第80話 厳島の底

80

 見上げれば、波打つ黄金の光。それは水中で広がって、水深数メートルほどの海底を照らす。

 殺風景な海底を除けば光を跳ね返すものは無く、基本的には暗い。けど、砂でも舞ってるのか、時折白い粒が煌めいていた。


 うん、綺麗だね。水中に差し込む月明りだけで画面が映えるよ。


「良いね」


『凄い光景だな』

『これが好きで私、スキューバダイビングしてたんだよね』

『分かる。魚人になった理由の一つ』

『うぅぅうぅぅ、なんで水着じゃないんですかぁあああ!』

『良いなぁ、こういうの』

『魔物さえいなければなぁ』

『皆ウィンテさんスルーなの草』


 ハハハ、変態残念吸血鬼なんか知りません。乙女の柔肌を簡単に晒すものではないのです。

 とか言いつつ、その辺はどうでも良くて、実際は着替えるのが面倒ってだけなんだけど。


 着物は魂力で保護すれば良いし、呼吸に関しても魂力を上手く使えば必要ない。アデノシン三リン酸が加水分解される際に放出されるエネルギーを魂力の性質を応用して生成するだけだ。

 まあ、全身くまなくってなると、結構な処理能力が必要ではある。


 あと問題になりそうだったのは視界だけど、爬虫類的な特徴として瞬膜、透明な瞼を持っているから対策はいらなかった。

 高速飛行をしてる時とか、無意識に使ってたらしい?


 哺乳類の瞼と爬虫類の瞼、両方を持ってるって、なかなかに便利な体だよ。


「とりあえず、飽きない内に移動しようか。向こうの方には何かあるみたいだし」


 私の尾はワニ泳ぎをするには細いので、人間と同じく足を動かす。加えて周囲の水に干渉して流れを作れば、それなりの速度で移動できた。


 出てくる敵はこれまでの魚に加えて、牡蠣っぽい魔物。

 隠密状態のこいつらは、私でも気配を捉えるのに苦労する。殻も硬いし、環境もあって魔力量の数倍は強敵だろうね。


 攻略スレッドで対処法を議論していたけど、難航しているようだったので書いてある方法を幾つか試してあげた。殻の隙間に槍を差し込んで抉じ開け、隙間から無理矢理にでも中身を攻撃するって方法に落ち着いていたよ。


 私の場合は、力技で殻ごと砕けばいいから。


 次の階層への道には水が無かったのは、各階層が空間的に独立してるからなのかな。


 そんなこんなで百二十階層。

 精霊たちの話によれば、ここが最下層だ。


 ここまでの守護者と同じく水中戦だろうか、と考えながら、見慣れた金属の扉を押し開く。


「さて、最後の守護者は何かな?」


 魚だったらいいなぁ、美味しいから。


「ん、桟橋に社? 水中戦じゃないのか」


『奥にある建物、ボロボロだけど厳島神社っぽいな』

『桟橋が幾つも交差してる足場ってのが質悪いな』

『落ちそう』

『てか人影っぽいのが三つ無い?』


 たしかに、社の入り口あたりに三つの人影がある。全員綺麗な女性。

 厳島神社で、美人三人ってなったら、そういうことよね。

 なんか精霊たちも最後の守護者には挑めないって言ってた気がするけど、当然だ。


「まさかこんな所で古い神と戦う事になるなんて思っても無かったよ。しかも三対一ときた」


『あ、これは俺でも分かる。強敵相手でわくわくしてる』

『顔見えないけど、笑ってるんだろうなぁ』

『凄く嬉しそうな声ですね、はい』

『戦闘が好きって訳じゃないのは分かってるんだけど、パッと見戦闘狂なんですよねぇ、、、』


 なんかリスナーたちが呆れてる気がするけど、それよりも今は目の前の相手だ。

 私の予想通りなら、あれらは厳島神社の御祭神。宗像三女神むなかたさんじよしんとも呼ばれる、まあ水の神。


 司ってるとされるモノは色々あるし、生まれた順番も古事記や日本書紀、その他の書物でブレがあるからどれがどれか分からないけど、これまでの階層を思えば海や水の神としての顔が強いと見て良いだろう。


「あの女神たちについては、分かる人が勝手に解説してくれるだろうから任せるけど、私から一つ言えるのは、間違いなく強いってことだよ」


 扉の外にいて尚感じる威圧感は、出雲の大迷宮にいた雷神たちに勝るとも劣らない。流石に伊邪那美命いざなみのみことや八岐大蛇には及ばないとは言え、雷神たちも当時の私と十分張り合えた強者だった。

 それが、三柱。


 これは、久しぶりの全力案件かな?


 高鳴る鼓動を聞きながら、扉の先に進む。

 中に入るのと同時に周囲のかがり火が灯り、戦場とその水面みなもを照らした。


 水の上を滑るように桟橋の上まで出てきた三柱は皆、天女の装いと平安の頃の着物を合わせた様な服を着ている。十二単という事はないが、色とりどりで美しい。

 このあたりは、神仏習合で弁財天と同神とされた事から来てるのかな。そうで無くたって絶世の美女と呼ばれた三柱だ。目の保養になりそう。


 真ん中の一柱は首に紫のぎよくを下げているから、湍津姫命たぎつひめのみことか。

 そうすると、一番カラフルな一柱と淡い色が多い一柱が市杵島姫命いちきしまひめのみこと田心姫命たごりひめのみことになる。


 色のイメージで言えば、田霧姫たぎりひめとも表記される田心姫命が淡い着物の方だけど、はてさて。


 まあまずは小手調べ。

 大きく槍を薙いで、魂力による斬撃をぶつける。


 これは周囲の水を操った壁で防がれた。

 魔力の込められていない水なんかで防げるものではないんだけど、向こうも魂力に直接干渉できる神だ。然もありなん。


 雷の魔法も同じく防がれる。フィールドのアドバンテージって意味では、八柱の雷神よりずっと厄介だね。


 じゃあ、近接は?

 狙うのは、右利きな都合で左側の淡い着物の方。

 真横まで踏み込んで、やや切り上げ気味の横薙ぎ。


 しかしこれは女神の身体をすり抜けてダメージにならない。槍の軌道上がぼやけているのを見るに、霧になって躱したと考えられる。

 やっぱりこっちが田心姫か。


 今ので霧化への対処法も分かった。

 槍に魂力を纏わせ、凝固の情報を込めて袈裟切りに振るう。


 正面からただ振るっただけの一刀は簡単に避けられてしまったが、それはつまり、避けなければいけなかったという事だ。


「おっと」


 不意に水しぶきが上がり、周囲の水が幾つものムチとなって私を襲う。一本一本が相当の威力。今の体勢でも捌くには問題ないけど、その間に他の女神たちが座して見ている筈はない。

 追撃は諦めて少し下がり、ムチをやり過ごす。


 やっぱり、霧化は格下向けの能力だね。対処が楽だ。

 それはそれとして水を操る能力は厄介。


 こうして足を止めると、ほら、すぐに周囲の水に干渉されて四面楚歌のような状況になる。


「ふっ!」


 結びつきを弱める意思を込めた魔力で強化した一撃で、襲い掛かってくる水を全て吹き飛ばす。

 私もだけど、向こうも向こうで小手調べって感じだ。


 やりづらい。

 これ、どう攻めようかなぁ。


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