第121話 彼女は人で、私は龍で
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槍を低く構え、地を蹴る。
前方に黒炎が生じるが、この距離なら大丈夫。
威力を弱めて突っ切り、二発目、三発目は左右へ回避。
ひと瞬きの差だが、
次は鬼ごっこか。
余程近づかせたくないんだ。
「いいよ、意地でも捕まえたげる」
『あっ! 羨ましいです! 私もハロさんに追いかけられたい!』
『ウィンテさんのこれはガチなのかネタなのか』
『ネタですよ? 二割くらいは』
『八割本気じゃねーか』
『ウィンハロスレが四角関係で盛り上がってんな』
『ウィンテさんハロさん晴明さんイザナミさんの四角関係か。世紀の決戦中にこいつら……』
コメント欄の流れは相変わらず早いけど、ちょっと中身を読む暇はない。
あちらの攻撃は出が早すぎて、追いかけながらだと全神経を集中する必要がある。
あの手この手で私の進路を妨害して、隙あらば命をとりに来る。
油断なんて一切出来ない。
殆ど全力の回避だよ。
今の私の動きは、魂力や魔力を読む目がなければ、未来予知してるように見えるだろうね。
っと、正面一メートルか!
危ない危ない。
一瞬だけ眼前まで支配権を奪われた。
針ほどの領域に限定して突破してくるの、厄介だね。
でも、残念。
射程だ。
目の高さに槍を上げ、魔法も使って一気に加速する。
文字通りの等加速度運動を開始した私の槍が、刹那の間に、伊邪那美へ届いた。
まさか、こんな無茶な詰め方をするとは思わなかったんだろうね。
伊邪那美に一瞬の動揺が見え、反応も僅かに遅れた。
それでも当然のごとく、
彼女から見れば、特大のチャンスだろう。
だけどね、私は龍だ。
龍は長い尾を持ち、そして空を翔ける。
私の細く鋭い白尾が、伊邪那美の脇腹を打った。
彼女は身体を横方向へ
このまま吹き飛んだ方が、あちら的には嬉しいだろう。
けど、させない。
空中の魂力を掴み、軸にして回転し、伊邪那美を膝で出迎える。
そのまま顔面を鷲掴みにして、地面へ叩きつけた。
「まだまだ!」
至近距離から五月雨の如く雷を落とし、追い討ちをかける。
余波で私の肌も焼けるけど、必要経費だ。
これくらいしないとダメだ。
これだけしても、まだダメだ。
イザナミは健在。
未だ空間の三割も維持し続けられている魂力支配域が、それを示している。
『超ラッシュ!』
『やばっ!』
『頑張れ!いける!』
『やりすぎじゃ..』
『押し切れ!』
雷は収めず、槍を逆手に構える。
流石の伊邪那美も、
「っ!」
手応えが変わった。
何か来る。
その前に槍が彼女を貫くかっ!?
いやダメだ、間に合わない!
「ちっ」
もう止められない槍から手を離し、大きく飛び退く。
直後、見える範囲から黒以外が消えた。
肌を焼くこの感覚は、前回私を退かせたのと同じものだ。
つまりは支配領域全域における魔法の発動。
気配からしても、黒炎が覆っているのは、空間の約三割。
気づくのがもう少し遅ければ、私も焼かれてた。
おっかないね。
『セーフ!』
『いやこわ』
『でも、切り札使わせた?』
『追い詰めてる追い詰めてる!』
その消耗で更に少しだけ、魂力の支配域を奪えた。
奪えたけど、これはすぐに奪い返されるかな。
「いいね」
黒炎が急に蠢いて、私を飲み込もうとする。
私の支配領域に侵入してくるそれは、さすがに量が多すぎて、威力を落としきれない。
肉を切らせて骨を断つのは諦めて、退避する。
また距離が空いたけど、何度でも詰めれば良い。
冥府の炎が消えるタイミングに合わせ、その直前に踏み込む。
次の瞬間には、私がさっきまでいた空間を地面の変化した無数の槍が貫いていた。
相変わらず力の流れが殆どなくて分かりづらい。
綺麗に躱わせたのは偶然だけど、結果だけ見れば同じ。
ちょっと癪なだけ。
視界が晴れた。
眼前には,鉾の切っ先。
「くっ……!」
右頬に一筋の赤が走る。
『ひっ!』
『うわ先端無理!』
『ナイス回避!』
『よく交わせたな今の。さすがすぎる』
左方向に流れる身体。
このままは、ちとまずい。
逸れた勢いのままに右方向へ回転し、一回転して右目の端で朽ちかけた女神の横顔を捉える。
そして、裏拳を後頭部へ。
手応え有り!
ぐしゃっと潰れる感覚と共に、悍ましい気配が遠のく。
追撃しようと振り向けば、黒炎やら黒雷の嵐。
その全てを槍で弾き、躱して、歩を進めるけれど、つい先程奪った分の支配域はもう奪い返された。
まあ気にしても仕方ない、とも言えないね。
油断してるとガンガン支配領域を持っていかれる。
時代に取り残された神のくせして、やるじゃんね。
でもまあ、それくらいじゃないと面白くない。
『ハロさん、だんだん距離詰めるの上手くなってね?』
『わかる:』
『たしかに』
『だいぶ見切ってきてますねー』
『見切っとるけど、決定打撃てへんのは流石やな。素の能力は確実に天照さんよか上やわ』
『あ、清明さんコメント珍し』
『ほえー』
『やっぱそうなんか。。。』
鉾による殴打を槍で受け、上段蹴り。
下ろす足で空を踏み、逆足で回し蹴りを放つ。
両方躱されたけど、続く尾が側頭部を打つ。
今までの経験上、神にとって脳に当たる器官は飾り、或いは補助的な役割しか持たない。
案の定脳を揺らされた様子もなく、反撃してくる。
これを跳んで躱し、かかと落とし。
下がって躱された。
着地の隙は、尾で潰す。
魔法で強化して、突き刺すように伸ばしたそれは、伊邪那美の足を掠めた。
「へぇ?」
筋肉の概念はちゃんとあるんだね。
筋を切ったような感触がして、伊邪那美が膝を突く。
とすると、更に攻めやすくなる。
今までのあれやこれが、人間に近い存在故の動きではなくて、筋肉による制約故の動きって事だから。
「ハハっ、なんだ、私の方がよっぽど人外じゃん」
ちょっと残念、だけど、負けられない理由が増えた。
人を知る龍として、人の神には負けられない。
この百五十年で蓄えたあらゆる知識でもって、ひたすらに攻める。
筋を断ち、関節を穿って、臓腑を潰す。
ダメージが入っているのは確か。
筋や関節程度では魂力支配に揺らぎはない、どころか、奪い返されそうにすらなる。
けれども、
人々が畏れる程に、この世界における神は生き物の範疇からかけ離れてはいない。
それにだ。
「おっと、またか」
再び感じる悪寒に、とびすさる。
そして消える黒以外の色。
範囲は、ちょうど私の、文字通りの目と鼻の先。
「やっぱりアナタは、
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