第118話 月照らす雲上より
118
夜、満月の照らす雲の上、夜墨に乗って西へ向かう。
つい数刻前まで見ていた戦いの昂りに、ひんやりとした夜風が気持ち良い。
最後の仕上げは、まあ上々。
少なくとも、支配領域全ての魂力で情報を具現化する感覚は、だいたい掴めた。
それでも勝てるかは、正直、怪しいライン。
まあ、だからこそ良いんだけど。
本気も本気の、全力が出せるわけだし。
あと、あんな戦い見せられて、私だけ半端は嫌。
「それにしても、令奈、凄かったね」
「ああ。たかだか妖狐の身で、頂点の一角を崩したのだ。賞賛以外に送る言葉はあるまいよ」
うん、本当に。
珍しく夜墨が饒舌だけど、そうなる気持ちも分かる。
「ウィンテの吸血鬼みたいにさ、別の
確かに妖狐も、神通力を宿すとされ、時に神の使いや神として扱われる。
それでも私たち龍や、
彼女自身の才も、戦闘よりは事務とか、軍師とか、強いて言えば司令官とか、そちら寄りだ。
それなのに、天照さんを滅ぼすほどの力を持つに至っている。
いったい、どれだけの研鑽を積んだのか。
どれほどの才を注ぎ込んだのか。
「もしかしたら、一番ヤバイのは令奈かもね」
「……どうであろうな」
濁された。
他に気になるのがいるのかね。
ああ、そういえば、ゼハマもいた。
魔族の長であり、私と同じ、人の身を捨てて欲望のままに生きることを選んだ、元人間。
彼も、魂力の支配は出来るようになっているだろう。
それも承知で、というかそうなる事も期待して、色々と見せた。
アイツが一番敵対する可能性が高い、つまりは私が本気を出さないといけなくなる可能性が高いから。
まあ、不確定な未来の話は置いておこう。
あいつも、必要が無ければ私と戦いたくないみたいだし。
チラリと下を見れば、旧時代からは変わってしまった京都の街並みが見える。
碁盤の目状なのは、昔からある部分。
複雑になっている外側は、外敵を想定して最近作られた部分。
令奈が治める街だ。
「夜でも活気があるね。妖怪が多いからかな」
「ああ。それだけでは無いだろうがな」
「何にせよ、良い街だね」
笑顔の人が多い。
遥か彼方を見通す龍の目が、活き活きと輝く人々を捉える。
やはり、彼女の才はこちらにこそ優れている。
敵対するとしたら、私がこの街を害そうとした時だけど……。
うん、彼女と戦う未来は、来なさそうだ。
少し残念に思いつつ、ホッとする自分にも気づく。
その彼女は今ごろ、大迷宮の管理者としてのなんやかんやを済ませているかな。
令奈がなるって話で決まってたし。
後ろへ手を突いて体を少し倒し、星と月ばかり見える天を仰ぐ。
「しかし、まさか先を越されるなんてね」
三人がかりとは言え、私の方が先に攻略出来ると思ってたんだけどなぁ。
相手は主神だったわけだし。
特訓終了時点ではもう予期していたけど、びっくりはびっくり。
「次は、私の番だ」
満月へ手を伸ばし、掴む。
主神は落ちた。
なら次は、その前の代。
神代七代の末たる、伊邪那美さん。
相手にとって不足はない。
「勝つよ」
既に遥か後方へ過ぎ去った、かつての
間も無く出雲。
今ではすっかり深い森に覆われて、精霊たちと僅かな変わり者ばかりになった、神話の国。
攻略したら、こっちに引っ越すのも良い。
うん。
そうしよう。
目標の世捨て人生活には、こっちが良いし。
「着いたぞ、ロードよ」
「ん、了解。行ってくる」
「ああ。私はこのまま、のんびり待とう」
遥か下に見える白木のお社へ向け、夜墨の頭を蹴る。
「あんまりのんびりは出来ないよ」
「フッ、それならそれで良い」
地面に背を向ければ、口角を僅かに上げた黒龍の顔が見えた。
私も同じ笑みを返し、もう一度体をひねる。
さて、とりあえず最下層を目指そう。
このまま転移魔法陣で二百五十階層へ行き、そこからは自らの足で移動する事になる。
今の私なら、明日の夕方までには最下層へ到着出来るだろう。
睡眠時間は必要ない。
ひと月くらい寝なくても、万全の状態を保てる体になったから。
ああ、そうだ、告知も出しておこう。
普段はしてないけど、今回は寿命を目前にして待ってる人たちがいるからね。
場所は、まぁ適当に色んな所に書き込めば良いか。
どうせスレッドの方は思考入力できるんだし。
明日、夕方、大迷宮攻略するよっと。
これで良し。
早速スレッドが盛り上がってる。
ちょっと待たせちゃったからね。
具体的な時間は、近づいてから。
まだ分からないし。
なんてやってる間に、地面だ。
懐かしい風景のまま、不自然なほどに変わらない境内へ静かに降りる。
静謐で神秘的な空間。
幼い頃に感じた、夜の大社さんの恐ろしさは、今でも少し残っている。
ここが我が家の庭になると思うと、不思議な感じ。
いよいよ私も龍神様かな?
なんて。
よし、サクサク行こう。
伊邪那美さん以外の有象無象なんて、どうでも良いからね。
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