第115話 ごり押しの私とは違うね!

115

 二度、三度と振るわれる血の鎌。

 その全てが障壁に阻まれて天照さんには届かない。


 けれど、一撃ごとに障壁は軋み、全くの無意味では無いことを示す。


 嵐のような連撃だ。

 止めようにも、動きを見せる度に死角から飛来する血のナイフが許さない。


 ウィンテさんの支配領域を経由したことで、残り十センチの距離は埋まったらしい。

 ワンストーンさんのそれは、先ほどまでのように蒸発する事なく、天照あまてらすさんに届いている。


『もうちょいで障壁壊れそう!』

『がんばれ!!』

『晴明さんの周りなんか凄いことになってんな。渦巻いてるの、水と土と金属?と火と木か?』

『木火土金水じゃね? カッコいい』

『お前ら緊張感。。。』

『いやだって、凄過ぎてもうわけ分からん』


 まあ、殆どの人には、もう視認するのも難しいレベルではある。

 ウィンテの鎌なんて、多重に見えているんじゃないだろうか。


 当人達にとっては準備運動のようなモノだけど。


「動くぞ」


 夜墨の言葉に呼応するように、状況が変化する。


 動いたのは、天照さん。

 ウィンテの鎌が障壁を破壊するのと同時に一歩踏み出し、彼女の内側へ入る。


 直後、ウィンテ視点が天照さんから勢いよく遠かった。

 ウィンテは岩の壁に囲まれた広い野原を転がって、ようやく止まったのは、百メートル以上天照さんから離れた後だ。


『ああっ!?』

『ダーウィンティーさん大丈夫ですか!?』

『え、殴られた?』

『どんな勢いだよやば』

『お腹痛そう、、、』


 ウィンテは腹を抑えながら、起き上がるけど、その口元からは血が一筋流れている。

 内臓をやられたみたい。


 ウィンテ、令奈のどちらの視点でも見えなかったけど、天照さんの様子からして掌底を喰らったのだろう。

 チラッと見えた揺らぎからして、超高温の掌底か。


「どやっ!?」

「大丈夫! 続けて!」


 とは言え、ウィンテは再生力にも優れる吸血鬼の始祖だ。

 アレくらいなら問題ない。


 すぐさま、ウィンテの代わりを務めていたワンストーンさんの下へ戻る。


 ワンストーンさんはウィンテの鎌と同じく、血で出来た直剣を振るっていた。

 その剣捌きは素晴らしいの一言だけど、一時的になら兎も角、長く天照さんを相手にするには荷が重い。


 すぐさま役割を交代して、元の形に戻す。


 これでまた最初の状態、にはならない。

 攻防の激しさが増した。


 天照さんもシンプルな剣を顕現させ、ウィンテへ切りかかる。

 

『もう残像すら見えないんだが』

『これ、始祖連中くらいじゃね? 見えてるの』

『補助とはいえこの戦闘についていってるワンストーンニキやべぇ、、、』

『もうよく分からないけど、とにかく頑張れ!』

『鏡に勾玉に剣 三種の神器か』


 僅かに天照さん優勢か。

 まだウィンテさんに剣を掠らせることは出来ていない。


 けどそれはワンストーンさんの援護があってのこと。


「レーザー!」

「しっかり耐えーや!」


 ウィンテが叫ぶと同時に、空から光が降り注いだ。

 光を受けた地面は煙を上げ、赤熱している。


『なんだ今の』

『太陽光を収束したレーザーとかか?』

『上からの無差別攻撃とか、この状況で対処するのむずすぎだろ』

『ワンストーンさんちゃんと晴明様を守ってよ!?』

『ああっ ウィンテさんの白衣が穴だらけにっ』

『吸血鬼に太陽光とか、相性悪過ぎね?』


 ワンストーンさんは援護を止め、未だ舞を舞う令奈へ降り注ぐレーザーの防御に注力する。

 何とか防げてはいるけど、負担は大きそう。


 当然か。

 始祖にして女王たるウィンテとは違い、公爵の彼にとってあのレーザーは猛毒だ。

 ただの太陽光程度なら問題は無くても、太陽神の生み出し、収束されたものは痛い。


「よく防いでるね」

「ああ。種族性の不利を、よく覆している」


 でも、この状況が続くのはマズい。

 ウィンテの方も傷が増えている。


 すぐに塞がりはするけど、その再生にもエネルギーを使っているし、相手の魂力の支配領域内で血を失えば、失血死もあり得る。


「いけるで!」

「了解!」


 ウィンテは振るう鎌を全て血に戻し、天照さんに纏わり付かせながら飛び退いた。

 血は見る間に凍り、てんを縫い止める。


「アレは私でも脱出苦労しそうだね」


 氷の物質性を血で担保し、空いた分で結合力を極限まで高めた拘束だ。

 如何に主神級とは言え、簡単には動けない。


「観念し。――神斬かみきり


 そこへ、光が降り注いだ。

 太陽光とは違う、青混じりの極光だ。


 やや遅れて空の裂ける低い音が響き、画面に色が戻る。


『うぉっ!!ビックリした!』

『雷?』

『目が、目ぇがああっ!?』

『「神斬」って雷を落とす術だな。なんか前見た時より数段エグそうだが』

『ご当主様流石です!!』


 私のゴリ押し魔法と違って、外にある情報とかあらゆる手段を使って強化した魔法だ。


 ただでさえ最上位者として申し分ない密度の情報を込める令奈が、五行の概念や名に宿る言霊、更には新しい扇子に込められた意味まで使って補強した魔法。


 然しもの天照さんでも、大ダメージを受けることは必至。


 それを示すように支配領域が大きく動き、その割合が逆転した。

 今は天照さん四の、三人が六。


 未だ四割もの支配領域を確保していることは、流石と賞賛すべきか。


 収まりつつある土煙の向こうに人影が浮かび上がり、魂力を知らないリスナーにもその健在を教える。

 腕の辺りで光っているのは、三種の神器が一つ、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまか。


『マジか、アレ喰らっても立ってるのか』

『勾玉光ってるし、あれで防御したんかな』

『主神やば』

『このクラスに一人で挑んでる某酒カスドラゴンって…』

『この調子ならいけるいける!』


 ちょっと待って誰が酒カスドラゴンか。


「違いないだろう」

「ちょっとお酒に目がないだけだが?」


 あ、ほら、そんなコメントするから、ウィンテの意識が一瞬逸れた。

 私関係には無駄に敏感なんだよ、その子。


「ウィンテ様!」

「おっと、ありがとうございます、ワンストーンさん」


 隙を突くようにウィンテへ向けられた爆炎は、ワンストーンさんの一太刀が切り伏せる。

 

 ワンストーンさんはそのまま暴風を起こし、土煙を吹き飛ばした。


 良くなった視界に映る天照さんは、左腕を焼かれ、ぶらりと垂れ下がらせている。

 けれど回復の兆しも見せていて、楽観視は出来そうにない。


「畳みかけます!」


 再び創り出した血の鎌を構え、血の槍の魔法と共にウィンテは飛び出した。

 先行する槍の雨は容易く打ち払われたが、彼女自身の振るう鎌は片手では受けられない。

 

 一撃目で腕ごと弾き、二撃目で頬を切り裂く。


 更に三撃目。

 令奈の操る木の根が天照さんの足をとった間に、力を込めた振り下ろし。


 ギリギリで直撃を避けられたけれど、それでも刃の先はてんの肉をしっかり捉えた。

 勢いよく噴き出した血が、ウィンテの顔を、白衣を染める。


『いいぞ! もうちょっと!』

『ああああ!惜しかった!!!』

『晴明さんタイミングピッタリすぎて笑える』

『確かに あの一瞬に割り込めるのやべー さすが従姉妹』

『頑張れ三人とも!』


 コメント欄も押せ押せムード。

 支配領域も、徐々に奪っていってる。


 それなのに、なんだ、この感じは。

 どうして胸がざわつく?


 追撃を嫌がったのか、大きく距離を取る天照さん。

 その姿に、私の勘が訴えるものが大きくなる。


 押している筈だ。

 天照さんの支配領域はもう、空間の三割も残っていない。


 王手は目の前、そのはずなのに……。


「――『誓約うけい』」


 時が止まった。


 いや、時が止まったように感じただけだ。

 広大な空間に響いた一言に、三人の動きが止まる。


「剣落つれば、我が国に」


 天照さんは右手に握った剣、天叢雲剣あめのむらくものつるぎだろうそれを一度口に含み、そして落とす。


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