第111話 ひと狩り行こうぜ!
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「待たせてすまんな」
玄一郎さんが現れたのは、お茶に
ドワーフのイメージ通り人間の半分少々しかない彼の髪はまだしっとり湿っていて、柴犬の姿の精霊が風で乾かそうとしている。
たぶん、作業に没頭していたとかで急いで汗を流してきたんだろう。
「大丈夫。そんなに待ってないし」
彼は重心のブレない歩きで
筋肉質なのは良いとしても、やっぱり武人の動きだね。
「それで、龍神様がいったい何のようだ」
静かな、そしてぶっきらぼうな声でかけられた問いに、
彼の声は人によっては邪険にされたと思いかねないようなものだけど、愛想がないだけだろうね。
「鉄扇術用の扇子を作って欲しいんや。出来るんなら、コレと同じような使い心地がええな」
玄一郎さんは令奈が魔法で浮かせた扇子を受け取ると、手の内で回して確認する。
「よく手入れされているが、アンタの力に耐えきれなくなったか。コイツを超えるもんとなると、生半可な素材じゃダメだぞ」
「コレでどや」
「大迷宮深層クラスの獅子系統の牙に、こっちはいつかの
依頼は引き受けてくれるのね。
トントン拍子で良かったよ。
あ、そうだ、忘れるとこだった。
「これも使っていいよ」
「黒毛……って、まさかコイツぁ……」
「そ、夜墨の
夜墨も令奈の事は認めているし、あの性格だ。
きっと助けになる。
「今度なんかええ酒持ってきたるわ、大迷宮のやつ」
「ん、ありがと」
うん、かなり嬉しい。
しかし、改めて見ても、そこらの職人に扱えるような素材じゃないね。
あの獅子の牙も二百階層クラスみたいだし。
「金は要らん、が一つ頼まれて欲しい」
ふむ、頼み事ってなんだろ?
「普段はコイツの作る水を使ってるが、今回は力不足だ。もっと力のある水が欲しい。出来れば、龍か神の類に関わるもんが良い。アンタらなら
なるほどねぇ。
もうそこまで判断出来るんだ。
流石と言うべきか。
水、水ねぇ。
令奈との縁も薄いしね。
このレベルの武器ってなると、素材段階から令奈の情報が混じってる方が良い。
魂力を根幹にした今の世界の仕組み的に。
「それって、お酒じゃダメですか?」
「構わんぞ」
お酒?
あー、あれか。
「じゃあ行こっか。出雲大迷宮の百七十階層」
火酒
という訳でやってきました、出雲大迷宮百七十階層、の階段前。
所々腐った白木のこの部屋は、守護者の間を抜けた所だね。
私は定期的にお酒回収に来てるから、なんだかすっかり見慣れちゃった裏口です。
「そんじゃ、令奈、頑張れー」
「頑張って令奈!」
「いや、アンタらもちゃんと援護したってや?」
えー?
魂力を支配できる今の令奈なら楽勝だと思うけどな?
「なんで態々しんどい事せなアカンのや」
それはそう。
「まあ行こうか」
配信はしなくて良いでしょ。
お酒回収するだけだし。
観音開きの扉を開くと、奥には見慣れた岩の空間。
その中央で、最近なんだか愛しさすら感じてきた巨龍が寝息を立てている。
境界を跨ぎ、その龍、
「やぁ、おはよう。今日も良い感じに煮えたぎった視線だね」
特殊な個体だからか、前の記憶もあるみたいなんだよね。
怯えるんじゃなくて憎しみを募らせてる辺りはポイント高いかな。
さすが、傲慢の象徴たる龍だ。
「でもゴメンよ。今回の私はオマケ。主役は、こっちの狐っ子」
「狐っ子はなんや、私がちっこいみたいやな」
確かに?
「今から小さくなっても良いんだよ? ハロさんも気に入るよ?」
「何でや。ならんで」
ほう、ちみっこい令奈か……。
「ウィンテ、今度アルバムぷりーず」
「任せてください!」
「だから何でや」
おっと、大蛇の方が痺れを切らしたみたいだね。
ブレスの体勢だ。
「アレはしんどいなぁ」
「はいはい」
チャージは、無くて良いね。
込める情報は、あちらのブレスの逆位相の波。
散々狩ってるから、それくらいの情報は持ってる。
私の吐き出した閃光が大蛇の吐き出した閃光とぶつかり、そのまま消滅する。
「ほれほれ、主役さんは攻めてもらって」
「もうやっとる!」
うん、知ってる。
私がブレスを相殺してる間に令奈の支配領域が大蛇を覆っていた。
つまりは、彼女の刃は既に八つの喉元に突きつけられている。
「炎には強そうやし、風でも食らわせたるわ」
湿って澱んだ地底の空気が不意に動き、渦を巻く。
幾つもの谷山を跨ぐほどの巨体を包むのは、切断の情報が込められた大竜巻だ。
「グギャァァアアアッ!?」
風に混じる血の匂い。
旋風は龍の鱗すら切り裂いて、大蛇にダメージを与えている。
おっかない威力だね。
生半可な情報密度じゃ、ああはならない。
「グルルゥゥアアァァァァァアッ!!」
うるさっ!
思わず耳塞いじゃった。
ただの咆哮じゃないね。
龍の権能、即ち魂力への干渉効果を載せたものだ。
そんなもので支配権を奪い返される程令奈の支配力は低くないけど、魔法を吹き飛ばすだけなら十分。
血に塗れた巨龍の王の一角が姿を現した。
既に三つの首は落ち、ミンチになっている。
残った五の首が大きく息を吸い込んだ。
目に見えて山ほどの龍の胸が膨らむ。
「灼熱くるよー。私たちでも死ねるやつ」
「ほんまに軽いなぁ……」
軽いのは認めるよ。
だってさ、大丈夫でしょ。
「ね、ウィンテ」
「もちろんです! 令奈はちゃんとトドメの準備をしといてよ?」
「さっきも
ふふ、それでこそだ。
ウィンテが爪で手首をなぞり、吹き出した血を霧へと変える。
吸血鬼の血霧、限定的ながら魂力そのものに干渉する権能。
それはゼロケルビンの情報を孕んで広がり、彼我を隔てる。
朱炎が吐き出された。
魂すらも焼き尽くす紅蓮の息だ。
この世界の生命で最上位者足る私たちにも届き得るそれを、鮮やかすぎる程に鮮やかな紅が包み込んだ。
血霧の届けた情報が冥界の炎すら凍てつかせ、その
「おお、アイツ凍るんだ?」
「この世界なら絶対零度を下回らせる事も難しくありませんからね」
ふむ、なるほど。
確かにもっと自由でいいかもね、今の世界なら。
「歓談しとるとこ悪いけど、終わらすで」
令奈が何かを投げた。
あれは、金属の板?
その金属の板がウィンテの創り出した氷の冷気を受けて水を生み、その水で樹木が育って、そして燃える……。
私はあまり詳しくないから分からないけど、たぶん陰と陽の情報もあるんだろう。
そうして生まれたのは、煌々と白く輝く狐火。
秘めたる熱量は、八岐大蛇の吐息すらも容易く上回る。
それが、件の大蛇へ向けて降り注いだ。
血霧を越えて感じる熱に、口角が上がる。
時間にすれば、ほんの数十秒だろう。
たったそれだけの時間で、あの巨龍が灰へと変じた。
先の旋風なんて、これに比べれば児戯に等しい。
はは、本当に、流石だよ。
普段術の補助に使ってる扇子無しでもこれだ。
新しいのが完成したら、どうなるかな?
ああ、楽しみだね。
ウィンテと言い、令奈と言い、期待しかない。
二人にはなんやかんや言ったけど、やっぱり、本気で戦えるならしたいんだよ。
本気でぶつかりたいんだよ。
私が本気を出せる機会、逃したくないね。
ともあれ、今はあの酒樽を持って帰ろう。
ああ、楽しみだなぁ。
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