第69話 未来を紡いだ者たちへ
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小さく溜息を吐き、東の空へ目を向ける、
薄紫の境界線は、既にそれなりに天頂に近づいており、地平線に見える太陽は三分の一程顔を見せている。
今の位置から感じ取れるような強い気配は、もう無い。
スレッドで確認した限りでも、どの戦場も落ち着いたみたい。
『夜墨、そっちはどう?』
『富士山頂に降ろした』
『ん、じゃあ東京沖辺りで合流しよう』
ちゃんと締めてあげないとね。
私が始めたことは、私が終わらせる。
海上で夜墨と合流して、配信の準備。
背景は、水平線に半分以上姿を表した朝日だ。
「始めるよ」
夜墨の頭上に立って配信開始ボタンを押し、目を伏せて視聴者数が増えるのを待つ。
初めはゆっくり、そして急激に増え始めた数字に、非日常の終わりを感じる。
そろそろいいか。
「長く、険しい三年だった」
多くの苦悩を、スレッドに見てきた。
初めは順調に見えた長たちの統治も、想定し得ないトラブルや感情ばかり先立つ愚か者に妨げられ、時に想定の範囲ですら、いくつもの命が失われた。
非情な判断を出来る者たちを長に選んだから、無意味に失われた命は少ない方だろう。
それでも。
「いくつもの命が失われた」
人間たちは、死んでいった者たちの顔を思い浮かべているだろうか。
守れなかった者たちの声を思い出しているだろうか。
「伸ばされた手の全てを掴めなかった私を、恨む者もいよう」
頭で全てを助けることは不可能だと分かっていても、心が認められない。
それは不自然な話ではない。
「私を恨むのなら、受け入れる」
その自由を、私は侵せない。
「それでも、これだけは言いたい!」
伏せていた目を見開き、カメラの向こうの人間たちを見据える。
「
少しでも彼らの後悔が薄れるように。
より強く、次の一歩を踏み出せるように。
「人ならざる龍として、人の未来を願う一人として、歴史に残る
口角が自然と上がる。
本当に、よくやったと思う。
「未来へ繋いでくれた事、感謝する」
傲慢な龍として、頭は下げない。
でも、言葉だけでも、伝えたかった。
私の我が儘の為に失われた命もあるだろうから。
配信を閉じて、思う。
もし、あの時、夜墨が諭してくれなかったなら、これだけ多くの人間は生き残らなかった。
下手をすれば始祖たちすら生き残れなかったかもしれない。
「夜墨、ありがと」
「ロードの望むようにしただけだ」
「それでもだよ」
腰を下ろし、真っ黒な
人間だった頃の私は、自分で思っていた以上に世話焼きだったみたい。
私自身を縛っていた性分の大部分を夜墨が持っていってくれて尚、これだけ動き回ってしまったんだから。
まあ、やりたいようにやってたのには違いないから、後悔はしてない。
遠くに見える日本の街並みが、朝日に煌めく。
そこに生きる彼らを守った事には特に思うことは無いけど、彼らが守った地って思うと、あの煌めきが宝石のように思える。
「星に等しい程の寿命、か」
悠々自適で快適に過ごすっていう目的は変わらない。
でも、人間たちを、あの子たちを見守りながらって付け加えるのも良いかもしれない。
面倒だから最低限しか手を出さないけどね。
「私が私らしくあれるように、これからもよろしく頼むよ」
「ああ、ロードが望むなら」
徐々に高くなっていく太陽の光を背で受けながら、私と人間たちの未来を龍眼に映して、微笑みを浮かべた。
それから数日。
人間たちは着実に日常へ戻って行った。
壊れた街を修復し、美味しい食事を求め、オシャレをして出歩く。
そしてそれらを守る為の戦闘訓練をそれなりに。
旧時代と同じようで、少しずつ違う日常だ。
「夜墨ー、お茶とってー」
変わったと言えば、エルフ達の住む地だ。
エルフ達は今、富士の樹海に拠点を作っている。
元々住んでいた白神山地は私が吹き飛ばしちゃったからね。
樹海は自然に発現した迷いの魔法で、一種の魔境となってしまっている。
そんな中でも草木の声を聞ける彼らなら、自由に動けるみたい。
今後人間種族同士で敵対するようになっても安心だ。
実際、ハイエルフの女王はそれを見越していた。
「ん、ありがと。夜墨も飲む?」
丁度良いから、富士山頂の迷宮の管理もお願いしておいた。
森の魔法の影響が上空に広がり続けている事もあって、あそこまで行ける強い人間がいつになったら現れるか分からないから。
数百年単位とは言え、毎回夜墨に行ってもらうのもね。
私は、ほら、迷宮内の樹海を抜ける自信がない。
「私は、コーヒーの方が良い」
伊勢神宮跡の方は何も言わなくても令奈さんが管理するでしょう。
出雲のは私の担当。
理由としては、あの辺の人たちというか、主に精霊が私を信仰してしまっているのが一つ。
それと、最下層の守護者を倒したいから。
「ほいほいって熱っつ! ……くなかった」
推定
地元だし、あそこなら早々家宅侵入されないだろうし。
「灼熱の吐息に勝るコーヒーがあるわけなかろう」
まあ、時々配信しながらのんびり鍛えていくつもり。
あの域に辿り着くのは、数年じゃ難しい。
「それもそうだ」
ん、紅茶とケーキが美味しい。
暫くは私もこんな日常に浸ろう。
さてさて、次の配信は、いつにしようかな。
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