第73話 宵の宴
73
「あちらです」
ふむ。
真新しい木の建物。
あの辺りは、たしか五十年前の戦いで主戦場になってた所だね。
海沿いの高級旅館って佇まいだ。
中からは美味しそうな匂い。
いいね。
「奥の席へどうぞ」
中庭に降り立った後に案内されたのは、二十人くらいの宴会にも使えそうな座敷だった。
丸窓からは先ほど降り立った中庭が見える。松と岩、それに楓の木で作った日本庭園だ。
その一段高くなった上座に座り、一息を吐く。
料理は、私が席に着いたのと同時に運ばれてきた。
並んでいるのは白身を中心にした活造りに、薄くスライスされた生の牛肉、それから山菜の天ぷらに加えて、松茸のお吸い物と茶碗蒸しに香の物。あと炊き込みご飯。
中々豪勢だね。
「いきなり来たのに色々用意してもらって。ありがとう」
「いえ、皆もおかずが増えたと喜んでおります」
気を使って、という訳じゃないみたい。
丸窓から良い笑顔で頷く顔が幾つか覗いていたから、龍の権能を使うまでもなく分かったよ。
「お肉は、そちらの熱した岩で焼いて山葵とお醤油でどうぞ。では、ごゆるりとお楽しみください」
「ん? 一緒に食べないの?」
てっきりそのつもりでこんな広い部屋を用意したのかと思ったんだけど。
「よろしいので?」
「うん。折角だし、色々聞かせて欲しい」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
だから黄色いオーラ。
尻尾、本当に振り出しちゃったよ。
種族変化した年齢で言ってもおじさんの筈なんだけど、なんか可愛く見えてくるから不思議。
赤竜も始祖として五十年、竜人たちを纏めているだけあってそれなりに優秀だ。
ちゃんと私の意図を汲んで、幹部の何人かも同席させてくれた。
どうにも拗らせファンの印象が強いけど、伊達に力ある始祖として始まりの聖戦を生き延びていないんだよ。
「今来られるのは、これで全員ですな」
赤竜を含め集まった四人は、みんな竜人。
妖精は妖精でコミュニティを作っているらしい。散らばってるそうだけど、多いのは屋久島だって。
「自己紹介だけサクッとお願い。折角の豪勢な料理が並んでるんだ。美味しいうちに食べ始めたい」
竜人の一人がなんか堅っ苦しい挨拶を始めそうだったので、先に制す。
赤竜もそうだけど、竜人の気質なのかな。
彼の生来の気質と竜人のイメージ、どちらが由来になってるのかまでは分からないけど。
彼らはそれぞれ、交易関係の長、農業の長、軍部の長らしい。
男ばかりで、鱗の色は暗色が多い。
顔の区別は、正直つかないので色と気配で覚えてる。
名前はもう忘れた。
「じゃあ食べようか」
こういう時野菜から食べる癖がついているので、まずは天ぷらから。
これは、かぼちゃかな。お塩でいただく。
「ん、甘いね、これ。迷宮産?」
「いえ、旧時代から保管していた種を育てたモノです。巨人の農業配信者が魔力を使った栽培の実験をしておりましてな。参考にしてみたら思った以上に良いものが出来たのですよ」
ほー。
教えてくれた農業の長によると、どの種族の魔力かも影響するらしい。
まあ、細かい事は吸血鬼連中が研究するでしょ。
「魔力とはいったい何なのでしょうな」
「中々面白いよね」
ちゃんと探り入れてくるね。
実のところ、何となくこれかなって予測はある。
けど、まだ明言できるものじゃないから誤魔化しておいた。
もしまだ誰も観測してなければ、spが入ってくるから分かりやすいんだけどね。
ただこれ、どうやって観測したらいいんだろう?
龍の権能でごり押しが早いかな?
ウィンテさんやゼハマ辺りも近い所にいるだろうから、確かめるなら早い方がいい。
sp追加って答え合わせのズルが出来なくなっちゃうし。
まあ、旅の中で時間が出来たらやってみよう。
それより今は料理だ。
宴も
皆いい感じに酔っぱらってきて、口も軽くなってる。
私はこれくらいで酔ったりはしないけど、四人は中々きてるね。
「しかし、見事に私の好物ばかりだね。これ、分かっててやってる?」
「当然です。推しの好みを把握していないファンがいましょうか」
赤竜もお酒の影響か、ややテンションが高い。
「いや、でも茶碗蒸しの銀杏とか言った覚えないんだけど」
「そこは予測いたしました」
「あ、そう」
銀杏だけじゃない上に全部的中してるのが怖すぎる。
精霊たちと言い、信仰って何なんだろうね……。
「気に入っていただけているようで、料理人冥利に尽きますぞ!」
「え、これ貴方が作ったの?」
「はい!」
あらま、赤竜、まさかの料理男子。
しかもプロ級の腕前。
ちょっと株が上がった。
やばい信者枠は変わらないけど。
「家の中ではそれくらいしか、取り柄がございませぬ故……」
「
おん?
ていうか赤竜の本名竜司なんだ。
たぶん食べ終わる頃には忘れてるけど。
「私が聞いて良い話?」
「……ええ。ただ身内の恥を晒すだけのこと故」
身内の恥ねぇ。
「十年ほど前になります。こやつの息子が、魔に落ちてしまったのです」
「魔族、ね。それで、その子は?」
項垂れる赤竜の代わりに軍部の長が答えてくれる。
曰く、暴れるだけ暴れてどこぞに姿を眩ませてしまったらしい。
「風の噂では、鬼や化け狸で魔に落ちた者も、気が付けば姿を眩ませてしまったと言います」
補足したのは交易の長。
狸の方は鬼から聞いた話らしく確定情報ではないとも付け加えてくれた。
暴れるだけ暴れて、直ぐに姿を眩ませる、か。
そいつらは始祖になっているだろうし、二人目以降でも魔族は能力値が高い傾向にある。
その辺の兵じゃ取り押さえるのは難しいだろう。
元の種族の始祖相手になれば怪しいけど、すぐに姿を眩ませているのは何かある気がするね。
どうせゼハマ絡みだろうけど。
勢力を伸ばして覇権を握りたいって口じゃないとは思う。
けど、実験の為にならあり得る。
「まあ、旅する序でに気にしておくよ」
「助かります」
私に危害を加えてこない限りは気にするだけだけど。
それでも、彼らからすれば安心感が違う。
「迷宮の方はどう?」
「はい、教えていただいた場所の他に新しく二か所発見しました。ここ数年で発生したと思しき迷宮もあり、頭を悩ませているところです」
あー、新しく発生かぁ。
まだ地脈の流れが安定しきった訳じゃないみたいだからなぁ。
それとは別に迷宮擬きもあるみたいだし。
ん-、
流石に少し、人間たちに厳しすぎる。
まあ、旅をしながら考えよう。
「少し考えておくよ」
「感謝いたします」
軍部の長が深々と礼をするのに、頷いて返しておく。
「それで、この後は、北に向かわれるのですか?」
ふと思い出したような反応を見せた赤竜が、そう問うてきた。
なんだろう?
「そのつもりだよ」
「ふむ。どうも、鬼たちの内部抗争が起きそうだと聞いておりましてな」
何それ。
鬼秀の組とは別の組出身の人らがまた独立しようとしてる?
ヤーさん達の勢力争い?
ふーん。
まあ、私には関係ないか。
「ていうか
「鬼の始祖です」
ああ、アイツ。
それで鬼秀か。
なんか配信コメントで見た覚えがあるな?
今度からそう呼ぼう。短いし。
しかし、突然消える魔族に、各地での抗争ねぇ。
ただの観光旅行のつもりが、きな臭くなったね。
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