第120話 ひとまずは互角かな

120

 初手は、横薙ぎ。

 切断の情報を込めた魔力を飛ばす。


 どういう切断かは指定していないから、情報の密度としてはそれ程でもない。

 その分を、動作で補う。


 令奈から学びとった一撃は、伊邪那美いざなみさんの雷炎を切り裂き、玉鋼の槍を断って彼女を襲う。

 それを、彼女は掌で払って打ち消した。


『げ、アレを素手で止めるのかよ』

『さすがイザナミ様』

『よく分からんけど流石』

『戦えんやつに説明するとだな、ハロさん達のジャブは将軍とかの全力全開攻撃くらいだ』

『最近の基準ならBランクの魔物を一撃で消し飛ばせる感じね』

『最近……?』


 さすがに、今程度ので隙を作れはしないか。

 じゃあ、少し数を増やそう。


 次は情報ももう少し限定して、圧力による切断で。

 

 槍を短く持ち、三度振るう。


 発生した魔力の刃は、一つは半身で躱され、二つは先ほどと同じように掻き消された。

 けど、空に舞ったのは、くれないの鮮血。


 なるほど、今くらいのなら、擦り傷は与えられると。


 観察を続けつつ、肉薄する。


 その勢いを乗せ、長く持った槍を下段から振り上げる。

 乗せるのは、かつて伊奘諾命いざなぎのみこと迦具土神かぐつちのかみへ振り下ろし、素戔嗚すさのおさんが八岐大蛇やまたのおろちを討つのに使った天十握剣あめのとつかのつるぎの、神殺しの概念情報。


 それを、今もなお成長し続ける私の魔力値の、最大の出力で以って叩きつける。


 前の手を滑らせ加速させた一撃。

 タイミングも完璧。


 それを、伊邪那美は爆炎を生じさせることで回避した。

 再び距離が開く。


 槍が盾になって、私は無傷。

 対して伊邪那美は、その衣に僅かばかり、焦げ跡を残している。


 それ程、彼女を追い詰めたということ。

 逃がさない。


 ほんの少し支配領域を広げながら、更に踏み込む。

 刹那、肌の泡立つ感覚がした。


 それに従い、頭上に槍で弧を描く。


 直後に降り注ぐのは、幾条もの黒いいかずちだ。

 防げはしたものの、あまりの衝撃に払った腕に痺れが残る。


 くらったら詰んでたかも。


 いいね。


『ノータイムで街一つ消し飛ばせる攻撃をぽんぽんしないでほしい。心臓に悪い』

『ほら、もう俺らには分からんくなった』

『なんか口角上がってない? 気のせい?』

『一瞬しか顔映らなかったから分かんないけど、多分上がってる。ハロさんだし』

『え、今の見えたの・・?』

『あー、そこの二人は旧時代組の有名どころだから』


 さて、どう攻めようか。

 伊邪那美は遠距離型なようで、距離をとろうとしてくる。


 詰めようにも、そう簡単にはいかない。

 んー。


「まあ、なるようになるか」


 とりあえず、槍を投げる。

 追随するけど、広がる黒炎に遮られ、近づけない。


 右へ避け、回り込みながら氷の壁に突き刺さった槍を手元へ再召喚。

 続けて、私を追いかけるように起こる爆炎を掻い潜り、頭上へ跳ぶ。


 空中の魂力を蹴り、足元から飛んでくるいかずちや炎を避け、時に雷で迎撃。

 身を捻り、遠心力を乗せた刃を振り下ろす。


 咄嗟の障壁に勢いを弱められるけど、私は空中でも踏ん張れる。

 腕の一本くらいは持っていける、と思ったそれは、想定よりも早い硬い感触と共に受け止められた。


『ん、伊邪那美様も槍?』

『槍というか、ほこじゃないですか?』

『ほこ、鉾、、、天沼矛あめのぬぼこ?』


 天沼矛、ね。

 国産みの際に使われた鉾か。


 伊邪那美さんが持ってるのね。


 押し返されるのに合わせて空へ飛び、睥睨へいげいする。


 ぎよくで飾られた鉾からは、確かに並々ならない力を感じる。

 何かしら特殊な力を持っていてもおかしくはない。


 私の槍みたいに、ひたすら頑丈でよく斬れるってだけの可能性もあるけど。

 サイズを変えられるのは、龍器の標準機能だし。


 警戒は緩めず、ゼロコンマ五秒程の溜め。

 そして口内で圧縮した魔力を、龍の息吹として解き放つ。


 一定の力学的エネルギーを保つよう情報を与えた、いわば慣性の暴力。

 さて、どう受けるか。


『鉾振ったら地面が盛り上がった!?』

『なんか生き物みたいだな』

『とはいえ、ただの地面でハロさんのブレスを止められるわけがああああ!?』

『ただの地面じゃなくて迷宮の地面だからな』


 国産みになぞらえた力か。

 速いね。


 それに、あの元地面、強化もされてる。

 ただの迷宮床なら、今のブレスでも貫けるから。


 加えて、消耗も無いに等しいかな。

 

「なかなか厄介だね」


『あの、言葉と声音が一致しておりませんが』

『ハロさんですよ?』

『たし蟹』


 ウィンテの説明が雑すぎる。

 けど納得されてるのは、うん。


 と、余計な事考えてる場合じゃないね。


 頭上から迫る気配に向けて槍を掲げ、鉾のきつさきを受ける。

 そのまま、柄に滑らせながら弾き上げ、石突で水月のあたりを狙う。


「くおっと!?」


 石突が届く直前、嫌な気配を後ろに感じた。

 慌てて槍の回転軸をずらし、背後のそれを切り裂く。


 二つに分かれて両側を通り過ぎたのは、湿った岩の地面だ。


 危ない危ない。

 さっきの感じなら、私の鱗も貫かれる。


 油断も隙もあったものじゃない。


 更に、前後左右を囲むように、魔法の気配が展開される。


 いつの間にやら、私の周囲の魂力が部分的に支配されていた。

 部分的に支配を諦め、支配力を集中する事で支配領域を伸ばしたらしい。


 結果として、私の支配領域も似たような状態になっている。


「ふふ、攻めるじゃん!」


 同じように伊邪那美を囲む魔法を展開。

 龍の権能故か、発動は同時だ。


 黒と白の雷が、対峙する私たちを飲み込む。


 全身に覚えた衝撃は、無効化しきれなかった分。

 それでも威力は思いっきり奪ったから、鱗に阻まれて、真面なダメージにはなっていない。


 どうせ向こうも、障壁か何かで防いでいるだろう。


 ならば視界の回復しきらない内に、距離を詰める。


 変形した地面の砕けた土煙を抜け、同じく地面の砕けて舞う塵の中へ飛び込む、その直前、同じように飛び出した影が、その武器を振るった。


『ああっ、考えること同じか!』

『うわぶつかった衝撃だけで土煙晴れたんだが』

『ここで接近戦しかけてくるか!』

『これ、ハロさんの認識を通してるから俺らもいくらか見えてるんだよなぁ』

『補正聞くんだっけ』

『いくらかだけな。』


 互いに弾いた武器を、伊邪那美はその流れに任せ、私は強引に引き戻して、再度ぶつける。

 再び弾かれた長物二本。


 同じ流れを三度、四度と続けて、五度目、今度は私も流れにまかせ、弾かれる力を利用した。

 先の四回よりも高い威力を秘めた一撃は、相手の鉾のみを弾き飛ばして、隙を作る。


「ふっ!」


 がら空きの腹。

 槍を手放し、そこへ、全力の殴打。


 形だけで言えば、中国武術の崩拳に近い。

 龍の権能で魂力を足場にし、魔力を衝撃に変換した一撃だ。


 伊邪那美が薄暗い中に、ぼんやりと白い線を描く。


『よっし!』

『もろ入ったぁああ!!』

『いいぱんち!』

『ないすうう!』


「ちっ」


 本当は吹き飛ばさず、連打してやるつもりだった。

 けど、直前に腕を挟まれたせいで打点がズレた。


 物理が駄目なら魔法だ。

 スピード重視の雷撃を絶え間なく放ちながら、魂力の支配圏を奪い取っていく。


 それで奪えたのは、一割ほど。

 合計でも、まだ六割ほどしか支配できていない。


「さすが、と言うべきかな」


 途中から防がれてしまっていたらしき雷撃は、そのまま継続。

 ブレスの体勢に入る。


 今度は、三秒ほど溜める。

 込める情報は、先ほどと同じ、力学的エネルギーの保存。


 これでもう少し、奪わせてよね!


「ガァッ!」


 放出した魔力が、伊邪那美のいる筈の場所へ突き刺さる。


 手ごたえは、ある。

 高密度の障壁に当たる感触がする。


 このまま、貫いてやる。


『ハロさん上です!』


 出力を上げようとした瞬間、そのコメントが見えて、身を捻る。

 つい先ほどまで私の首があった場所を通り過ぎたのは、ぎよくに飾られた刃だ。


 ぎりぎり直撃は避けたけども、完全には躱しきれない。

 肩から胸にかけて大きく切り裂かれ、着物の模様が赤く染まる。


「くっ……!」


 体勢を完全に崩された。

 迫りくる刃は、このままだと確実に私へ届く。


「しゃらくさい!」


 その前に、ブレスで放出しきれなかった魔力を暴発させ、伊邪那美にぶつける。


 至近距離だ。

 直撃はさせたが、私も反動で吹き飛び、また距離が空く。


 傷を塞ぎつつ、伊邪那美に目を向けると、彼女もまた酷い傷を負っていた。


 ブレス、の方は殆ど防がれたか。

 つまり、結界だけその場に残して、あの魔法の中を突っ切ったってこと。


 そこまでさせて負わせた傷も、すぐに塞がる。

 傷が塞がるのは私も同じだけど、あの不意打ちの間に、魂力の支配域も奪い返されてしまった。


 また、振出しか。


「ふふ、いいね。自由だ」


 抑える必要は無い。

 おのが力の全てを、何の気兼ねもなく振るえる。


「さあ、まだまだここからだよ!」


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