第102話 ゆく川の流れは絶えずして

102

 中野の王が北陸に攻め込んでから、およそひと月が経った。

 

 ウィンテさんの家族の安全が確保された後は、当然のごとく北陸側の圧倒的有利で戦況は進み、最終的に中野の街まで吸血鬼たちが攻め込んでいた。

 最も敬愛すべき女王の顔を曇らせる所だったのだから、彼らも余程腹に据えかねていたんだろう。


 肝心の親玉は私が吹っ飛ばしちゃった訳だけど。


 中野の街占領後は誰かを適当に置いて、統治させたってさ。

 民には罪もない、というか、そこに労力をかける意味がないって判断らしい。


 甲府側については私もよく知らない。

 気がついたら撤退していたから。


 どうせこれも魔族が絡んでるんだろう。

 ゼハマも色々手を回したって言ってたし。


 そんなこんなでこの一か月、ウィンテさんは戦後処理に忙しくしてた、って話を今私の部屋で聞いたところだったりする。

 今回の件でしっかりお礼を言いたいからって、東京まで来たんだ。


「まあ、お疲れ様」

「ありがとうございます。本当に、ハロさんのお陰で助かりました。感謝しかないです」


 ウィンテさんがローテーブルの向こう側で頭を下げる。

 床に横座りをしていたのを態々直して、正座で。


「私は、私のやりたいようにやっただけだから、そんな改まったお礼なんていらない。それより、お茶、飲んで。温かい方が美味しいから」


 そう、私が自由にした結果、偶々彼女の家族が助かった。

 それだけの話だ。


「ふふ、ありがとうございます。嬉しいです」


 ウィンテさんははにかんで、いただきますとお茶に口をつける。

 最近よく飲んでいる茶葉で淹れた紅茶だ。


 彼女には、私の言った意味がしっかり伝わったらしい。

 楽で、心地いいんだけど、ちょっとむず痒い。


 そもそも私がこの家に上げた時点でって話ではあるんだけど、それでもやっぱり、気恥ずかしさはある。

 私がになった時、諦めて、捨てたものでもあるから。


「美味しいですね、これ」

「でしょ? 私と夜墨のお気に入り」


 令奈さんは今いないけど、気にするような性格でも無いし、大丈夫。

 でも、まあ、その内呼ぼうかな。


 だけの聖域でなくたって、この家は快適だから。


「あの、ハロさん」

「うん?」


 配信者八雲ハロではない、少しだけ素を出した口調で聞き返す。


「私、しばらく配信を止めようかって思うんです」


 柔らかな表情で告げられた。

 疑問よりも、やっぱりという思いの方が強かった。


「タイミングが良かったお陰で上手くいきましたけど、元々配信に向いてるなんて思ってなくて。変な人を放置しちゃった事も、今回の戦争の一因と言えばそうですし、それで、色んな人が死んでしまったり、傷ついたりしたじゃないですか」


 実際、ウィンテさんは人前に出るタイプではないだろう。

 人を惹きつける人ではあるけど、研究に没頭している方が性に合っているのは確かだ。


「だったら最初から、って思って。それに、父も母も、弟も、人間であることを選びましたから、一緒に過ごせる時間はもう僅かです。吸血鬼になってくれたならとも思いますけど、生き生きとしている私を見て、満足してしまったなんて言われたら……。弟は、恋人と一緒に死にたいって言いますし」


 ウィンテさんと家族は、本当に仲が良さそうだった。

 あの三人はウィンテさんに引け目もあったように見えたけど、それもウィンテさんを家族として愛しているが故って感じで。


 私も五十年前、家族の所に向かっていたなら、こうなっていたのかなって思いながら見ていたよ。


「だから、皆の残り時間は、出来るだけ一緒に過ごしたいって思ったんです。配信は、どうしても時間を取られてしまいますから」

「そっか。良いんじゃない?」


 微笑むと、ウィンテさんはホッとした様子を見せる。

 

 なんていうか、ウィンテさんは私の隣にいるための条件を厳しくしすぎなんだよ。

 より縋ってこないで自分を高めようとするのは、とっても好ましいんだけどね。


 自由にやってくれたらいいんだ。

 ウィンテさんの好きなように。


 こっそり願うとしたら、私が諦めて捨てたものを、ウィンテさんはちゃんと拾っていってほしい。

 今回の家族みたいに。


 その上で、一緒に歩きたい。


「今日は家族は?」

「令奈の両親の墓参りです。おじさんもおばさんも、私たちの事は気にかけてくれていましたから、色々と報告したいんだそうです」

「そっか……」


 以前泊まった時、使用人さんに聞いた話では、令奈さんの両親は世界変容のすぐ後に事故で亡くなられたらしい。

 姿も見えないし、話にも出ないから、気になったんだ。


「合流するの?」

「はい、私も少し、挨拶していく予定です」

「じゃあ、そろそろ行った方がいい感じかな?」


 あまり早く帰るのも、なんて考えて、家族と過ごす時間を私に使っちゃいそうだから。

 私とは、何十年、何百年と過ごせる。


「そうですね。お邪魔しました。お茶、美味しかったです」

「ん、お粗末様。玄関の方に転移陣があるから、使って」

「はい、ありがとうございます」


 その転移陣でウィンテさんを見送って、軽く息を吐く。

 隣には、小型化している夜墨だ。


「私さ、変わったよね」

「そう思うか?」

「うん」

 

 この家に誰かを上げるなんて、最初の頃は絶対にあり得ないなんて思ってたのに。


「ロードは変わって等おらんよ。新しい生を望み、龍となりながら、人であろうとする。出会った頃のままだ。変わったとすれば、周りであろう」

「……そう言われればそうかもしれない」


 周りに合わせてあろうとしていた嘗ての私。

 その生き方を捨てて、龍になった。


 けどであろうとする部分は捨てきれなくて、人龍なんて変な種族になった。


 今は、この私を、何も取り繕っていないそのままの私を、として見てくれる人たちがいる。

 両親でさえ、として見ることが出来なかったのに。


「私もウィンテさんと令奈さんには感謝した方が良さそうだね」

「ああ。それが良かろう」


 まったく、私なんかに贅沢な話だよ。

 

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