第75話 龍と鬼の戯れ

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 福岡周辺の山の幸海の幸を楽しんだ後は、そのまま西の方にある迷宮へ移動した。

 その際に人化を解くよう言われたのは、この立ち会いがただの趣味で無いからだろう。


 道すがら聞いたところによると、件の敵対勢力の町もこの方向らしい。

 

 時刻は昼下がり。

 着替えは、鬼秀の家で済ませてある。


「ギャラリーが多いね」

「うちの若いのが殆どだ。気になるか?」


 向かい合っているのは、迷宮の入り口を守る板張りの武道場。

 おあつらえ向きな事で。


「別に」

「そうか」


 説明の内容に反して、鬼秀へ好意的な目を向ける割合は七割ほど。

 若いの、新参者、か。


 なるほど、そういうやり方。

 これは、件の元幹部には態と反乱を起こさせたかな?


 ていうか、私には関係ないと言っておいて、利用する気満々だね。


 まあ、これくらいは良いだろう。

 そも、彼に相応の力が無ければ意味のない事。


 そしてそれだけの力があるのなら、私も楽しめる。


「じゃあ始めようか」

「ああ」


 いつもの着物の襟を整え、槍を構える。

 私の勘が言ってるからね。本気を出すに値するって。


 周りへの被害は、抑える準備があるでしょ。


「いくよ」


 告げると共に地面をひと蹴り。

 肉薄して、槍を振り下ろす。


「マジで速ぇな!」


 なんて言いながらも鬼秀はしっかり目で追っていて、柄の部分を片腕で受け止める。

 彼の倍以上の魔力で強化してるんだけど、さすが鬼の始祖って所かな。


 槍を戻す反動で体を横に回転させ、ガードの上から回し蹴り。

 

「うぉっ!?」


 想定外に重かったのだろう。

 驚愕の声と共に鬼秀の足が浮き、十メートルばかり吹き飛んだ。


 空中だからと油断したんだろうけど、残念ながら龍の私には関係ない。

 空を踏むなんて、息を吸うにも等しい行為だ。


 追い討ちに、いつもの雷。

 これくらいで死ぬような相手じゃない。


 そう思って撃ったんだけど、鬼秀はニッと笑って正面から受ける。


 ダメージは、無し。

 それ以前に弾かれた感覚があった。

 あの熊もどきに撃った時と同じ感覚だ。


「鬼の神通力、ね」


 続けて氷、炎と打つけてみるが、結果は同じく。

 

「俺に魔法の類は効かねぇぞ」

「そうみたいね」


 魔法無効?

 いや、感覚的には魔力による現象そのものを消されたような……。


 破魔の力とか、そんな所かな。

 

「貴方との肉弾戦を強制とか、嫌がらせも良い所ね」


 意識外から撃ってみたりなんなりしても意味は無し。

 厄介な。


「褒め言葉と受け取っとくよ」


 今度は向こうから仕掛けてきた。

 見覚えのある構えをとって突っ込んで来る。


 あれだ、空手。

 目潰しは首を捻って避け、正拳突きは手の平で受け止める。


「痛いじゃない」

「痛いで済むのがおかしいんだけどなっ!」


 蹴りをガードするのに手を離させられてしまった。

 追撃が来そうだったので、尻尾で側頭部を狙って防ぐ。


 コイツ、普通に上手い。

 間合いを潰されて好きなように動けない。


「やるね」

「そりゃどうも」


 口角が僅かに上がる。

 金色の瞳が爛々と輝きだし、魔力が溢れる。


 今のやり取りで一つ分かった。

 鬼秀の破魔の力はやはり魔力による現象に作用するものだ。

 けど、それでは身体強化を阻害されない説明がつかない。


 いや、厳密にはされている感覚がある。

 想定するより何割か威力が低い。


 じゃあこの魔法と身体強化の違いは何か。

 それは、身体からの距離と魔力密度。


 つまりは魔力に対する支配力でゴリ押せる。


「魔法は効かないって言っ――」


 直前で勘付いたらしく、鬼秀は回避行動をとった。

 雷を避けられるのも凄いけど、ちゃんと気づくあたり流石だ。


「あら、魔法は効かないんじゃなかったの?」

「その筈なんだがな?」


 向けたのは、普段の倍の密度で術式を構築した雷の魔法。

 彼に近づく程に分解はされていたけど、十分な威力を保ったまま着弾しそうだった。


 離れた状態でこれなら、近くでは?


「色々試させてもらうわ」


 動きは、最初の焼き直し。

 私が一足飛びに接近して、槍を振り下ろす。


 動きが止まるのを嫌ったのか、今度は避けられちゃったけど、尾の射程圏内だ。


 脚に尾を巻きつけて捕まえ、掌底。

 

「ぐっ……!」


 腹筋を硬くされて思った程のダメージにはならない。

 けど、狙い通りの体勢だ。


「歯、食いしばりなさい」


 当てた掌から雷の魔法を発動。

 同時にもう一歩踏み込む。


「ガハッ!」


 肉が焼け、鬼の目から水分が蒸発する。

 込めた魔力は普段の五割り増し程度だから大丈夫かと思ったけど、想定以上の威力だ。


 これは、やり過ぎた……?


 顳顬こめかみをヒンヤリとした汗が伝う。

 急いで回復させないとマズイかな?


 なんて、恐る恐る容体を見ていた私の顔面を、影が覆った。

 熱を感じると共に、自分がたたらを踏んだのが分かる。


「つぅっ……。こっちの力は初めてマトモに使ったな」


 回復した視界でのたまうのは、全身から煙を上げながらも傷一つ無い肉体を見せ付ける鬼の始祖。

 そして、鼻から口へ流れる熱の感覚。


 左手を添えると、掌が真っ赤に染まる。


 血だ。


「初対面で求婚した女の顔面を殴るとか、あり得ないと思わない?」

「そういうアンタは、つくづく言葉と表情が一致しねぇな」


 口角は限界まで吊り上がり、見開いた目は満月のようだろう。

 知ってるよ。自分がどんな表情をしているかなんて。


「普段からそれくらい表情豊かなら、もっと魅力的なんだがな」

「戯けたことを」


 眼前にいるのは、私に五十年ぶりに血を流させた鬼だ。


 殆ど不意打ちとは言え、それさえ並大抵の力で出来る事ではない。


「そんな事よりさ」


 間違いなく、最上位の強者。

 本気を出せる相手。

 こんなの、楽しまなければ損だ。


「もっと遊ぼうか!」


 コイツの目的なんて、もうどうでも良い。

 満足いくまで、遊ぼう!


 常なら必殺となる一撃を互いに打ち合う。

 牽制で衝撃波が生まれ、躱された魔法に外野が死を覚悟する。


 彼の超回復は私の与えた致命のダメージを無に帰し、鬼の剛力が龍の鱗を抉る。

 

「ふふふ、良いね!」


 飛び散る赤が、着物の黒に映えて美しい。

 

「これはどう?」

「クソっ、こんな所でブレスなんざ撃つんじゃねぇ!」


 悪態を吐きながら破魔の力を拳に集中し、一秒だけ溜めた私の息を相殺する。

 力の使い方が上手く成っていってる。

 それで消滅した腕だって、次の瞬間には元通りだ。


「良いね!」


 私の気分が高揚すると共に、戦いはどんどん激しくなる。

 もうどれだけ戦っているかも分からない。


 ああ、この時間が永遠に続けば良いのに。


 そう願っても、終わりはやってくる。


 決定的なのは、やはり魔力の差だ。

 如何に優れた神通力を持とうと、それを行使する魔力が無ければ意味がない。


 気がつけば彼の魔力は底を突き、雷の殴打で焼かれた腕が回復しない。


 私も鬼秀も、互いの血にまみれ、息が荒い。

 まるで、情事の後のような気分だ。


「楽しかったわ」

「そうか、そりゃ良かった」


 ニッと笑う鬼秀の懐で腕を引き、ひと突き。

 私の拳が彼の水月を穿つと共に、楽しい楽しい遊戯の時間は、幕を下ろした。


「ふぅ……」


 残心を解き、荒ぶっていた魔力を鎮める。

 それから、仰向きに倒れた鬼秀を回復してあげる。


 合間に周囲へ視線を走らせると、彼を見る目に宿る色は明らかに変わっていた。


 元々彼へ敬愛を向けていた七割は更にその色を強め、二割も同じ色に染まっている。

 そして残りの一割は、恐怖の色で鬼秀を見ていた。


「目的は達せられたみたいよ」

「一つを除いてな」


 一つ?

 ああ、そういう。


「残念だけど、まだまだ負けてあげられない」


 起き上がろうとする彼に手を貸してやる。

 

「これから先、俺が勝ったら……いや、止めておこう。今本気で殴られちゃ死にかねん」

「賢明ね」


 懲りない男だ。


 まあ、もしもの時は大人しく聞いてやるくらいはしようか。

 受け入れる気は無いけどね。


 さて、次は四国か、中国かだね。

 どっちかでちょうど良い迷宮を見つけたら、配信をしようかな。


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