝の第七子にして第四皇子の位に就く者であり、同時に解放軍の長をしている」


 ほーう、解放軍。第四皇子がね。

 雰囲気的に革命軍とか反乱軍的なものなんだろうけど、面白い話だ。これだけで来た甲斐があった。


 同時にめんどくさそうな話でもある。


「そう。知っての通り、私は八雲やくもハロ。この子は私の眷属で、夜墨やぼく


 夜墨は、一瞥するだけ。それが取り巻き達の神経をさらに逆撫でしたみたいで、殺気が強まる。ちょっと鬱陶しい。


「それで、この国の皇子が私に何の用? お友達は歓迎していないようだけれど」


 虎憲フーシェンは涼しい顔で取り巻きを一瞥する。なかなかのポーカーフェイスだね。


「その前に一つ伺いたい。貴女がたの種族はなんだろうか。ああ、私の種族は『狴犴へいかん』という、亜龍の一種だ」


 狴犴、竜生九子の一体だっけ? 龍になれなかった、九体の龍の子たちとかっていう。何が九子に入るのかは色んな説があるらしいから、竜生九子の狴犴って言って良いかは分からないけど。


「そう。私は人龍。人の姿をした龍。それと、彼は黒冥龍という種族よ」


 お、取り巻き達が目を見開いて大人しくなった。なるほど、これが目的で。

 やっぱり龍は特別な存在なのね。


「やはり、真なる龍なのだな。では、龍神というのは?」

「質問ばかりね。人の質問には答えないでおいて」


 一応ちくっと。立場を勘違いさせてはいけない。私は、来てあげてる側だ。


「申し訳ない」

「まあいいわ。私は、日本古来の神から神の座を受け継いだ。だから龍神」


 細かいことを言えば、その前から信仰されてたり、新しい世界の理に関わるなんやかんやもあったりするんだけど、そこまで言わなくて良いでしょ。


「なるほど……。やはり、我々を救えるのは、貴女しかいないのかもしれない」


 意を決したような、希望を見つけたような、色んな感情の見える表情。

 あ、これ、超めんどうなやつだわ。


「貴女は、この国の現状をどれくらい知っているだろうか」

「それほどは知らない。皇帝の独裁が酷いということと、無理に領土を広げようとしているって程度」


 後者は半分鎌をかけただけだ。


「そう。そのせいで、民は苦しんでいる」


 これでまた一つ情報が確定したね。正直、間違ってて欲しかったんだけど。絶対皇帝側も接触してくるよ、これ。


「民を苦しめる事、これを為政者の悪と言わぬ事が出来るであろうか?」


 悪、ね。狴犴へいかんは悪を裁くことを好むのだったか。これが彼の生来の性質なのか、種族の本能なのかは知らないけど、少なくとも私を騙そうとしている様子はないね。

 公正公平に正義を見極める存在、という伝承の影響が強いのなら良いんだけど。


「八雲ハロ殿、私は、父たる皇帝の手より、民たちを解放したいのだ。だが力が足りぬ。力もまた、この狴犴の好む所であるが、それでも皇帝には及ばぬ。だから、どうか、貴女の力を貸してはくれないだろうか」


 虎憲フーシェンは頭を下げ、真摯な姿勢を見せてきた。彼から漏れ出る魂力も真っすぐで、なるほど、本当に民たちの事を思っているのだろう。

 臣下たちは、彼が私に頭を下げるのを良しとしていないみたいだけど、しっかりと隠している。志は、あるじと同じにしているみたいだね。


 これは、あの村の人たちも慕うわけだ。

 正義に立ち、民を思い、堂々たるカリスマもある。善なる王たる器だ。善性を持った大抵の主人公なら、彼の願いを揚々と受け入れ、瞳に炎を灯して助力するのだろう。


 けど、さ。


「私にその頼みを引き受ける理由はない」


 この場の、私と夜墨以外全員の気配が乱れる。漏れだす魂力が揺らぎ、動揺や怒りを伝える。


 でも正直、他人の生活なんて、どうでも良い。知らない顔がどれだけ死のうと、私には関係ない。

 日本の人間たちに助力したのだって、彼らの生み出す文化に用があったからに過ぎない。


「どうしても、ダメだろうか。この狴犴の目は、貴女を善なるものと見ているのだが」

「悪ではないだけ。解放の助けに成れぬ民たちは善でないのかしら?」

「……その通りだ。ならばせめて、物資を買い取らせてはくれないか。管理の厳しい現状、武具どころか食料の補給すら満足に行えていないのだ」


 ふむ、配信でも龍器の出し入れしか見せてないけど、まあ手ぶらで旅してたらその辺は予想がつくか。

 んー、まあ、ちゃんと買い取るって言ってるし、物資援助くらいはして良いかな。


 えっと、これくらい?


「お、多いな」


 およ、思った以上にざわついた。それほど物資に余裕がなかったのか、想定以上に出してしまったのか。


 とりあえず目録も作って上げた方が良さそうだ。迷宮産の武具もそれなりに混じってるから、全部は買い取れないかもね。


「交換spの半額で良いわ。確かめなさい」


 たぶん、今の中国だとかなりのspが交換に必要だろうし。半分でも日本で交換するよりsp必要かもしれない。


 虎憲の目くばせを受けた侍女たちが中心になって、確認を始める。手際は良いので、想定したよりはすぐに終わるだろう。

 とは言え、小山になる程あるからね。暇な時間が出来ちゃった。


「時間がかかりそうだ。その間、少し雑談でもどうだろうか」


 お喋り、か。情報収集はできそうだけど、どうしようかな。

 正直、もうあまり聞きたい事ないんだよね。旅の中で見て確かめればいいやって事ばかり。

 あとめんどくさい。


 よし、首を横に振っておこう。


「そうか、残念だ。では部屋を用意させよう」


 虎憲が魔力を発して合図すると、後ろの扉が開いた。さっきのお姉さんがまた案内してくれるみたい。

 

 連れられて行ったのは解放軍の兵用に用意された個室の一つで、今は使っていない部屋らしい。案内してくれたお姉さんがそのままお茶を入れてくれる。

 なんか変な粉入れてたけど、気付かないフリ。ちょっと笑いそうになったのは秘密だ。


「美味しいね」


 ドア側に戻ったお姉さんに笑みを向けると、明らかに動揺を見せていて面白かった。

 ごめんけど、この程度の毒じゃそもそも効かないんだよね。


 まあ、彼女は命令を受けただけの見張り役だろう。下手人たちは、今こちらに向かってきている。


「失礼する」


 ふむ、無事な可能性を考慮したのね。ちゃんと用心深い。


「どうぞ」


 はい、また外面モードオンっと。

 入ってきたのは、さっき会議室で左右に控えていた面々だ。全員ではない。三分の一くらい。


「美味しい紅茶をありがとう」


 カップを掲げてもう一度、笑みを向ける。けど彼らはあまり驚いていないみたい。

 まあ、龍ってこと知ってるからね。


「やはり、毒は効かないか」

「ええ。香辛料にするにも、もう少し刺激的で良いくらいよ」


 各々の手には武器が握られていて、殺気を隠す気は無い。それはエルフのお姉さんも同じ。

 ふふ、慎重な人たちだね。


「良いの? 勝手にこんなことをして」

「民を救うためだ。許してくださる」


 まあ、そうだろうね。多少の𠮟責はあるかもしれないけど。

 実際、私が彼らの事、特に虎憲の事を漏らさない保証はない。ならば口を封じておくのが確実だろう。


 うん、実に合理的だ。


「いくら真なる龍とは言え、ここは貴女にとって異国の地。加えてこの人数で囲めば、無事では済むまい。申し訳ないが、その命、差し出してもらうぞ」


 ふむ、まあ、この辺りじゃ皆強い方なんだろうね。武器を構える姿も堂に入っている。

 けど――

 

「……何がおかしい?」


 おっと、作り笑いでもなく、口の端が上がってしまっていた。こういう時ばかり表情がしっかり変わるの、ちょっと問題だよね。


「いいえ? 確かに、今の私達はかなり弱体化している。良いところ、全力の二、三割ね。だけど、――」


 抑えていた魔力を解放し、殺気にして彼らへぶつける。


「この拠点にいる者を皆殺しにする程度なら、全く問題ないわ」


 戦士たちの顔が恐怖に歪み、脂汗が垂れる。何人かは腰が抜けたのか、へたり込んで動けない。立っている者も得物を取り落としてしまって、とても戦える状態にはなかった。


 うん、この程度なんだよね、彼ら。

 まあ、これくらいにしておいてあげようかな。虎憲からのお迎えも近づいて来てるし。


「身の程を知ることね」


 椅子から立ち上がり、へたり込む彼らの脇を抜けて入口の戸を開ける。急に開けたからお迎えの侍女さんを驚かせてしまった。謝ったら礼を返されたから、許してもらえたんだと思う。


 会議室に戻ると、渡した物資の殆どは壁際に寄せられていた。テーブルの上にいくつかだけ武具が分けてあって、返して貰ったリストには、それらの武具を示す欄にだけ印がつけてある。


「臣下がすまない」

「お灸を据えるのに私を使うのはやめなさい」

「お見通しか」


 そんなの、反応を見れば分かる。ここからでも十分気配を拾えるだろうし。


「援助いただいた物資の件だが、全ては買い取れない。印をつけたものはお返しする」

「ええ」


 さくっと再収納。続きを促す。


「買い取り価格はそのリストに記したとおりだ。問題ないだろうか?」

「ええ」


 ぶっちゃけ、どうでも良い。


「取引成立だ。支払額を確認してくれ」


 えっと、百十二万三千……。


「問題ないわ」


 ……うん? なんか違和感があったような。

 まあ、あとで良いか。

 

「感謝する。……一つ忠告しておく。皇帝は異国で活動する方法を求めて接触してくるだろう。特に兄妹たちの中には、私よりも強い者たちもいる。油断せぬことだ」


 ほう。ミヅチレベルより強いのか。今の私なら楽しめるかな?


「ありがとう。一応、あなた達の邪魔をする気は無いわ。私の旅行の邪魔をするんだったら、解放軍だろうと皇帝だろうと、容赦しないけど」

「そうか。ならば、良い旅を、と言っておこう」


 虎憲へ後ろ手に手を上げ、会議室から出る。侍女さんが案内してくれようとしたけど、大丈夫だと断った。匂いが残ってるからね。


 まあ、収穫はあったね。来て良かったっちゃ良かったよ。

 クーデター起こそうとしてるタイミングだなんて、さすがの私も予測できなかったし。


 とは言え、私のすることは変わらないかな。のんびり気ままに旅を続ける。それだけだ。


 さて、近くに迷宮の気配があるし、このまま行ってみよう。寝るのにも丁度良いだろうしね。


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