第122話 伊邪那美の権能

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 そう、幽世かくりよの住人。

 つまりは死者だ。


「でも私はさ、現世うつしよの住人だ」


 まだまだ先へ進める、変化する世界の住人だ。

 永久に変わらぬ世界の住人とは違う。


 この消耗の隙では、領域は奪わない。

 代わりに神経を研ぎ澄まして、支配を一点に集中する。


 それから、見せつけるように、口角を気持ち上へ。


「こうだね」


 稲妻が奔った。

 たった一筋の白い閃光。


 それが、漆黒の炎を照らし、切り裂いて、その先の女神を穿つ。


 白い光に照らされて、闇が晴れた。

 光の中で彼女はのけぞり、よろめいて、額を抑える。


 虚ろな二つの穴が私を覗くけれど、そこに映っているはずの色はいったい何色なのか。

 恨みか、驚きか、はたまた恐れか。


 何でも良い。

 ただ、私がまた、成長してしまった。


「ありがとうね、良いこと教えてくれて」


 深い意味は無い。

 ただ、彼女の技を学んだだけ。

 

 こんな簡単なことに気がつかなかったなんてとも思うような、それでいて、とても有用な技術だ。


 面での押し合いじゃなくて、一点突破による奪取。


 最初にされたのが広域殲滅だったから、引っ張られちゃってたかな。


 まあ何でも良いか。

 今学べたし。


「さ、続けるよ」


 また、強く地面を蹴り、踏み出す。


 今のまま変わらない彼女だけど、の彼女でもさっきみたいな威力を伴った一撃はもう食らわないだろう。

 ちゃんと崩さないといけない。


 間合いを潰し、尾で払い、槍で突く。

 ウィンテに突かれて知った私の隙は、もうただの囮だ。


『くぅ、もうあの癖は弱点にならないですね。別の攻め方を考えないと……』

『あ、今の私の技やな。これやから天才は』

『天才がなんか言ってる』

『俺らからしたら清明さんもこれやからって言う対象だぞ』

『なんかハロさんぽい攻めになってきたね』

『あっ、わかりますか!? そうだんですよハロさんてやっぱりああやって、余裕見せた攻め方してる方がらしいっていうか、綺麗って言うか最高っていうか!』

『わ、分かったから落ち着いて?』

『あーあ、変なスイッチ押した。ちょっと百合スレに報告してくる』

『報告!?』

『ハロさん明らか優勢になると分かりやすく和気藹々としだすお前ら大好きだぞ』

 

 もうあちらの攻撃は、まともには食らってあげない。

 ちょっと掠ることはあっても、それだけだ。


 至近での黒炎も、黒雷も、その嵐も、ほこによる地形操作だって、全部見た。

 全部覚えた。


 その元地面は、これくらいの力で砕けるよね。

 そしたらアナタは、私の顔面に向けて切っ先を向けてる。


 ほら、正解。

 これを弾いたら、上からいかずちだ。


 分かってるなら、あらかじめ情報を薄める防御の準備も出来る。


 想定通り。

 弱まった黒雷じゃ、私の鱗を貫けない。


 気にせず、ブレス。


 溜めの無い低威力のブレスだけど、槍で穿つよりはダメージが大きい。


「ほら、このままで良いの?」


 早くさ、見せてよ。

 知ってるよ、まだ隠し玉があるって。


 追撃阻止の魔法を打ち払い、代わりに雷の魔法を撃ちだす。


「もう終わっちゃうよ? 早く見せないと。伊邪那美らしいとこ」


『確かに、イザナミ様っぽい権能まだ見てないな?』

『地形操作は?』

『それは鉾の力だろ』

『だからって何で煽るかな? 出される前に倒した方が良くない?』

『そこはほら、ハロさんですから……』

『それ言われたら何にも言えねぇ』


 そういうこと。

 私だから。傲慢な龍たる私だから。


 全力を受け止めてこそだ。


 そうでなくたって、私の全力を受け止めさせてるんだから、あちらにも全力をぶつけさせてあげないと。


 でないと、神世七代かみよななよの伊邪那美さんを私が超えただなんて、言えないし。

 それになにより、勿体ない。


「お」


 ぞわっとした。

 私の本能が、全力で警笛を鳴らす。


 きたね。

 きたよ。


 伊邪那美の全力だ。

 その権能、切り札だ。


 現在彼女に残された、たった二割、されど広大な二割に、無数の気配が生まれる。


「なるほどね」


 未だ形になりきってはいないけど、その一つ一つから感じる力は、最も弱いもので下階層の守護者だった雷神級。強いものだと、宗像三女神むなかたさんじよしんと並ぶ程だ。


「神産み、か」


 蟀谷こめかみを、冷たい汗が伝う。


『いや、多過ぎん?』

『数え切れんが』

『百はいるな』

『流石にやばくね?』

『反則だろこれ、、、』

『大迷宮のラスボスって皆こんな反則なのか』

『ハロさんたちもチート級だとは思うけど、これは明らかにチートだろ』

『ウィンテさんと清明さんが黙ってるあたりマジでやばそうなんだが』


 ははは、まあ、そうだね。


「本気でヤバそうだ」


 だけど、これくらいで丁度良い。


『とりあえず、ハロさん楽しそうだな?』

『だな、、、。よし、頑張れ!』

『応援しか出来ないもんね。ハロさんふぁいと!』

『それはそう。頑張れ!』


 ふふ。


「応援ありがと。まあ、見ててよ」


 出し惜しみは無しだ。

 神々が完全に顕現する瞬間に合わせて、全力の魔法。

 私には珍しく、炎の魔法だ。


 込めたのは、令奈の使った魔法のイメージ。

 迦具土かぐつちと名付けられた、あの魔法。


 情報の質が落ちてしまう分は、炎そのものの情報密度で補う。


 配信画面に収まりきらない程の範囲を炎が包み、生まれたばかりの神々を焼き尽くす。

 離れている私の肌すら焼く熱量だ。


 それでも、消し炭に出来たのは三十ばかりか。

 伊邪那美に届いていないのは当然として、殆どの神が健在。


 手強い、いや、それぞれが神であると思えば、むしろ三十も討てたと考えるべきか。

 私の経験則よりも、明らかに脆い。


『どうにも安定していませんね、あの人たちの存在』

『名を語られることも崇められることもないやなんて、半端やろ』


 ああ、なるほどね。

 確かに、神でありながら、この世界において神たらしめる情報が欠けているか。


 故にその肉体は、存在は脆い。

 力ばかり持った木偶人形ってわけだ。


「まあ、その力だけで十分鬱陶しいんだけどね」


 一斉に向けられる、それぞれの権能らしきもの。

 炎や雷はもちろん、水に氷、風、果ては死そのものが形を為して降り注ぐ。


 障壁、じゃすぐ抜かれるね。


 ひたすらに足を動かし、槍を振るって凌ぐ。

 一つ一つがバカみたいに強力だ。

 でも、どうにか出来ないほどでは無い。


 それより問題なのが、こうしてる間にもゴリゴリと支配領域を削られてるってこと。


 まあ、全員神、つまりは魂力の支配が可能なやつらだ。

 当然よね。


 それぞれの支配力は、せいぜいワンストーンさんレベル。

 それでもこんだけ合わされば、易々と私の支配力を上回れる。


『なんか、また増えてね?』

『増えてるな』

『増えてるね』

『増えてる』


 うん、まだまだ生む気らしいね、伊邪那美は。

 その分、彼女自身の魂力支配の方がお留守になってるから、持ちこたえてるって所はある。


「何はともあれ、増えるより早く減らさないと、ね!」


 手近にいた雷神級二柱を纏めて両断しつつ、リスナーに向けて叫ぶ。

 

後ろから迫る魔法を剣で斬りかかってきた女神を盾にしてやり過ごし、魔法の主へ雷を落とす。

 剣の女神は老いて塵になり、魔法の主は炭となった。


 神でもあそこまで老いるなら、龍たる私にも効いただろう。

 怖い怖い、とか思いながら次へ。

 息つく間もなく神を殺していく。


 殺しまくってる、筈なんだけど……。


「ねぇ、ぜん、っぜん、減らないん、だけど!?」


『減らないな?』

『むしろ増えてるな?』

『ヤバくないかな?』

『連携してる場合じゃないんじゃないかな?』


 これは、コメント欄も現実逃避してるね。


 いや仕方ない。

 被弾も増えてきた。


 髪で固まった血が鬱陶しい。


 何よりこいつら、それぞれが勝手に魂力の支配をしようとしているせいで、流れが無茶苦茶になってる。

 そのせいで私も支配を奪い返しづらい。


 今の私の支配域は、全体の二、三割ってところか。

 これじゃあ、支配域全体で魔法を発動したところで焼け石に水だ。


 せめて力の流れを整えられたら、一気に奪い返せるんだけども。


『あ、前!』


「ぐっ!?」


 まずった、もろに食らった。

 これは、刀か。

 投擲された?


 いや、考えてる場合じゃない。

 こういう時ばかり連携しちゃって。


 視界いっぱいに、また魔法の雨。

 私を囲むように一斉に向けられた神々の魔法や権能だ。


 全部食らったら流石に死ぬね。


 あの老いの概念や死の概念みたいな、受けちゃいけないのは雷の魔法で確実に打ち落とす。

 くそ、数が多い。


 自分の領域に入った分は中和しつつ、障壁も展開。


 ダメだ足りない。

 これじゃすぐ突破される。


 障壁を内側に重ねがけ。

 肉体の強化も防御に寄せて、全方位へ雷を乱射。


 これだけすれば、まあ生き残れるし次に繋げられる、はず。


「――嘘でしょ」


 ふと感じた悪寒に従って下を見れば、覚えのある黒いいかずちが見えた。

 伊邪那美の魔法だ。


「ああ、もう!」


 迎撃は、間に合わない。

 どうするっ!?

 いや、覚悟を決めろ私!


 直後、凄まじい衝撃が私を、この守護者の間そのものを襲った。


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