第136話 お客さんは鬼か蛇か

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「今の皇帝、よくないの?」


 ちょっと単刀直入に聞きすぎたかな?


「そりゃあねぇ。汗水たらして稼いだspは殆ど全部持ってかれちまうし、ちょっと逆らうだけで首が飛ぶし。これより悪い皇帝なんているのかね?」


 なるほどね。二百五十年も国が続いてるだけマシではあるんだけど、酷いは酷いね。

 都に近い北の方はどうなってるやら。


 とりあえず、独裁を成り立たせられるだけの武力があるのは分かった。軍を絶対視してる風なコメントや、宮仕え云々のコメントの意味も。

 国境での小競り合いとやらも、ぼんやり背景が見えてきたかな。まだ推測の域を出ないけど。


 何にせよ、この村はかなりの安全圏にあるらしい。


「代替わりされるかも分からないし、されたとしてもねぇ? 辺りがなってくださったら良いんだけど」


 ふむ。今の皇帝は思った以上の力を持ってそうだね。皇子たちは皇子たちで問題があるっぽいし。

 とりあえず、もんきみについては頭の片隅に置いておこう。


 他にも八人ぐらい皇子や皇女が居るみたいだけど、おばさんは詳しくは知らなかった。門の君について知っていたのも、この辺り一帯を治めてるからってだけみたいだね。偶にこの村にも来るらしい。


 その後も雑談は続けたけど、特に面白そうな情報は無かった。強いて言えば、皇帝が長命種の可能性があるってくらいかな。四十を超えるおばさんが前の皇帝について一切知らなかったから。


 辺境すぎるわ文明水準が低いわで、確信はできないんだけど。

 文明水準についても、皇帝が原因で衰退したのか、元からなのか判断がつかない。旧時代でも、文明の気配が少ない地域っていうのは存在してたから。


 まあ、その辺りを知っていくのも旅の醍醐味でしょう。ある程度は人と関わることになるけど、まさか、こんな弾丸旅行で深い関係を築くことはあるまいて。


 せいぜい、こうして宿を借りるくらいの関係までだろうね。

 ……うん、今夜はおばさんちに泊まる事になったんだ。遠慮したんだけど、押し切られちゃった。


 断るのが面倒だったっていうのもある。恐るべきはおばちゃんパワーよ。


 なんにせよ、今日はもう寝る。明日起きて村を出たら、配信再開かな。


「それにしても、いつ接触してくるかね?」


 漸く夜墨と二人になれたから、寝る前の雑談に聞いてみる。

 おばさんたちを驚かせすぎても良くないと思って、ずっとただの襟巻になっててもらったんだよね。夜墨も今は、枕もとで蜷局を巻いて休む体勢に入ってる。


「さあな。早ければ今晩にも来るのではないか?」


 今晩かー。そうすると、おばさん達には黙って出ていくことになっちゃうね。

 窓の外を見てみると、月の位置はとっくに一番高い所を過ぎていて、隣の部屋からはおばさんと娘さんの寝息が聞こえてくる。


「まあ、私はいったん寝るよ。夜墨は?」

「私は起きているつもりだ」

「じゃあ近づいて来たら目覚ましよ――噂をしたのは失敗だったかな?」


 影が差しちゃったよ。

 仕方ない。おばさん達には手紙と、一宿一飯へのお礼を置いて出発するかな。


 迷宮で拾ったのに何か良いもの無かったかな?

 んー、あ、あれが良い。怪力になれる腕輪。私がつけてもあまり意味のない程度のものだけど、人間のおばさんや娘さんには十分でしょ。


 あとは手紙だけど、中国語分からん。翻訳魔法の応用でいいか。


 なんてやってる間に、お客さんは窓の下まで来たみたい。こちらの様子を窺ってるから、気を引く方法を考えてるんだろうね。


 最初にこの人の気配を感じたのは、畑に着いた頃かな。

 相手するのは、正直、凄くめんどくさい。無視して旅立っても良い。

 けど、なんか色々知ってそうなんだよ。情報はあるに越したことないし、面白そうでもあるから、てことで応じることにした。


「今行くよ」


 あ、驚かせちゃったか。分かりやすく固まっちゃった。

 気配を隠すのに自信があったのかもね。実際、昼間の野盗どもよりずっと強いのが分かる。

 それに、この気配は……。


 おっと、あまり待たせても悪い。手紙とお礼をベッド、というか寝台? の上に置いて夜墨を首に巻き、玄関から出る。

 待っていたのは、黒づくめで顔を隠した女の人だった。


「それでお姉さん、こんな夜更けに何の用? パーティのお誘いにしては、地味な格好だけれど」


 ちょっとおどけて見せる。お姉さんって言葉に僅かな動揺が見えたけど、これはまあ、私が悪いね。体型も何もわからない格好してるんだもの。

 でもごめん、それくらいなら匂いで分かるんだ。


「我らが主君がお待ちです」


 ふむ、主君。これが物語なら、例の門の君とやらが出てくるところだけども。

 まあ、会ってみますか。


 お姉さんに首肯を返して、先導してもらう。向かう先は村の外。真っ暗な森の中だ。

 人間なら一歩動くことすら戸惑われるような暗やみだけど、お姉さんの足取りに迷った様子はない。当然のごとく枝葉を避けながら、森の奥へ奥へと入っていく。


 そうして連れてこられたのは、山肌にぽっかりと口を開けた、洞窟の中だった。

 けっこうな出入りがあるみたいで、入口周辺はしっかり踏み固められている。中もある程度、足元や壁を整えてあった。


 主君とやらの気配は、既に捉えている。

 なるほど、面白い気配だ。それに割と強い。ミヅチくらいかな。


「こっちにもまあまあ強い人がいたんだね」


 お姉さんに反応らしい反応は無し。さっきは油断してただけかな。

 まあ、魂力の揺らぎでイラつきを感じてるのは分かるんだけど。主君さん、慕われてるねー。


 と、油断しちゃダメか。今の私はかなーり弱体化してるんだから。まあ、ミヅチレベルなら全然勝てるけど。


「この先です」


 色んな人とすれ違いながら複雑な道を抜けた先、一番奥と思しき場所に、金属で補強した扉があった。

 中には戦闘を生業にしてそうな気配がいくつか。そうでない気配もあるね。


 その扉をお姉さんがノックする。

 続けてお姉さんの口から出た名前は、私に色んな予感を抱かせるのに十分すぎるものだった。


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