第116話 誓約

116

 緩やかになった世界で、誰もがその剣の落ちる様を呆っと眺めている中、まず動いたのはワンストーンさんだった。


 彼は焦ったような表情を浮かべて地を蹴る。

 手を伸ばす先にあるのは、天叢雲剣あめのむらくものつるぎだ。


 続いて、従者の背中にウィンテが目を見開き、一瞬遅れて令奈も動く。


「何、今の」


 戦闘中にも拘わらず、不自然な静止だった。

 画面越しの私ですら、一旦思考を止めて天照さんの動きを静観してしまった。


 私よりも早く動き出したワンストーンさんとウィンテが必死の形相でつるぎを掴もうとするが、間に合うかは怪しい。

 

「信仰心を利用した威圧だな。王の命令には逆らえまい」

「なるほどね」


 確かに、私も令奈も元々神道の家に生まれた関係上、天照さんの事をそれなりに崇めている。

 彼女の首を刎ねるのに戸惑いはないとは言え、変わらない事実だ。


 その信仰心を利用した強制……。


「ずるいね」

「神とはそういうものだ」


 まあ、そうかもしれない。


 それよりも、強制的に作られた隙で天照さんがしようとしていることが問題だ。


 成功させてはいけない。

 確信がある。


 当然、今戦ってる三人も同じ考えだろう。

 だからこそ、後を考えないような体勢で阻止に動いている。


 その努力は、しかし無意味に終わった。


 コーンと澄んだ音を立てて、剣が地に落ちる。


れ、是なり」


 瞬間、画面の内に見える世界が塗り替えられた。

 

 今この配信を見ているリスナーの大半には理解できないだろう。

 けれど、この変化は、あまりに大きい。


「本当に、ずるいね」


 『剣落つれば、我が国に』か。

 剣が落ちれば、自分の支配する領域に変えるって訳ね。


 今現在、守護者の間に満ちる魂力の全てが天照さんによって支配されている。

 『誓約うけい』とかいうのの効果は、条件付きでの事象上書きなんだろう。


 神話の誓約のように、事前に決めた条件を達成すれば、同時に決めた結果が現実に反映される。

 元々は善悪を判断する占いの筈なんだけど、こう反映されたか。


『え、なに』

『三人ともめっちゃ焦ってるけど、何が起きたん?』

『剣が落ちただけにしか見えん』

『誰か、具体的には龍神様、解説ぷりーず』

『丸裸状態。超絶大ピンチ』

『あざます。え、やばいじゃん』


 そうだよヤバいんだよ、と返す間に、天誅は下された。


 画面全体が、紅蓮に染まる。


 私が宗像三女神にされた技の炎版だ。


 科学知識で言えば、それほど温度の高くない炎だけど、これは多分、天照さんや炎へのイメージが反映されただけ。

 実際には白炎や蒼炎となるほどの熱量だろう。


 それを殆ど無防備な状態でくらってしまったのだ。

 あの三人とはいえ、大ダメージは免れない。


 漏れ聞こえる苦悶の声もそれを示している。


『なんも見えん』

『これあれか?ハロさんが厳島神社の迷宮でやられてたやつ』

『ホントにピンチじゃん』

『清明さんが苦しそうなの初めて聞いた』

『死なないで!』


 死にはしないだろう。

 三人とも、寸前で手の届く範囲にある魂力の支配権は奪い返していた。


 多少は威力を減衰させている筈だ。


 胸に重く圧し掛かるものを努めて無視する。


 代わりに凝視した二つの画面から、ようやく朱が消えた。

 戻った視界に、焼け爛れ、ボロボロになった三人の姿が映る。


 吸血鬼組は自前の再生力、令奈は魔法で傷を癒してすぐに綺麗な姿に戻ったけれど、やはりダメージは大きそうだ。


 それでも、無事ではあった。

 知らず知らずの内に結んでいた拳が解かれる。


「えらい相手やなぁ」

「そうだね。でも、怒ったハロさんよりはマシでしょ」

「そうやんな」


 うぇっ?


『良かった、生きてたー!』

『意外と余裕ありそうで安心した』

『ハロさん何したの?』

『知らん。私が聞きたい』

『いや、最古参的には思い当たる不死がちらほらあるぞ。絶影君事件とか、聖戦の宣告とか』

『あー・・・』


 え、あれ、そんなに怖かった?

 確かにあの時はかなり怒ったけども。


 いやいや、そんな事よりも目の前の戦いに集中してほしい。


 あの攻撃の消耗は相当大きいらしくて、魂力の支配率は天照さんが六の三人が四。

 投げられた剣も元の右手に。


 つまり振出しに戻った。


 しかし消耗は小さくない。

 

 外部の魂力に干渉できるようになった今、魔力の消費は殆どない。

 でも体力は別だ。


「迷宮にいる神ってさ、体力って概念あるの?」

「無いであろうな」


 ふむ、最初よりも不利か。

 手の内は多少割れたけど。


「――『誓約うけい』」


『連続使用!?』

『何回も使えるのかよ!』

『だめだろずるっ!』

『待て待て待て!』


 阿鼻叫喚となるコメント欄。

 そんなものは天照さんには関係がない。


 彼女は腕の勾玉を噛み、掲げ、誓いの言の葉を紡ぐ。


るれば、還る」


 そして器用に左手のみで外したその腕輪を、いつの間にか現れていた頭上の水球へ向けて放り投げた。


「二度目はさせませんよ!」


 当然、ウィンテ達が座してみる筈はない。

 信仰心を利用した威圧も何度もは通じない。


 ウィンテの生み出した血の槍が、くるくると回りながら昇る勾玉の腕輪を狙う。

 天照さんは、動かない。


 かと思えば、腕輪についた勾玉自体が青白く光り、血の槍を防いだ。


 令奈の炎を受けた時も光ってたし、やっぱりあれはお守りの類だったんだろう。


「こっちはどうや?」


 令奈は用意していた術の対象を変え、天の水球を狙う。

 要は濡らさなければ良い、と思ったのだろうけど、正解だったらしい。

 天照さんは剣を振るい、衝撃で炎を迎撃する。


 あの水球を利用しなければいけないのは、術の制約かな?

 決めつけるのは危険か。


 続けて剣が振るわれ、ウィンテが水球前に生んだ血の壁が破壊される。


 彼女がその場から動かないのも制約か、それとも天照さんの性質か。


 返す剣と魔法による攻撃がウィンテと令奈に向けられた。

 苛烈さからして、やり直しはきかないのかもしれない。


 応えるように、二人も苛烈な魔法を返す。

 炎と氷が衝撃波や光とぶつかり、弾ける。


 激しいぶつかり合い。

 まるで、誓約うけいの事を忘れた様な応酬。


 しかし二人がそんなミスするかな?


「ふぅ。まったく、人使いの荒い方々です」


 と思ったら、ワンストーンさんが動いていた。

 

 知らぬ間に辺りを漂っていた霧が集まって人の形を成し、壮年も終りかけの男性となる。

 その手には、勾玉のついた腕輪が一つ。


『さすがワンストーンニキ』

『ないす!』

『なんか忘れてると思ったら』

『おお!!』


 コメント欄は一応確認できるようにしているのだろう。

 彼は僅かに目を細め、視点位置となっている主人のやや後ろを見る。


「おや」


 その表情が怪訝なものに変わった。

 視線の先にあるのは、奪取した勾玉だ。


「此れ、非なり」

 

 天照さんの声が響いた。

 直後、勾玉が砕けた。


 天照さんから離れたから、というよりは、誓約の代償かな。

 非だった場合の指定がなかったから、決まった条件が何かあるとは思っていたんだ。


 神器の損壊か。

 まあ、事象を塗り替えられる術の代償だ。

 相応かな。


『なんかよく分からんけどヨシ!』

『あれ 防御の効果のやつだよね? 今なら清明さんの最初の魔法通るんじゃない?』

『たし蟹』

『鏡が怖いんだが』

『鏡、跳ね返す? でもできるなら最初も使ってたよな』


 跳ね返せるなら、というのは同意見かな。

 たぶん、何かしらの条件はあると思う。


 回数制限か、規模の制限か。


 警戒しなきゃいけないのは間違いない。

 同時に、勝ちに近づいたのも確か。


「三人とも、油断せずにいこう」


 そんな風に呟いたけど、油断なんてする暇はなさそうだね。


 今まで中央から殆ど動かなかった天照さんが、とうとう自分から動いた。


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