第109話 内のモノ

109

 黒い雷を白の稲光が迎え撃ち、夜闇の巨体を白い壁が受け止める。

 迷宮最下層の守護者の間、石造りの城砦内を思わせる広大な空間で対峙するのは、二体の龍だ。


 漆黒の胴に金の瞳の巨龍、夜墨は、主人あるじたる金眼の白龍、つまりは私をじっと睨みつける。

 互いに動かない、ように見えて、攻防は続いてる。


 支配領域を奪い合い、己の矛をその喉元に突き付ける上位者の戦いだ。


 形成は、私有利。

 一対一だし、当然ではある。


 夜墨の魔力が昂った。

 彼は飛びかかる直前のように身を縮める。


 これは、ブレスか!


「グルァッ!」


 逆転を狙ってかな。


 波の性質が強め。

 普通に障壁で受けたら貫通されそうだ。


 本命はそれじゃないんだろうけど。

 何にせよ――


「甘いね」


 地震大国日本に生まれた身だ。

 揺れに対応する仕組みも身近なものとしてそれなりに知っている。

 それを情報として組み込めば、障壁の構造はそのままに耐震構造と同じような挙動をする。


 結果は、見ての通り。

 単純な障壁が黒い魔力の本流を受け止めた。

 

 しかし、流石だね。

 けっこう強い障壁を張ったつもりだったけど、たわんでる。

 これを魂力操作で凌いでたら、そのまま支配域を押し返されてたかも。


 まあ、強力って事は相応の隙も生まれるわけで。


「はい、私の勝ち」


 勝利まであと数メートルの所まで来ていた境界線が一気に動いて、夜墨を飲み込んだ。

 これで本日四勝目。

 

 通算すると、四勝二敗。

 時間的に、ここまでかな。


 夜墨は、特に悔しそうにするでもなく身体を小さくしてこちらへ飛んでくる。

 彼からしても当然の結果なんだろう。


 なんだろうけど、やっぱり少し物足りない。


 まあ、それはそれとして感想戦だ。


「情報の吸い出しに処理能力を割かせるのね、なるほど」

「防御を優先させられるならば有用な手だ。ロード程の処理能力で構築した魔法ならば一層強い効果を見込めるだろう」


 ふむ。

 情報の密度の問題か。


 意志の強さだけじゃなくて処理能力でも変わるのね。

 覚えておこう。


 しかし、二敗かぁ。

 私も確実に成長している筈だけど、経験の差が大きいなぁ。


 現状、夜墨は先生ポジションなんだよね。

 私が見落としている戦術や特性をやって見せることで教えてくれる。


 純粋な力じゃまず負けないけど、この魂力の支配に関してだけなら分からない。


「夜墨さ、本気でやったら私にどれくらい押し勝てる?」

「これまでのそれが本気だ」

「現状の、でしょ。今失ってるものも含めた場合だよ」


 私の封印にリンクして抑え込まれた力じゃない。

 それは私ではない部分だから、抑え込まれた力まで含めたら私が負けるのは分かっている。

 その封印が解けたら私も強くなるから、結局一緒なんだけども。


「……やはり、気付いていたか」

「当然。私も龍だから、欠けてたら分かるに決まってるでしょ」

「ふ、道理だな」


 龍が知覚するもの。魂力。

 即ち魂力のかたどる、魂の形。


 それが欠けるなんて滅多な事じゃないけれど、私たち龍はそれを意図的に行う。

 龍器りゆうきの発現がそれだ。


 龍の魂が欠けているという事は、龍器が具現化されていると考えて良い。

 けれど私は、彼がそれらしい物を持っている所を一度も見たことが無い。


「質問に答えよう。龍器有りでならば、今のロードには殆どの場合押し勝てる。本気の戦いとなれば話は変わるが」

「なるほどね」

 

 夜墨の私の部分と私じゃない部分、そのどちらが元になった龍器かは知らないけど、龍の魂から生み出す龍器である以上強力な力を秘めているのは間違いない。


 そう考えたら当然か。

 その上、私なんてまだ百五十年ほどしか生きていないヒヨッコなんだし。

 人間時代を入れてもたったの百七十年だ。


 どれほどの経験を持たされて生まれたのかは知らないけど、百や二百の年では済まないと思う。


 それはそれとして、だ。


「晩御飯、何にしようか」


 そろそろ日没だからね。


「牡蠣がどうのと言っていなかったか?」

「あー、確かに今朝そんな気分だった気がする」


 牡蠣かー。

 牡蠣ねー。


「よし! 厳島いつくしま迷宮行く!」

 

 確か牡蠣の魔物が居たはず。

 何作るかは、のんびり考えるとして、お酒は日本酒かな?


 いや待てよ?

 旧時代の終わりごろに飲んだ広島のワインが美味しかった記憶ある。

 三次みよしの白ワインだったかな?


 えーっと、あ、これだ。

 ロゼと赤もあるんだ。


 まあ、牡蠣だし白かな。


「牡蠣だけか?」

「ん、炭水化物も欲しい。……ラーメンだね」


 そう、広島でラーメンと言えば尾道ラーメンだ。

 お好み焼きでもいいけども、ラーメンの気分。


 魚介の風味の優しい醤油スープがたまらないのよ。

 豚骨のタイプと鶏ガラのタイプがあるけど、私は鶏ガラスープの方が好きなのでそちらで。


 いりこは、厳島迷宮の小魚の魔物に上手く干物の情報を転写できないかな?

 やってみよう。


 魚介出汁系はあまり作ってなかったし、良い機会。


 何はともあれ食材の確保だね。

 さくっと行って来よう。


 材料を揃えて帰宅したのは、日が完全に暮れる前。

 いりこも上手く作れたし、魔法も使いながらサクサク作っていく。


 キッチンの魔道具が充実してきたお陰で、前よりも一度に出来る作業は増えた。


 鍋で出汁をとっている間に麺を打ち、魔物サイズの牡蠣の処理をする。

 同時に高圧下で叉焼作り。


 その横で具材を切る。

 これは一瞬。

 雰囲気を出す為だけに指パッチンなんてしてみたり。


 長ネギものりも準備オーケー。

 メンマは作るの大変だから今回は見送りかな。


 あ、そうだ、カキフライも作るしタルタルソースも用意しよう。

 食あたりの心配は要らないから、色んな味で楽しめる。


 本当に色々作ったけど、要した時間は一時間もなかった。


「ほい、お待たせ」

「今日も美味そうだな」

「当然」


 それでこの机一杯の料理、人間基準なら二十人前近くを作れるのだから、魔法って本当に便利。


 フライにアヒージョにバター醤油炒めにチャウダーに、それから生牡蠣。

 牡蠣尽くしだ。

 

 尾道ラーメンは〆。

 いいタイミングで麺を茹でるつもり。


「それじゃ、いただきます」


 まずは、生牡蠣から。

 大きいな?

 いけるか。

 

 ではでは、レモン汁を垂らして、一口!


 ん-! 甘くて美味しい!

 ほんのりある苦味が良いスパイスなのですよ。

 

 けど大きすぎて口から溢れそう。

 けど美味しい。


「ふむ、合うな」


 あ、そうだそうだ、ワイン。


 最近の夜墨はワイングラスから魔法でワインを浮かせて飲むなんて事をしてるけど、あれ、香り薄れてないのかな?

 龍の嗅覚だと薄れたくらいでちょうど良いとか?


 まあいいか。

 私も一口っと。


「ほぅ……。なるほどね、確かに牡蠣に合う」


 割と重めで、果実味も強い。口当たりは優しいかな。

 酸味もいい塩梅。


 ポン酢も用意してたけど、これには微妙かな?

 一緒に食べるのを止めればいいだけか。

 

 じゃあ次は、アヒージョ。

 ん、凝縮されてるね。

 縮んでなお大きめの牡蠣サイズだけども。


 こっちの方がワインには合うかぁ。


 うん、幸せ。


 幸福を噛みしめながら胃袋にさちを詰め込んでいると、いつの間にかテーブルの上が随分殺風景になっていた。

 さっき茹で始めたラーメンがそろそろ茹で上がるはずだけども……。


 なんて考えてたら、魔道具のタイマーがピピピピっと鳴った。

 ちょうど最後のカキフライを食べ終えたタイミングだ。


「とってくる」


 大型種族用の籠で湯切りして、これまた大型種族用の丼へスープと一緒に投入。

 みじん切りにした豚の背油と叉焼、長ネギ、モヤシを乗せて、完成。


 これの見た目だけでお腹が空きそうだね。

 抱えるくらいのサイズだけども。


 普通サイズの丼でちまちま食べるのは面倒だから買ったやつだけど、我ながらこの細い体のどこに消えてるんだろうか?

 夜墨なんて今は私よりも小さいのに。


 細かい事はいいか。

 美味しいは正義!

 それだけ!


 スープの一滴まで飲み干した尾道ラーメンは、我ながら最高に美味しくて、追加で四合瓶三本ほど空けてしまいましたとさ、まる。


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