第96話 祭りに向けて
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「さあ誉高き戦士たちの末裔よ! 今宵は英霊たちを讃える宴! 大いに飲み、騒ぎ、我らが繁栄を英霊たちに伝えようぞ!」
沸き立つ大小の影と、彼らを照らす炎。
揺らめく灯りが、星々と共に夜を照らす。
今夜はお祭り。
古の戦士たちを讃える、戦士の宴だ。
遠野に立ち寄った翌朝、ようやく太陽が地平線より顔を出し始めた頃、私たちは青森の上空にいた。
河童の少年は泊まっていけと言ってくれたけど、なんか村人たちは凄く警戒してるみたいだったので遠慮した。
魔族の町探しも続けたかったし。
夜なら何か動きがあるかと思ったんだよ。
結局何もなくて、徒労に終わったんだけど。
月が綺麗だったので良し、かな。
それにしても、遠野の連中はこの五十年で何かあったのかね。
初めの襲撃、は魔族の鬼、魔鬼絡みだとしても、ちょっと余所者にビクつきすぎじゃない?
まあ何でもいいか。
力はあるから、今の時代どうとでも生きていける。
あの村から追放されない限り。
「ん、すっかり日が上ったね。そろそろ獣人の街に行こうか」
「ああ。……タイミングが良かったな、ちょうど祭りの時期らしいぞ」
「へぇ?」
夏祭りにも少し早い気がするけど、せっかくだしお邪魔してみようかな。
「獣人の街は札幌の辺りだったね。よろしく」
この旅行も終わりが見えてきたなぁ。
何日くらいかけたっけ?
二週間くらい?
長いような短いような。
日本縦断って考えたら早いか。
夜墨の高速飛行のおかげだね。
今も物凄い速さで周囲の景色が流れていく。
長距離の移動速度に関しては未だに勝てないんだよ。
まあ、そうで無くても乗せてもらうけど。
楽したいから。
なんて言ってる間にもほら、もう札幌だ。
津軽海峡は瞬きをする間に超えてしまった。
「ん、あれか。なんか人少なくない?」
「ああ。北の方に気配が集まっているようだな」
北って言うと巨人たちの街があるんだけど、夜墨の言ってる気配はそこまで行かないくらいの所にあるんだよね。
見ていると、北の方に向かっていく街の人々もちらほら見える。
「今移動してるのは獣人ばっかりか。ただの人間もそれなりにいたと思うけど」
「北の方にはいるな。先に移動したのだろう」
五十年で移住は進み、住環境の近い種族で纏まって住む傾向がより強くなったとは言え、ここのように元々都市で人口が多かった地域はまだまだごった煮だ。
「あっちが祭り会場で人間は獣人ほど健脚じゃないからか。まあ、獣王はまだこっちに居るみたいだし、一応聞きに行こう」
「ああ。そのまま行くか?」
「ん-、一応人化しよう。匂いも誤魔化して」
彼らは鼻が利くから。
大半は私に会った事ないけど、一応ね。
姿は隠したまま、北海道庁旧本庁舎の上空へ向かう。
増改築はされてるけど、殆ど旧時代のままの建物は、今現在獣王の住まい兼役所として使われていた。
その現獣王城の玄関前に気配を隠して降り立つ。
中には堂々と。
匂いも誤魔化してあるから、そこらの人には気付けない。
「こっちだっけ?」
「ああ」
スタンピードの時に少し顔を出したから、一応部屋は知ってるんだよ。
「おっけ」
「逆だ」
おっと。
たまに頭で思ってる方向と違う方に行っちゃうのは、方向音痴あるあるの一つだと思う。
城内にももうあまり人の気配は無く、留守番の為の人員とこれから獣王に同行する人員の合計として丁度良いくらいの数しかなかった。
調度品は使用人が揃えているらしく、少々野性味のある、しかし落ち着いたもので統一されている。
なんか、すっかり獣人の城って感じ。
前に来た時はまだ昔の名残があったんだけども。
「ここだね」
ここは獣王が執務室にしている二階の一室だから、今は仕事中なんだろうね。
邪魔しても悪いし、サクッと行ってサクッと帰ろう。
ノックを二つしてから、ガチャっと入る。
正面で書類を睨んでいたのは、灰色の短髪で左目の上に傷跡のある熊獣人の男だ。
焦げ茶色の瞳がこちらをじろっと見る。
獣の度合いは人によって差があるけど、彼の場合、顔は人間味が強い。
つまり五十代半ばで獣じみた厳格そうな顔の老爺に視線を向けられている訳で、知らない人なら睨まれていると身を竦ませてもおかしくはない。
そのつもりはないって私は分かるけども。
「来るなら連絡くらい寄越せ、八雲」
「ん、悪いね」
「フンッ」
唯一私を名字で呼んでくる老人に、形ばかりの謝罪を返す。
鼻を鳴らしているのは、それが分かっているからだろう。
「それで、何の用だ?」
「祭りについて聞きたくてね。どういう祭りなのかとか、場所は今人が集まってる辺りでいいのかとか」
獣王は手元の作業を続けながら、その件か、と呟いた。
意外とちゃんと教えてくれそうなので、左手にあった執務机の椅子に勝手に座る。
人化状態なので、何も考えず深く座っても快適だ。
「祭りは、十年ほど前から始めた。豊穣と祖霊へ祈るものだ」
つまり、春祭りと夏祭りを同時にしてる感じか。
「巨人たちとの交流も目的にしている。親交を深め、無暗な対立を防ぐ為だ。三日間ほど続けるが、二日目には闘技大会も行う」
見世物にもなるし、憂さ晴らしにもなる、と。
「場所は
なるほどね。
輸送のことまで考えて場所を設定してるんだね。
巨人の街がある旭川との中間よりは少し札幌寄りだけど、そこはまあ、何かしら理由があったんでしょう。
地形か何かで。
「そんなところだ」
「ん、ありがと。しかし、意外と書き仕事似合うね」
巨漢だから少し執務机が小さく感じはするけど、様にはなってる。
五十年で慣れた?
「四十くらいまでは会社勤めだったからな」
「あれ、最初からマタギじゃなかったんだ」
元マタギなのはどこかで聞いたんだけど、どこで聞いたかは忘れた。
「ああ。急に家を継がなきゃならんようになったんだ」
「ふーん」
ん、かなり興味無さそうな返事しちゃった。
実際そんなに興味ないんだけど。
そういえばこの人、百歳超えてるよね?
若くない?
獣人の寿命って今の所、人間と変わらないって話だったよね?
なんなら少し短い可能性もあるんじゃないっけ?
考えられるとしたら始祖だからか、強いからだけど。
んー、自分の魂力の支配度的に、始祖だからかな?
上手く魂力を支配できたら、多少寿命が伸びるっぽいんだよね。
自分の体を満たす魂力に限っては、誰でも支配、干渉できるし。
でもそこまで出来るようになってはいないみたいだし、始祖だからだろう。
よし、解決。
「……なんだ、感情をコロコロさせて。鼻がわやになる」
鼻がダメになるって、ああ、精神状態によって体臭が微妙に変わるからか。
「ちょっとね。それじゃあ私は祭りに行ってくるよ。また後で」
「勝手に楽しんでおけ」
ん、顔出さなくて良いなら出さない。
後ろ手に手をひらひらと振り、部屋を出る。
そのまま廊下の突き当りからバルコニーに出て、飛翔。
夜墨に乗せて貰って、新篠津村へ向かって飛んだ。
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