第82話 月明りに明かす

82

 ふぅ……。


「いやー、疲れたね。始まりの聖戦より疲れた。精神的には八岐大蛇より疲れたかも」


『お疲れー。いや、ひやひやした』

『神に勝つって流石よな』

『最後の方何してるか全くわからんかったがな!』

『それな。まあ、最初の方もあんまり分かってないけど』

『うん、なんか凄いのは分かった』

『てか守護者って喋るんだな』

『魔力じゃないやつでなんかしてるのは分かった』


 まあ魂力に関しては感知できない人の方が多いからね。これに関しては説明するのが面倒なので放置。

 とりあえず腰を下ろして、足を伸ばす。


「最下層の守護者は他より自我が強いらしいけど、彼女たちは別だと思うよ。神だし」


 言ってた意味は分からないけど、一つ確かなのは、彼女たちは自分たちを倒せる存在を待ってたって事かなぁ。

 思えば、最初の渦の魔法の前に自分の魂力を広げる所を見せる必要なんてなかったんだよね。

 さっさと干渉する範囲だけ広げれば良いんだから。


市杵島姫命いちきしまひめのみことってさ、邇邇芸命ににぎのみことの養育係だっけ?」


『確かそうだな』

『ニニギノミコトってあれか、天孫降臨の』

『そうだったと思います』

『ダレソレ?』


 邇邇芸命は天孫、つまりは天照大神の孫で、宮崎の高千穂に降臨したって天孫降臨神話が割と有名な話なんだけど、その養育係として付き添ったのがさっき言葉を交わした女神だ。


 まあ、つまり、あの戦いそのものが私への指導だったんだろうね。

 いやぁ、贅沢。

 

 そういえば市杵島姫命も天照さんの子か。

 そんな存在がって呼ぶような相手ね?


 ん-、もしかして、伊邪那美いざなみさん?

 あり得るなぁ。


 つまり、さっきのは出雲の底の伊邪那美さんをどうにかして欲しいって事だったのかね?

 まあいいや。


 それより、さっさと配信を閉じよう。疲れたし、この後もあるから。


 伸ばしていた足を曲げて横座りに直し、カメラを正面に回す。


「疲れたから、今日はこのまま終わるよ。見に来てくれてありがとねー。じゃ、お疲れ」


『おつはろー』

『お疲れ様です』

『おつおつ。旅配信待ってる』

『おつはろさまですー』

『またー』


「旅配信は、また考えとくよ」


 はい、終了ぽちっと。

 ふぅ。


 本当に疲れたね。最後だけ難易度おかしすぎ。

 まあ、私的には楽しかったから良いんだけど。


 古き神の時代云々言ってたし、他にもこういう迷宮があるんだろうなぁ。


 っと、皆待ってるだろうし、もう一つの用事も済ませないと。


 もう一度配信画面を出しまして、公開設定を変更、招待した相手のみっと。

 で、招待リンク的な何かを予め用意した限定公開のスレッドに張り付けて、もう一度配信開始。


「ん、さっきぶりだね、各地の長たちよ」


 はい、迷宮支配の件です。

 用件がこれなので、配信モードじゃなくて外向けの顔で。


「全員来たみたいね。それじゃあ、事前に言った通り、迷宮の支配について情報を開示する」


 ゆっくり立ち上がり、カメラを後ろに回す。


「迷宮を支配するには、最下層の守護者撃破が最低条件。討伐を成功させた上で、迷宮のコアがある隠し部屋に行かなければいけない」


 魂力の流れからどこに入口があるかは分かっている。そうで無くたって、ここは分かりやすい。


「本当は音だったりなんなりでこの守護者の間内に隠された階段を探すんだけど、まあ、ここはあの社でしょうね」


 桟橋から水面に足を下ろし、水上を歩いて社に向かう。私のブレスを受けてもビクともしなかった社は、近くで見ると一層古めかしく、ボロボロだ。


 その社の扉に両手をかけ、左右に引いてみる。

 観音扉がゆっくり開き、その内側にこれまでと同じような坂道が現れた。


「コアのある部屋、私がコアルームと呼んでる部屋はこの先」


 一応コメント欄も見ているけど、質問は無さそうなのでサクサク下りていく。

 下りた先にはまた木板の連なった桟橋があった。その突き当りに、真っ白な部屋が見える。


 中に入ると、影の一切できない距離感の狂いそうな部屋の中央に、水晶のような見た目の迷宮コアが鎮座していた。

 私はもう何度か見たものだけど、長たちは初めて見るものだ。おお、だとか、凄いだとか、思い思いの反応をしている。


 並んでいるステータスネームSNにはお馴染みのモノもあったけど、今は長の一人としているからか、普段のふざけたコメントは控えているようだった。


 コアに触れ、いつものアナウンスを聞いて支配を完了させる。


「これに触れたら、迷宮の支配権を得られるわ。一度支配した迷宮なら、どこにでも転移できるし、スタンピードを防ぐことも出来る」


 コメントの動きが止まった。私が何のためにこれを公開したのか察したんだろう。


「逆に、スタンピードを意図的に起こすことも出来る。どうするかは任せるけど、公開する相手はよく選びなさい」


 コメント欄は、止まったまま。

 少しして、ようやく新しいコメントがついた。ウィンテさんだ。


『ハロさんが秘密にしていたわけです。研究のし甲斐はありますが、これは、ちょっとどころでなく危険ですね。日本そのものが崩壊しかねません』


「そういう事」


 私の最大の秘密ではあるし、今回の公開も仕方なくだ。

 それでも、人間には発展して新しい酒や本、それに便利な道具を生み出してほしいから、公開する。ついでに、私の知ってることは全部教えるつもり。


「だいたいの事は迷宮を支配した後にコアから知ることが出来る。それ以外で聞きたい事があれば、今回作ったスレッドを使いなさい」


 まあ、こんな所か。

 そのまま配信を終了して、外に出る。


 外はすっかり暗くなっていて、空には迷宮の内で見た様な大きな満月が浮かんでいた。

 寄せては返す波の音が耳に心地よい。


「終わったか」


 真っ黒な海から、よく知った星のような煌めきが二つ現れた。

 夜の闇に溶けるような鱗は、月の光を受けて青白く輝いている。

 

「うん。私からする事はもうないかなって。あとは、旅行の途中で何かあれば、気分で」


 そうか、と彼は返し、頭に乗るよう促す。従うと、彼はゆっくりと月に近づいて行った。


「夜墨はさ、知ってた? 魂力に干渉できる者同士の戦い」

「……ああ」


 やっぱり。

 何だかそんな気がした。


 彼は私だけど、私じゃない部分も少しだけ持ってるから。


「なんで教えてくれなかったのさ」

「己の力で辿り着くべき場所だからだ。ロードの目をかけている者たちも、いずれは手を掛けるやもしれん」

「そっか」


 これに関しては直接は伝えるなって事だね。

 よく分からないルールだけど、古き神にとって大事な事なのかな。


 うん、夜墨の私じゃない部分の正体は、きっと古き神かそれに連なるものなんだと思ってる。何となくだけど。


 仕方ないから、従おうか。

 なんたって、彼は私だ。私はいつだって、私には我が儘なんだよ。


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