第103話 流れは絶えても良いと思うんだ?

103

 風が吹いた。

 前髪が全て逆立って、後ろに流れる。


 思わず細めた目を再び開くと、前方にはよくよく見覚えのある大きなお社があった。

 大社造のそれはギラギラと言うには優しい、けれど、穏やかとは言い難い陽の光に照らされて鎮座している。


 ここは、出雲大社の境内か。

 

 見渡せば、数人ばかりの人影と青々と繁った木の葉の山が見える。


 どうしてここに居るのか、思い出せない。

 思い出せないけど、折角だからお参りしていこう。


 そう思って正面の拝殿に向かうんだけど、どうにも遠い。

 それに、拝殿が記憶にあるよりも大きく感じる。


 いや、私の視点が低い?

 

 風向きが変わって、視界に少し長くなった前髪がかかった。


 黒だ。

 白ではなくて、黒。


 よく見ようと上げた手もおかしい。

 

 焦点をそちらに合わせると、小さな子どもの手が映った。


 察した。

 これは、子ども時代の夢だ。

 私がまだ、ただの人間で、村上竜也むらかみたつやという名前で呼ばれていた頃の、色んなものを諦めていなかった頃の夢だ。


 身長的に小学校低学年くらいかな。

 懐かしい。


 この頃は平成の大遷宮の前で、今ほど観光客が居なかった。

 左の方に向かえば、背の低い柵の中に沢山の鳩が居るはずだ。

 いや、右だったかな?


 まあ良いや。

 取り敢えず拝殿で挨拶して、本殿へ。

 それから、さらに奥へ向かう。


 本殿を回り込んだ一番奥にあるそこは素戔嗚すさのおさんを祀っているお社で、私のお気に入りだった場所の一つだ。


 最奥の社が大国主さんのじゃないのは、出雲大社の御祭神が素戔嗚さんだった時代もあるからだと思う。


 木陰で涼しい参道を通って、階段を上れば、比較的小さなお社が一つある。

 今では沢山の人が訪れるようになった場所だけど、当時なら、ほら、もう私だけ。


 いつこの夢が覚めるのかは知らないけど、もう暫く続いてほしい。


 少し息を切らして一段一段歩みを進めながら、願う。


 もう今では存在しない場所だから。


 幼い身には少々疲れる階段の終わりが見えてきた。

 少しずつ、小山の頂上が視界に入る。


 ようやく見えたお社の前には、日本神話の神様のような格好をした男の人がいた。

 顔は見えず、幾らかゆったりした服に体格も分かりづらい。


 ただ、隙の無い、達人のような佇まいに感じた。


「誰?」


 自分の喉から子どもの甲高い声が出た。

 

 男の人はおもむろに振り返る。

 ゆっくりコチラを向く顔は、不意に差した陽の光が影を作ってしまってよく見えない。


 僅かに見えた口元が、柔らかな弧を描いた気がした。


「待ってるぜ」


 どこで?

 

 そう聞く前に辺りの光景が掠れて、男の姿が遠ざかる。

 そして彼も、出雲大社も、全てを闇に葬って、この世界は消えた。

 

◆◇◆


「夜墨さーん、おかわりくださいー」

「私もええ?」


 途中で中野と北陸の戦いが起きた旅行から、だいたい百年くらい経った。

 とは言っても私の生活はあまり変わって無くて、精々こうしてウィンテと令奈の二人が時々押し掛けて来るようになったくらい。


 勝手知ったるなんとやらで寛ぐ二人を、少し座った目で見てしまう。

 私は私で、バスケのTシャツにパンツって部屋着姿のままだから、人の事言えないかもしれないけど。


 姿見カバーの隙間に映った白髪と金目のは、この中でダントツにだらしなくて、自由だ。


 そのの正面に座る二人は、可愛らしい普段着姿。

 金狐に白いブラウスって良くない?

 黒髪赤目に黒のワンピースも眼福です。


「あ、ありがとうございます」

「おおきに。龍やのにお茶淹れるん美味いなぁ」


 でも正直、家を教えたの、ちょっと後悔してる。

 来られたら持て成さないとだし。


「持て成してくれてるのは夜墨さんですけどね?」

「うん、当たり前のように心読むのやめようか?」


 表情変えてない筈だよね?


 夜墨はだから私が持て成してるで良いんです。

 実際、元々の私のそういう部分を夜墨が持っていった結果なんだし。


「あとあれやな、あんた、もう配信も殆どしとらんやろ? ずっと家ん中こもって」

「なんで令奈まで?」


 ウィンテから教わった?

 あ、はい、そうですか。

 

 教わってどうにかなるものなのかとか、教えられる程の理論があるのかとかってツッコミはやめておく。


「配信、してるよ? 一応、それなりに」

「数年おきをそれなり言うんは私ら一部の長命種くらいや」


 それに関しては、ぐうの音も出ない。

 引き篭もりは寧ろステータスなので否定しません、はい。


「だって、旅行疲れた」

「百年前やろ?」

「外に出るってソレくらい大変なんですから!」


 お、この件に関してはウィンテは味方だね。

 いいぞ、もっと言って!


「ほんに出不精やなぁ……。その割にココへは来とるみたいやけど」


 令奈はジトっとした目を自分の従姉妹に向ける。


 うんうん、今度はこっちを応援しよう。


「それはそれ、これはこれです」


 開き直りやがったよこの子……。

 

「何だかんだ言いつつ、令奈も付いてきてるんだから同罪!」

「あんた程は来とらんわ。こっちは当主の仕事もあるんやから」


 そうなんだよね。

 元々責任を持たなきゃいけないような存在のいない私や、すっかり姿を眩ませて自分の研究に邁進してる吸血鬼達と違って、令奈はまだまだ現役。京都周辺を纏める大家たいかの当主だ。


 こうしてうちに来るのは一種の息抜きなんだよね。


「今は特に大変だよね、令奈は」

「ほんに頭痛いわぁ。中野の一件から阿呆が次々出てきはる」


 あらあら溜め息吐いちゃって。


 実際、戦国時代って言うほどでは無いけど、コミュニティ同士の諍いは増えていってる。


 武力衝突も少なくないし、時折り魔族が暗躍してるって噂も聞くし、大変だね、統治者は。


「気楽でええな?」

「うん、超気楽。お茶美味しい」

「そうですねー」


 だって私ら関係ないんだもん。

 そんな恨みがましい目向けたって何も出ないよ?

 だって面倒くさい。


「令奈なら大丈夫さ!」


 ビシッとサムズアップ!

 ……あ、また溜め息。


 本音でもあるんだけどね。


「……はぁ。まぁええわ。そう言うわけやから、そろそろお暇させてもらうで」

「じゃあ私もこの辺にしておきますか」

「ん、了解。見送るよ」


 片付けは夜墨に任せて、玄関へ。

 纏めて外へ転移しても良いけど、なんか味気ないし。


「これ、海外はどうなっとるんやろなぁ」

「海外ねぇ……」


 まあ、ソレくらいなら良いかな。

 私もその内海外旅行とか行きたいし。

 今度は十年以上配信しなくなると思うけど。


「明日にでも様子見てこようかな」

「頼むわ」

「面白そうな話あったら教えてくださいね」


 あ、はい、次のお茶会の口実ですね。

 了解です。


 どの道、本格的に向こうへ行くのは大迷宮を攻略してからになると思うけどね。


 とりあえず、明日にでも国境辺りまで行ってみよう。

 外出リハビリだ。


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