第110話 令奈のお願い

110

「また負けたー!」


 後ろに倒れこみながらの叫びが我が家の最終階層、守護者の間に響く。

 部屋の主の姿は無く、あるのは人影が三つだけだ。

 

 くぅ、もう少しだったんだけどなぁ。

 もう二人との訓練も十日目を数えるのに、未だにトータルで勝てないんだが?


「はぁ、はぁ、はぁ……。危なかったです」

「半分近くそっちが勝っとるんや。勝った気せぇへん」


 寝転がって天井を見ていた視線を二人の方に向ける。

 二人は息も絶え絶えで、本当に悔しそう。


「そこはほら、種族的な適性の違いとか年季の差とかあるからさ」

「それは、あるんでしょうけど……」


 二人ともそれなりに魂力操作への適性がある種族の始祖だけど、龍に比べたら全然だ。

 私たち龍の適性が高すぎると言った方が良い。


 竜人族が適性のそこまで強くない種族らしい事を考えると、以前夜墨が竜と龍を一緒にするなと言った理由もわかる。


「私としては二人の成長率の方がおかしいと思うんだけどね?」


 うん、最近夜墨抜きでも負けるの。

 これ私の特訓だよね? 私成長してるよね?


 成長してる、と信じることにして。


 問題は今回のお願いだね。

 嫌って程じゃないけど割と恥ずかしいってラインを攻めて来るから、毎回少しドキドキだよ。

  

「さーて、今回のお願いは何にしましょうかねー? 膝枕は前回しましたし……」


 膝枕、される側だけど、あれも恥ずかしかった……。

 甘えるのは苦手なんだよ。

 

 しかし、なんか回を追うごとにウィンテの肌艶が良くなってる気がする……。


「ウィンテ、今回は私に貰えん?」


 およ?


令奈れいな? 勿論良いけど、珍しい」


 令奈からのお願いは初だね。

 ここまで全部ウィンテに譲ってたし。


 私と同じで人に何か頼む事があるようなタイプじゃ無いんだけども。

 これは真面目に聞いた方が良さそうだ。


「これの事や」


 令奈が懐から取り出したのは、彼女愛用の白い扇子。

 上腕と同じくらいのサイズで、五芒星が描かれた、そこらの剣より余程頑丈なものだ。


 けれど、私の力で雑に扱っても大丈夫な筈のそれは今、扇ぐ事も叶わないほどボロボロになっていた。

 外側を支える親骨にはヒビ、中骨も幾つか折れて無くなってしまっている。


 なるほどね。

 私が治めてる事になっている地域には確かに、ドワーフたちがいる。

 精霊たちと友誼を結んで己の腕を磨く職人たちだ。


 彼らを紹介して欲しいらしい。


「修理? 新調?」

「新調や。素材はこの辺やな」


 ふむ。


「おっけ、一番腕が良い人に繋いでもらう」

「おおきに」


 あのドワーフ達は皆、超がつく一流。

 だけど、これらを扱えるのは一人くらいしか知らない。


 都合をつけられたのは三日後だった。

 時代を思えばかなり早い方だと思う。


 戦乱の時代とは言え、うちのドワーフ達はめちゃくちゃ仕事を選ぶし、その前に精霊達が認めないと彼らの元には辿り着けない。

 彼ら自身それなりに腕っぷしもあるから、自給自足もできる。


 そんな理由であまり忙しくないんだってさ。

 毎日趣味で研鑽を積みつつ研究してるみたい。


「エラいとこやなぁ」

「なんて言うか、大自然! って感じですね。フィールドワークが捗りそうです」


 朝早くに夜墨便でやってきたのは、奥出雲おくいずも辺り。

 某有名アニメ映画の舞台だったり、たたら製鉄だったりで知られた場所で、私の地元の出雲からいくらか南東に下った地だ。


「昔っから田舎ではあったけど、ここ五十年で完全に秘境化したね」


 さっきも挙げた映画の某森宜しく、苔むした背の高い木々で覆われてる。

 少しばかり薄暗いんだろうけど、私たちの眼には昼間とさして変わらない程度。


 雰囲気としては、もう一つのモデルの屋久島みたいな感じだ。


 木材が豊富で、大迷宮もあり、日本刀の素材となる玉鋼の唯一の生産地だから、その手の職人達が集まってるのは然もありなんって感じかなぁ。


 玉鋼と言えば、玉鋼って名前の日本酒も美味しいんだよね。

 ……なんか飲みたくなってきたかも。


「すーぐお酒の事考えるんですから……」

「ほっといたり。龍なんやし」

「それもそうだね」


 何か言われてるけど気にしない。

 龍だから仕方ないんだよ。

 龍は酒好きってイメージがあるのが悪い。


 開き直るついでにお酒を物色しておく。

 しかし、高くなったなぁ。

 日本円にしたら旧時代の十倍でもきかないんじゃない?


 ……おん?


「いや、ほら、お土産って大事じゃない?」

「まだ何も言ってませんよ?」


 目が言ってるんだよ。

 じとーっとした目が。


「どうでもええけど、アレやない?」

「ん? ああ、たぶんそう」


 令奈の視線の先にあったのは、昔ながらの日本家屋。

 魔力の気配もある。


 これは精霊の結界だね。

 込められてる情報は気配察知に、悪意感知、それから条件付きの遮断かな。


 魔法として発動する前段階で留められてるし、これに気づけるのはそれなりに上位の使い手くらいだろう。

 魂力支配の一歩手前だね。


 今のメンツは全員、当然気がついている。

 けど気にするものでは無いから、反応を示す事なく件の家屋へ。


「思ったより広い庭ですね」

「畑に、あっちは試し切り用のスペースかな?」

「畑仕事しとるんは精霊やな。うちので戦えるんはそんなおらんなぁ」


 あのレベルがいくらか居るなら十分過ぎる戦力だと思うけどね。

 大迷宮でも二桁階層なら余裕でしょ。


 家の方は、まあ田舎なら特別大きいって程じゃないかな。

 平屋で、都内のいわゆる豪邸の三倍か四倍くらい。


 いっそ質素と言って良いかもしれない。

 まあ、自分から弟子とって技術継承云々みたいな連中じゃないみたいだからね。


 おっと、精霊たちが集まってきた。


「龍神様! ミヅチ様より伺っております。お待ちしておりました!」


 口を開いたのは、集まった四体の精霊で一番魔力の大きいもの。

 火の精霊らしく、すらっとした人間の女性のような姿。体の境が炎のように揺らめいていて、ちょっと幻想的。

 普通の人間の半分サイズだけど、雰囲気はお姉さんって感じかな。


 他は身長四十センチくらいある岩人形のような土の精霊と、小鳥の姿をした水の精霊、それから柴犬のような風の精霊だ。

 

「玄一郎さんはいる?」

「はい、今汗を流しておいでですので、少々お待ちください」


 お風呂か。

 気配があるのは、母屋の奥側かな?


「居間へご案内します」


 精霊達に案内されたのは、畳張りで十二、三畳程の部屋。

 端の方に真新しい炬燵があって、他は茶箪笥と衣装箪笥があるばかり。


 今どき珍しい障子の向こうには、縁側と裏庭があるらしい。


 勧められるままに炬燵へ座り、出されたお茶請けと煎茶をいただきながら家主を待つ。


 食べる量は控えめに。

 今回は行儀良くしてるよ。


 私じゃなくて、令奈の事だから。


 さてさて、この難題、引き受けて貰えたら良いんだけど。


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