第81話 宗像三女神
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襲い掛かってくる水を槍で弾き、撃ち込んだ魔法を水で逸らされる。
ならばと接近を試みては荒ぶる水撃の嵐に断念。
ここ十分くらいずっとこれだ。互いの攻撃はどんどん激しさを増しているのに、盤面は動かないまま。
「本当にどうしようか、これ」
困ったね。
また誰かが何か言ってるかもしれないけど、攻撃が激しすぎてコメント欄を見る余裕はない。
それに、どうも魂力へ干渉しづらい。これでは上を取るのも不安だ。
力技でどうにかなればいいけど、とあまり期待せずにブレスの用意を始める。
周囲のあらゆる方向から向ってくる水を躱しつつ、魔力をチャージ。
溜めた時間は、おおよそ十秒。
「ガァッ!」
揺れる炎を映していた水面が白く染まり、道中を妨げる水の全てを吹き飛ばす。
そのまま極光は三女神を飲み込んで、奥の社を穿った。
届いた。
届いたけど、ダメージは軽微だね。かすり傷よりは深いってくらい。
「流石」
その傷も、見ている間にだんだん塞がっていく。
鬼秀のような超回復でないだけマシか。
回復の為に一瞬弱まった攻撃も、すぐに元の勢いを取り戻してしまった。
出来れば今の隙に近づきたかったんだけど、厳しいね。
もっと長時間溜めたブレスを撃つ?
いや、十秒でも割とぎりぎりだった。それ以上は、正直賭けになってしまう。
「ん、大技かな?」
右側の一柱、
事前に分かっていたからどうにか防御が間に合ったけど、これ、私でもまともに受けたらただじゃすまない。
水を生み出す魔力に、全てを押し流す激流の概念を強く込められているんだ。
水圧だけならもみくちゃにされるだけで済むけど、この強力な
なるほど、こうすれば魔法はより強くなるのか。
理屈で言えば身体強化をより強める時と同じだね。
それにしたってこの威力をこの範囲に、あの一瞬で展開できる意味が分からないけど。
貧弱な方とは言え、龍を一撃で殺し得る全範囲攻撃とか、旧時代のゲームなら無理ゲーもいい所だ。拝火教をモデルにした某高難易度ゲームでだってこんな事しない。炎上待ったなしだよ。
まあ、全く余裕がないわけじゃない。
ブレスのチャージくらいはできる。
あまり得意でない結界の魔法を維持しながら、魔力を溜める。
それに込める情報は、破壊かな。
今受けてる渦の魔法からして、補強する情報はこれから発動する現象に関連していなければいけない可能性がある。けどまあ、ただのエネルギー波だからね、ブレスって。
渦の続いた時間は、およそ五秒強。それはすなわち、チャージ出来た時間。
「手本にさせてもらったよ!」
二度目の閃光。
何も無い空間に水の防壁が幾重にも展開されては砕かれる。
さっきよりも削がれた威力は大きいだろう。
だけど、与えたダメージは明らかに大きい。
今なら、近づける。
思い切り桟橋を蹴って
そして、一閃。
唐竹に振り下ろした槍が儚げな美神を切り裂いた。
続けて
「くっ……」
左足を掠め、鮮血が舞った。
すぐに治せはするが、筋繊維の一部を断たれて十分な踏み込みが出来ない。
目くらましも兼ねて雷の魔法を撃ち、無事な右足に力を込めて距離を取る。
田心姫命が復活する様子は……無い。彼女は霧の如くその形を崩して、その姿を消す。
装飾品の一つでも残れば何か役立てられるかとも思ったけど、ダメらしい。
なんて残念がってる暇は無いか。
表情も変えぬまま
今さっきの魔法をやられたら、かなりマズいね。また
突然周囲に激流が生まれた。ついさっき食らったのと同じものだ。
慌てて強化を耐久力に全振りしたけど、それを上回る衝撃が全身を打つ。
上も下も分からない程にもみくちゃにされて、体中の骨が悲鳴を上げ、自分の口からごぼごぼと泡が漏れる。
いくらかの骨が折れた感触がした。
肋骨周りは腕を犠牲にしてどうにか守ったけど、正直マズい。
渦の勢いが弱まってきた頃を見計らって回復を行うが、応急処置もいいところだ。
「ガハッ、ゴホッ、ゴホッ……」
漸く水流が収まり、飲んでしまった水が反射で吐き出される。三半規管もダメージを受けたのか、酩酊したように頭がふらつき、立ち上がれない。
周囲の水面が音を立てた。これは、また水を操った攻撃か。
「くっ……」
どうせ味方なんかいないんだ。
だったら、全方位に魔法をぶっ放しても問題ない。
何かしらの意思を補強することも無く、込められるだけの魔力を込めて術式を発動。生み出された雷が、私を襲おうとしていた水の全てを吹き飛ばした。
槍を支えにどうにか立ち上がって二柱の女神を睨むが、視界はまだ定まらない。
それでも方向さえ分かるならと雷を乱射する。
雷は周囲から襲い掛かる水を弾くのが限界で、その内の一つとして彼女たちには届かない。届かないけど、思考する時間が欲しかった。
さっきのは何だ?
予兆は一切なかった。
いや、本当にそうか? 見落としたんじゃないのか?
そもそもあれは、この空間を自分が干渉した魂力で満たす必要が、あ、って……。
「ああ、そういう事ね」
戻ってきた感覚を使ってこの空間を満たす魂力を精査する。軽く干渉しようとして、弾かれた。
やっぱり。
これが、魂力に干渉できる者同士の戦いということか。
私はこの域の戦闘になるとまだまだヒヨッコだったって事だね。
足元の水に満ちる魂力は、
出雲の大迷宮の底で
「ふぅ……、よし」
呼吸を整え、やるべき事をする。
雷はそのままに、周囲の魂力の主導権を奪う。
自分の近くは、簡単に奪えた。私から離れて、彼女らに近づくほどに難しくなっていく。
陣取り合戦をしている気分だよ。
自分の周り、半径十メートル強はもう、私の領域になった。水のムチや槍も、それより先からしか発生しない。
今のうちにと、折れた骨を修復する。
「ようやく視界も定まったよ」
相当な量のspを使っただけあって着物は無事だけど、その下の肌は割と悲惨だったんだ。紫になってたり、折れた骨が皮膚を突き破ってたり。
着物が隠してくれてなかったら、配信に相当スプラッタな絵を映す所だった。
なんにせよ、これで陣取り合戦に集中できる。
一旦雷撃を止め、魂力の支配を進めながら、槍を投擲。
貫く意思を強く込めた槍は水の防御を穿って、湍津姫の玉を砕き、その胸に風穴を開ける。
湍津姫は水となって崩れ落ち、残るは市杵島姫を残すのみとなった。
私の支配領域の広まる速度は更に増し、この部屋の半分を超えて、彼女から数メートルの範囲にまで狭まる。
この位置からは、これが限界だ。
雷撃は正面からばかり飛んでくる水を撃ち落とすのみに集中し、リソースを魂力の支配に回す。
そしてゆっくり、コト、コト、と桟橋を鳴らして、彼女に近づいていく。
近づけば近づくほど私の領域は広くなる。腕の届く範囲までは奪えなかったけれど、それでも十分。
「チェックメイトだね。ありがとう、楽しかったよ」
ああ、本当に楽しかった。鬼秀との戦いもそうだけど、本気を出せるって、凄く楽しい。
でも、これで終わり。
支配した魂力に意思を込め、彼女を囲むように術式を構築する。
向けられた微笑みに、女神が抵抗をやめた。
けれど、項垂れるのでもなく、怯えるでもなく、その美貌をまっすぐ私に向けてくる。
そんな気高き女神の、麗しい口が開いた。
「これで漸く、私たち古き神の世が終わります。至り得る者よ、どうか、あのお方を解放して差し上げてください」
至り得る者に、あのお方の開放、ね。
「よく分からないけど、まあ善処はするよ」
本当にね。
私の返事に満足したのか、
直後の雷鳴に飲まれたそれは、これまで見た中で一番美しい微笑みだった。
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