第132話 大陸上陸!

132

 空に雲は無く、熱を孕み乾いた風が心地よい。

 見上げれば青い空、周囲には雄大な山々があって、背後へ振り返ると広大な東シナ海が見える。


 うん、旅行のスタート地点としては、中々良いのではなかろうか。


「ありがと。首元にいる?」

「そうさせてもらおう」


 たったの数時間でここまで運んでくれた夜墨を労いつつ、小さくなった彼を首に巻きつかせたら、準備完了だ。


「それじゃ、始めるよ」


 一応告げてから、いつもの手順、といっても六十年ぶりのそれをなぞる。

 カメラは正面。視界の端には、コメント欄。

 配信、開始だ。


「ハロハロ、八雲ハロだよ」


 気負うことなくカメラのある辺りに手を振ると、直ぐにコメント欄に文字が流れ始めた。


『ハロハロ! 六十年と三か月か、思ったより早かった』

『こんにちは、初見です』

『ハロハロー。うちの大将が振られたって言ってたんですが本当ですか!?』

『ハロハロ。初めましてー』

『ハロン』


 ふむ、ここでもちゃんと日本に繋がるんだね。夜墨が勧めるから大丈夫だとは思ってたけど。


「あー、鬼秀のとこの人? うん、振った。……けど大丈夫?」


『はい大丈夫じゃないです! 今呼び出しかかりました!』

『鬼秀殿、振られたのですな。』

『あ、強く生きてくれ』

『自業自得だな』

『ていうか、あの人ハロさん好きだったんか』

『原初の王たちの間では周知の話ですな。』

『マジか。赤竜さん情報感謝。これはニュース板の一面乗るな』

『ここ、他の管理者のスレッド話題にだしていいのか了解。あ、初コメです』

『ハロハロー。今回はどこの迷宮?』


 あらま。やっぱダメだったか。

 呼び出したのは鬼秀直属の誰かかな。まあ、鬼秀がテキトーに諫めるだろうから、大丈夫でしょう。

 周知されてたのはドンマイ。


 スレッドについては問題ないので放置。余程ひどくなければ気にしないユルユル配信です。

 コメント欄での会話も、気にならないくらいには流れが速いので良し。


 で、どこの迷宮か、は答えないとね。


「今回は迷宮配信じゃないんだ。旅配信。いくらか前に誰かがしてほしいって言ってたやつ」


『ほー旅配信』

『いくらか前って、俺の記憶が確かなら二百年くらい前じゃね? いや、知らんだけかもだけど』

『まぁ、時間間隔バグるのは分かる 私もそんなかんじ』

『で、どこよ』


 ん、そろそろ皆に景色見せようか。

 カメラを後ろに回してっと。


「ほい、どこでしょう?」


『険しい山々に、けっこう広い川。。。さっき見えてた海も、なんか知ってるのと違ったな』

『まさか、海外か?』

『いやまさか。なんかある程度離れたら力でなくなってヤバいって魚人の知り合いから聞いたぞ』

『そこはほらハロさんだし』

『たし蟹』


 お、海外言ってる人いるね。

 私が私であることを万能の理屈にされてるけど、それは今更か。

 ふむふむ、最近の子たちはまず海外になんて国があるか知らない方が普通なのね。なんなら日本内でも遠方は分からない事がある、と。


 まあ、日本内の話でも、新しい国については私も完璧に言えるか分からない。特に最近は併呑されたりクーデターで政権交代があったり、何かしらの理由で滅びたりって事も少なくないからなぁ。

 面倒だから早く落ち着いてほしいところ。


 長命種の旧時代組なら正解できそうだけど、どうかな?


「あっ、正解。中国。地名は知らない。上海らしき都市からいくらか南下した辺りだね」


 上海あたりが最短距離だったけど、大都市スタートは目立つかなって思って。

 もっと近い朝鮮半島やロシアの方に行かなかったのは、単純に寒いから。


「そういう訳で、今回からしばらく日本に戻らないから」


『ほーい。いいな海外旅行』

『ハロハロ! 遅れましたー』


 あ、ウィンテさん。


『ちょっと鬼秀さんに新商品プレゼントしてました。不覚です』

『振られ祝いだそうだ』

『お、振られニキちすちっす!』

『ちょっとハロウィンスレと百合スレに報告してくる』

『え、なにこれ。配信?』

『振られ岩井、、、?』


 おっふ。ウィンテさんの良い笑顔が浮かぶぜ。


 と、今変なコメントがあったね。配信を知らないようなコメント。

 日本でそんな人はいないと思うけど。


 まあ、たぶんそういう事だろうね。

 えーっと、設定っと。……あった、自動翻訳がオンだ。


「中国の人かな? やあ、いらっしゃい」


『え、中国人?』

『どれだ?日本語しかないぞ』

『何言ってるか分からない。ちゃんと喋って。日本語って、あの日本語?』

『なにこれなにこれなにこれ』


 ふむ、私の言葉はダメか。動体視力とかには補正かけるのに、相変わらず微妙に不便。


 んー、この自動翻訳、たぶん伝えようとしている情報を魂力を媒介にして伝達し、それを受け取った私たちが自分の中で分かる形に変換してるって感じだとは思う。

 その際に人々の認識って情報も混じって、皮肉的な言い回しも合致するように翻訳される、筈?


 配信上の仕組みについては憶測交じりだけど、私が魔法化する時の仕組みはそれでいいかな。

 えーっと、こうか。


「あーあー。何言ってるかわかる?」


『日本語のままじゃね?』

『うん、今度は分かる。あなたも北の方の人?』

『日本語にしか聞こえん』

『え、何か変わった?て、通じてる!?』

『魔法か! ハロさんなんでもありだな』


 ふむ、いけたね。常時発動でいいか。

 これくらいの負担なら、今も大丈夫。


「そそ、魔法。自動翻訳だよ。伝えたい意思を具現化して届けるの。社会的な認識も反映されるようにしてね」


『凄い!そんな魔法初めて聞いた!』

『え、翻訳?日本?』

『日本人て海の向こうにあるとかいう劣等民族の国だろ軍人より魔法使える訳ない嘘つくな』

『気になってたんだけど、種族変化してる人?凄いな』

『なんか中国人っぽいコメント増えてきたな』

『ほえー、まだそういう教育してるんだ』

『そりゃ、仮想敵国は大事だろ。あと愛国教育』

『え、つまり中国はまだ中国として単体であるってこと?』


 おっと、一気に視聴者数増えたね。とりあえず、暴言言ってきた人たちはタイムアウトっと。一応見れるようにはしておいてあげよう。

 気になるコメントもちょいちょいあるなぁ。まあ、旅の中で分かるでしょう。


「聞きたい事はいくつかあるけど、いったん出発しようか。まずは街を目指さないとね」


 話をする時間はたっぷりあるからね。のんびり歩きながらする予定だし。


「じゃあ、槍の倒れた方向に行こうか」


 考えるの面倒だし、どこ向かってもいつかは人の気配捉えられるさ。

 決め方雑って言われてるけど気にしない気にしない。

 ゆるーい旅なんだし、何でもいいの。


 ちょっと腹立つこともあるけど、今はどうしようもない。

 道すがら、どうにかできる手がかりが見つかればいいけれど。


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