第79話 残念、水着はありません!

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 翌朝、目覚めたのは、たぶん日の出くらいの時間。

 まだまだ私と同じような生活リズムの人は多いから、すぐに配信を始めても人は集まるだろう。


 どうせ長時間するから、そんなに変わらないけど。

 新規さんを頑張って集めるって数字でもないし。


 という訳で、のんびり身だしなみを整えて、朝ごはんを食べる。

 肌や髪の手入れも軽く。

 汗腺がほとんど機能してない事もあって、人間よりかなり楽なのが有難い。


 男だった人間の頃ですらもう少し丁寧にケアしてたよ。


「よし、行こうかな」


 四十一階層に続く木の橋を下りながら、配信開始ボタンを押す。カメラは正面から。

 予想通りというべきか、同時視聴者数はすぐに四桁を刻んだ。


「ハロハロ。八雲ハロだよ。昨日はよく眠れたかな?」


『ハロハロー。ぐっすり』

『ハロハロです!』

『おはよー。夜行性なのでこの後寝ます』

『おはようございます』

『初見です。寝るまで暇なので見に来ました』


 大体はいつものメンバー。

 最初に挨拶くれた人なんて、初配信の時からいるね。


 そしてウィンテさんもしっかりいる。


「初見さんいらっしゃい。ウィンテさん、貴女、ちゃんと寝たの?」


『吸血鬼は一週間くらい寝なくても問題ないです!』


「あ、そう」


 つまり寝てないと。

 まあ、私もそれくらい平気だけども。


 つい素の反応を出してしまったよ。


 元々寝るのも好きな私と違って、マッドな研究者の彼女は寝なくていい身体を存分に使ってるみたいだね。

 五十年もあれば習慣も変わってるか。


 私も、読書の時だけは存分に活かしてるのは秘密。



「まあいいや。今日は四十一階層以降の攻略だよ」


 なんて言ってる間に階層移動も終わる。

 見えるのは、横に広がって船着き場のようになった橋の終わりと、これまでよりも深そうな夕日色の水面だ。


 カメラの位置を背後に回し、リスナー諸君にも見せてやる。


『また深くなってそう』

『割と大きいのも水中に隠れられそうな感じだな』

『これ、次の階層に行く道って水中にあるのかな?』


 橋の縁まで行って、槍をおろしてみる。

 私の背よりも長い全長の、半分くらいが水に浸かった。


「私の腰位かな」


『着物のままここ入るの自殺行為じゃね?』

『つまり、水着回……?』

『ハロさんの水着!』

『ガタッ…あ、ウィンテさんどうぞ。スッ』

『勢いに負けて座り直してるの草』


 本当に何でウィンテさんが一番前のめりなのか。

 一応ある投げ銭機能をオフにしてなかったら、この子破産してたんじゃない?


 人に見られる配信活動をしながら私にこれだけ入れ込んでるの、大丈夫かなぁなんて思うけども、そこは心配ないみたい。

 残念美人って、人気みたいなんだよね。


 もう一つある理由は、ちょっと遺憾な事にそういう百合コンテンツとして見られてる事。

 まあ、害は無いし良いんだけども。


「水着なんて用意してないよ」


 そんなウィンテさん他には悪いけど、水着は面倒なので着ない。

 そういう路線のキャラじゃないしね。


 という訳で、ほい。


『水上歩行・・・』

『まあ、そうだよね。ハロさん飛べるもんね』

『魔法もあるし、上手く術式作って消費を抑えたら俺らでもなんとかなる範囲ではあるな』

『船用意して、戦闘中だけって使い方でもいいしな』

『そん、な……。ハロさんの水着……』

『なんでウィンテさんが一番残念そうなんでしょうね?』


 本当に何でかしらね?


 崩れ落ちてる姿が容易に想像できる残念女王様の事は置いておいて、この水上歩行、実はちょっと実験も兼ねてる。

 魂力に干渉する力を利用して、魔法として成立させずに現象を起こす実験だ。


 一定以下のエネルギーで十分な現象なら、術式分の魔力を節約できるこっちの方が効率良いんじゃないかって思って。


 やってることは、魂力に分子間力やらの結合に必要な情報を与えて、足元の水に排出させてるだけ。

 結果、足元の水は互いにしっかり結びついて、固体のような動きをする。


 効率としては、魔法でするより良いで間違いなさそう。

 設置してる部分だけで良いからか、思った以上に高効率だよ。


 まあ、水の上を歩くってだけなら、私の場合魂力を直接踏んだ方が良いんだけど。


「やっぱり水中の気配は分かりづらいね。この辺なら魔力察知をメインにした方が良さそう。誤魔化せるのが出てきたら知らない」


 実験しながらだけど、配信中なので攻略情報もちゃんと出していくよ。


「周りに集まってきてる」


 どうやらこの階層の敵は、群れで襲う習性があるらしい。

 魔物の気配が私の周囲を取り囲む。


 うん、実験体だ。


『水中、意外と見えんな』

『夕日の反射が辛いですね』

『囲んで襲ってくるタイプかー。いよいよ初心者には無理だ、ここ』

『中途半端な深さだから俺たち水生種族でもやりづらいぞ』


 足を止めると殆ど同時に、正面の敵が飛び出してきた。

 一瞬遅れて左右でも水しぶきが上がる。

 背後の魔物は、潜ったまま接近してくるね。


 なんかちゃんと連携してるなぁ。

 周りを旋回してる奴らもいるし、意外と強敵?


「これは、メバルかな? 赤と黒いる。唐揚げが好きなんだよね」


『相変らずの余裕』

『まあ、こんな所の敵じゃあな』

『安心感凄い』

『赤眼バルってカサゴだっけ?』


「そうカサゴ」


 何体かは確保したいなぁ。

 実験しつつ手早く片付ける。あまりのんびりしてると、迷宮に分解されちゃうから。


 という訳でサクサクっと。

 最後の方は三枚におろして倒したので、そのまま持っていきます。


 流石にこんな所で揚げるのは面倒だから、塩焼きかな。

 守護者手前くらいで唐揚げ用を確保しよう。


 色々試した感じ、魂力だけの強化でもそれなりに効果がある。

 魂力自体が能力値にも影響してるエネルギーなので、強化の意思を込めなくても問題ないって感じ。

 強化の幅は少ない代わりに、消費も少ない。効率では普段の魔力による強化よりこっちが上かな。


 普段通りの魔力による強化も、魂力に込める情報を具体的に意識したら出力が上がった。

 同じ魔力量でより大きな効果を得られたわけだ。


 これは、ウィンテさん辺りには教えておこう。令奈さんにはウィンテさんから伝わる筈。

 本気で遊べる相手は多いほど良い。


 あとは、鬼秀。

 彼とはそう遠くない内に、で遊べそうだから。


 三大迷宮の一つを任せてるし、エルフの女王にも。

 それくらいかな。


「ふふふ」


『また一人で突然笑い出した。飯の妄想か?』

『夜墨センセーに効けば教えてくれるんじゃね?』

『いえ、表情がハッキリ動いてるのでこれは食事の事ではありませんね。たぶん、本気で何かができるって考えているのだと思います』

『そんな所であろうな。知略にせよ武力にせよ、ロードは本気を出せる機会を殊更好む』

『ウィンテさん、夜墨センセーのお墨付き。もう一人センセーが生まれたか』

『いや、ウィンテさんの場合研究してそうだからハカセだな』


 うん、コメント欄で私の考察が始まってる。

 迷宮攻略の考察しよ?


 実験をしながらではあったけど、まだまだ浅い階層。ペースは普段と変わりなく、この日の内に八十階層までを攻略した。


 七十階層台からは夜で、水位が私の身長くらいまで来てたから、明日以降の配信は深夜の水中探索かな。


 魂力に関しては、原子レベル以下の世界になると術式を介さない方が効率よいって分かった。

 電気信号だからか、感情に働きかけるようなものも術式を使わない方が効果的だったように思う。

 最低限の自我しかない道中の守護者相手だったから、まだ断言はできないけど。


 何にせよ、明日で攻略できそう。

 各地の長たちに迷宮の支配について伝えないとだから、寝る前に連絡しておかないとね。


 当然、私が長と認めた人、或いはその系譜限定だけど。

 勝手に出てって勝手に王を名乗ってる面々は知らない。この旅で新しく認めた人には別個で伝える。


 さて、この八十階層は完全に水没してて足場も無いし、外で寝よう。

 水中探索、少し楽しみ。

 

 あ、メバルは非常に美味でした。次はお供にお米が欲しいです、まる。


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