第76話 厳島神社で配信

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 青い空にカラッと乾いた空気。雲も多少は見えるけど、殆ど快晴だ。

 足元、桟橋のすぐ下では瀬戸内の海水がちゃぷちゃぷと音を立てている。


 背景予定の景色を確認しようと後ろを振り返ると、海の中に建つ真っ赤な大鳥居が見える。


 私は今、広島県の厳島いつくしま神社に来ていた。


「この辺が良いかな?」


 立ち位置を微調整して、大鳥居がしっかり映るようにする。配信を見た人が一目でどこか分かるようにしたいからね。

 若い世代でも、他の人がしてる旅配信なんかで知ってる人が少なくないはずだよ。


 真っ白な長髪が風で荒ぶる。

 このままじゃ喋りづらいから、魔法で私の周りだけ風を消してから配信を開始する。


 五十年前に比べたら同時視聴者数はずいぶん少なくなったけど、それでも上位の一握りレベルくらいには残っているかな。

 娯楽の少なさや配信者人口の少なさなんかもあって、旧時代の最上位層よりは幾らか多い。


「ハロハロ、八雲ハロだよ」


『ハロハロー』

『こんにちはー』

『おはようございます!』

『ハロハロー。お、厳島神社』

『うわ、懐かし。ココ地元なんだよ』

『あ、ハロハロー』


 あら、この人が挨拶を後回しにしちゃうなんて珍しい。文面以上に感動してるのかな。


「そうそう、厳島神社。今日はここに出来た迷宮攻略をするよ」


 まあこんなものかな。さっさとメインコンテンツの迷宮攻略に移ろう。


 カメラを後ろからの視点に戻して、迷宮を映す。ここ何十年かはちゃんと正面からの絵で始めてるから、いちいち切り替えるのも慣れてしまった。


『パッと見は変わってないな?』

『普通に厳島神社だ』

『ここ、初期からある迷宮だな』

『綺麗!』

『初期からって迷宮って増えるのか』


「みたいだね。厳島神社迷宮は精霊たちが管理してて、最終階層は百階層を超えるみたいだよ。海中の階層があるから、陸上の種族にはお勧めしない」


 一応攻略目的で見てる人もいるから、こういう情報は出していく。

 中国地方の迷宮って事で、私の信者たちが逐一報告してくれるので少しだけ事前情報が多いね。

 ここにはいずれ来るつもりだったから、あまりちゃんと読んでなかったんだけど。


 海に架けられた桟橋をコトコトと鳴らしながら、本殿の中へ。

 中も以前の厳島神社とほぼ変わらないように見える。


 唯一明確に違うのは、部屋の中央にある下り階段だ。


「それじゃ、早速行こうか」


 しっかりとした古木の階段を、特に気負うでもなく下りていく。

 けっこう長いだろうから、少し雑談でもしようかな。


「一週間ぶりくらいの配信だけど、皆は配信の無い間何してた? 私はちょっと旅行してたんだけどさ」


『学校いてました』

『いつも通り訓練しながら色んな配信に行ってたかな』

『ひたすら研究』

『迷宮に籠ってて丁度帰ってきたところだな』

『旅行いいなー』

『寝てた』


 けっこうバラバラだね。

 研究言ってる人は、たしかウィンテさんとこの子爵だったかな。


 迷宮や訓練は、今時のスタンダート。仕事してたって言ってるような感じ。


「学校かー。懐かしいね。今は地域によってあったりなかったりだけど、昔は日本中の子どもたちが同じような内容を学びに学校に行ってたんだよ」


『え、やば』

『懐かしいなー』

『行ってた行ってた。』

『学校ない地域あるのか』

『そういえば爺さんがそんなこと言ってた気がする』

『羨ましい』


 学校がない地域は親が教えてたり無償の塾、それこそ寺子屋みたいなのがあったりする程度らしい。

 長命種がけっこういる関係か、まだまだ最低限の計算と読み書きを出来るのが前提で仕事が回ってるから、それだけは皆できるって話だ。


『無い方がいいなー』

『学校怠い』

『正直学校に良い思い出無い』

『今思えば学校楽しかったなー。そっか、今は無いとこあんのか』

『そういえば、旅ってどこ行ってたんです?』

 

「学校に関しては、私は可もなく不可もなくだったかな。旅は、沖縄の方から北上してる。昨日まで四国にいたね」


 狸たちを全力でもふり倒してきました。至福だったよ、うん。

 隠神刑部いぬがみぎようぶはちょっと困ったように笑ってたけど、知らない知らない。


 妖怪がほとんどの四国ではあるけど、意外とちゃんとした家に住んでるのが多かった。町の殆どは森に飲まれていて、そこに小さな家を建ててるって感じ。


 それも含めて、ここまでの旅で見てきた話をしていく。

 今の故郷の様子が知れて喜んでる人も多かったから、今後も少し混ぜていこうかな。


 なんて話してる内に、一階層だ。


「ふむ、干潟か」


 ずっと奥まで広がる湿った砂の地面に、ところどころ水たまりが残っている。

 一歩踏み出すと何センチか足が沈んで、水がしみ出してきた。


『歩きずらそう』

『これは戦いづらいな』

『貝いないかな?』

『潮干狩り死体』

『魔物の姿が見えんの怖いんだけど』


「そうだね、これ、地面の下に隠れてるパターンだよ」


 気配が辿れない人間には危険だね。私には誤差程度の障害だけど、一応対策は考えながら進もう。

 この配信、攻略の情報源にもなってるから。


 なお、五十年たった今でも誤字脱字はスルーしてる。

 別に分かるし、いちいち訂正する必要もないでしょ。


「とりあえず進もうか。足跡がつくから、来た道が分かりやすくて助かるよ」


『ハロさん方向音痴だもんね』

『最近来た人は知らないかもしれないけど、森階層のこの人、油断するとすぐ来た道を行こうとするから』

『以外』

『弱点あったんだ』


 そうだよ方向音痴だよ。

 何も考えてなくても分かる方がおかしいと思うんだ。


 なんて言ったら袋叩きにされかねないのでお口チャック。

 沈黙は金です。


 さてさて、今いるのは、迷宮の空間の端っこか。

 じゃあ正面に行こう。


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