第117話 神の焔

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 狙われたのは、ウィンテ。

 優雅とさえ思える動きで振り下ろされた剣を、ウィンテは緋色の鎌で受け止める。


 ウィンテの力んだ表情からして、並大抵の膂力りよりよくでは無さそうだ。

 思えば、さっきウィンテが天照さんの剣を弾いた時も、武器を手放すには至っていなかった。


 鬼に準ずる膂力を片手で受けたことを考えたら、相当の力だ。


 天照さんはウィンテの押し返す力に合わせて跳び退き、再び間合いを詰めてくる。

 二度、三度と振るわれる剣は鋭く、多少腕が立つ程度ではまともに受ける事すらできないだろう。


 極端に速い訳ではないが、上手い。そんな剣だ。

 実際、その立ち回りのせいで令奈もワンストーンさんも思うように援護が出来ない。


 更には、時折炎や光が生み出され、令奈を襲う。


「舞わせない気だね」

「ああ。従者の方は、半ば無視されているな」


 まあ、ワンストーンさんは単体では決定打を打てないからね。

 崩される危険はあるから立ち回り上気にしても、優先して討つ程ではないし、それで隙を突かれる可能性もある。


 私でも一旦放置するところなのは確かだ。


『しかし、綺麗だな』

『天照さんの動き?』

『そう』

『まあわかる。敵だけど』

『それな』

『戦いの事はよくわからんがちょっと見惚れちゃう』

『見惚れるのは正直 ここ関係で強い人たち全員に対して鴨』


 コメントの、強い人の動きが綺麗って感覚は、私も分かるかな。

 今の私になる前でも、SNSなんかで達人の動画が流れて来た時に思ってた。


 合理を突き詰めた美しさっていうか。


らちあかんなぁ。ウィンテ、ワンストーンはん、上手いことやってや」


 なんて考えてたら、戦況が動いた。


「え、ちょ、れ、清明!?」


 わお、びっくり。

 ウィンテが本名で呼びかけちゃった気持ちが分かるよ。

 

 令奈が近接で攻めるか。


 近接自体ができるのは知ってるけど、自分から攻めるのは初めて見る。

 あくまで防御主体で、カウンターがメインだったはずだ。


『あの扇子って直接殴りにいっていいもんだったんだ』

『鉄扇術だっけ?清明さんが使うのって』

『護身用の域は出てる気がするんだが』

『出てるな。ていうか、普通に戦えてるな』

『えぇ、普通に強いし・・・』


 本当に、思った以上だ。

 いつの間にか、令奈が前でウィンテが中距離からって形が出来上がってるし。


 即興でこれが出来るのは、二人だからかな。

 まさに阿吽の呼吸。

 訓練中も、この連携に何度煮え湯を飲まされたことか。


 見れば、天照さんの受ける傷も増えてきた。

 一瞬で塞がる程度ではあるけど、形勢逆転しつつあるのは間違いない。


 この勢いのまま押し切りたいところ。

 だけど、傷を受けているのは令奈たちも同じだし、何より天照さんには八咫鏡やたのかがみがある。


 ワンストーンさんも、もう二人の動きに慣れてきたらしい。

 援護の頻度が増えてきた。


「ちょっと大きいのいきますよ!」


 ウィンテの鎌が再び形を崩し、液体に戻って周囲に浮いた。


 始めに天照さんを拘束して見せたのと同じ魔法様式。

 吸血鬼の固有魔法って言われてる、血を媒介にした魔法だ。


『今日二回目の血魔法だ。珍しい』

『戦闘系の配信自体最近は珍しいってことは置いておいて』

『ダーウィンティーさん、あんまり使わないもんな』

『ていうか、使ったらだいたいそれで終わる』

『普段の鎌も血魔法ではあるぞ』


 吸血鬼の血は純粋な魂力と似た様なものだからね。

 私たち龍が魂力を直接操作して魔法を使うのと、同じようなことになる。


 つまりは、普通より強力になる。


 生み出されたのは、龍の如く唸る冷気の渦。

 余波で氷雪が舞い、見た目にはまるで、竜巻の内で吹雪を起こしたかのようだ。


 その竜巻が水平に伸び、天照さんを襲おうとする。


 飛び退く令奈の一方で、天照さんは動かない。

 今にも自身を飲み込もうとする絶対零度の暴風を見据え、首から下げたを掲げた。


 、即ち八咫鏡が輝く。

 映すのは、ウィンテの生み出した魔法。


 間もなく、銅鏡とは思えない程鮮明に映し出されたあの像ごと、実である冷気の渦が天照さんを飲み込む。

 そう思った次の瞬間、ウィンテから伸びる竜巻は消え失せ、代わりに新たな渦が天照さんを起点として発生していた。


『うお! やっぱ反射か!』

『あれ跳ね返すの反則じゃね?』

『チートすぐる』

『なんで清明さんの炎は跳ね返さなかったんだ?』

『無敵じゃん!』


 騒然とするコメント欄。

 対してウィンテは、特に驚いた様子もなくこれを躱す。


 眉一つ動かしていないのは、令奈も同じだ。


「違いは、情報の種類、術者、魔法の形式」

「それと、規模やな」


 やっぱり、今の魔法は八咫鏡の能力を確かめるための試金石だったみたい。


「これと鏡使用時の挙動を併せて考えたら……」

「まあ、規模やろなぁ」

「つまり、鏡に収まりきらない程の大規模なら良いわけだね」


 二人の顔に浮かぶのは、薄らとした笑み。

 距離が離れるほど必要な規模は膨れ上がるって考えると、難易度は高そうだけども、まあ、二人なら問題ないね。


 天照さんは、再びウィンテとの距離を詰める。

 その間に令奈が割り込み、剣を扇で受け流した。


 始まったのは、先ほどの焼き直しの様な攻防。

 違うことと言えば、先ほどよりは令奈の動きが防御寄りという所か。


 うん?

 

「ああ、なるほど。凄いね」


 今日一の驚きかもしれない。

 令奈ったら、天照さんの攻撃をいなしながら舞ってるよ。


 癖を見抜いたのかな?

 幻術やウィンテの援護もあるとはいえ、よくやるね。


 やがて振るう扇が炎を纏い、土たる灰を生じさせ、その内から現れた金属が天照さんを襲った。

 そうなればコメント欄も、対峙してる天照さんも、当然令奈の舞いに気が付く。


 止めようと苛烈になる攻撃。

 しかし令奈はこの全てを払いのけ、離脱はウィンテが許さない。


 そのに水が生まれ、水は草木を育んだ。


「これで仕舞いや」


 令奈の言葉に呼応するように、育まれた草木に火が点く。

 つまりは、五行が一巡した。


 距離は至近。

 逃げるも、鏡に映すも難しい位置。


「――誓約うけい。地突かば、彼方へ」


 天照さんが対処に選んだのは、やはりと言うべきか、件の反則技だ。


 彼女は天叢雲剣あめのむらくものつるぎむと、そのまま地面に向けて突き立てようとする。


 先の二回に比べてあまりに容易な条件だが、彼方へ、という簡単な結果に対するということが関わっているんだろう。

 

 けれど、遠くへ行かれた結果どうなるかは大問題だ。

 大問題すぎる。


 令奈が放とうとしている魔法の規模がどれ程かは分からないが、仮にあの広大な空間の壁際まで離れられてしまえば、どれほどの規模が鏡に映されてしまうか。


 そうなれば全滅は必至、三人の命は無い。

 思わず身を乗り出してしまう。


 しかし願いもむなしく、神剣の切先は地面へ突き刺されようとしている。

 その刹那の前だった。


 ウィンテの画面で、神剣と地面の隙間に、赤い何かが見えた。

 続けてキン、と甲高い音が鳴る。


「そう何度もは、させませんとも」


 ワンストーンさんの声だ。

 いつの間にか天照さんの周りは彼の血霧で満たされており、その一部が結晶となって神剣を受け止めたのだ。


「此れ、非なり」


 神剣が砕け、形を失う。

 そして、真っ白な扇がこの国の主神へ向けられた。


ついほむら迦具土かぐつち


 二つの画面が朱に染まった。

 イメージの影響を受けたに過ぎない色をしたそれは、かつて伊邪那美命いざなみのみことを地の底へ送った、火の神の炎。


 名より神殺しの情報を多分に得た、終焉の炎だ。


 紅蓮の炎は天を飲み込み、尚も燃え盛る。


 ついつい口角が上がってしまう。

 あれは、私だって容易に殺せる。

 そんな魔法だ。


 ゾクゾクとは、こういう感覚を言うのだろう。

 コメント欄の盛り上がりも目に入らない。


 やがて炎が収まり、その場に残されていた三つの神器を見ても、いや、だからこそ、興奮してしまう。


「ほんま、もうちょい楽させてもろても、ええんやけどなぁ」


 令奈の疲れたような笑みに、私の、口角を釣り上げた笑みが重なる。


「良いものを見せてもらったね」

「……ああ」


 悩むような間が何を意味していたのかは、どうでもいい。


 ただ、残念だ。

 残念で仕方がない。


 彼女たちと私が、本気で殺し合うことはないだろう。

 そんな確信をもってしまっている。


「……ふぅ。仕方ない。仕方ないから、伊邪那美さんと思いっきり楽しもう」


 その為に、二人に手伝ってもらった訳だしね。


 さて、最後の仕上げをしてこよう。

 この昂りが残っている内に。


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