第68話 邂逅

68

 何を言っているのかと言わんばかりの熊もどきだけど、大丈夫、直ぐにわかる。


 まずは一つ確かめよう。

 おもむろに左腕を上げ、熊もどきを指す。


 直後に響いたのは、空を割く雷鳴の音だ。

 閃光と共に地を揺らす雷は、その余波だけでエルフの女王の結界を消し飛ばした。


 けど狙った敵は穿たず、彼の剥き出しにした地面や未だ残っていた森ばかりを焼く。


「雷は完全に防げるんだね。了解」


 勝ち誇ったような熊もどきだけど、私からしたらそれがどうしたって話だ。

 攻撃手段なんて、他に幾らでもある。


 大地が割れるのも気にせず踏み込み、左腕の付け根へ向けて一閃。

 膨大な魔力を纏った刃が抵抗すら受けずに熊の腕を切り離し、背後の山に峡谷を作る。


 また気持ちの悪い触手が伸びて繋ぎ止めようとするけど、その前に傷口を焼いてみた。

 毛皮には炎が効かないようだけど、肉は焼けるんだね。


 瞳に映る怒りが、恐れへと変わる。

 ようやく気づいたみたい。

 自分が捕食者ではなくて、被捕食者なんだって。


 空を蹴り、一回転。

 尾で脳天を打ち落とし、その勢いのままに槍を振る。

 

 唐竹に振った刃は鹿の角で受けられた。

 他より頑丈なのか、切り落とせはしない。


 それでも勢いを殺しきれなかったようで、熊もどきは巨体を地に伏せた。


 そこへ、投擲。

 巨大化した真っ白な愛槍が、杭となって大地に縫い止める。


「この状態でも雷を防げるのかな?」


 好奇心には従っておこう。

 

 私から槍へ向けて先攻放電の光が伸び、槍からも同じように放電する。

 瞬く間に、二つの光は結びつき、今日最大の一撃を通す道となった。


 轟雷。

 明るくなってきたばかりの山林が、昼間のように照らされる。


 いくらか遅れて鼻を突くのは、オゾン臭と肉の焼ける匂い。


「ふふ、ちゃんと効いたみたい」


 眼下には全身から煙を上げ、十二対全てで白目を剥いた熊もどきの背中がある。


「じゃあ、トドメと行こうか」


 龍としては、手加減したものとは言え、ブレスを耐えられてばかりなのがどうもね。


 でも周りにこれ以上被害を出さないよう、向きは考えないといけない。

 既に見渡す限りの山林地帯は無く、キロ単位で土をむき出しにした窪地が出来上がっている。


 地上は脆くていけない。


 槍を消し、地上に降りようとした、その時だった。

 違和感がした。


 直後に始祖クラスの気配が現れ、二階建て住宅並みの巨体が包まれ喰らわれる。

 下手人は、魔人だ。


 いつの間にかそこにいた彼は、両肩から先をスライムに変え、熊もどきを飲み込んでいた。

 

 格好は西洋貴族が着ていそうな黒の服。

 背中からはコウモリの羽が生え、下半身は人間のもの。


 顔は見えないが、一つ結びにされた紫の髪が何だか腹立たしい。

 私の好きな色の一つだからかもしれないけど。


「ねえ、それ私の獲物」


 少し離れた位置に着地する。


 振り返った彼の顔は、かなり整っている。

 陶磁のような肌にまつ毛の長い細長の目。

 それに薄い唇。


 白目が黒で瞳が金の内側に血色って点だけ人外の匂いがするけど、それを抜きにしたら相当モテるんじゃないだろうか。

 魔族にしては混ざりものが少ないから、あの服の下にも何かあるんだろう。


「君の獲物である前に、私の実験体だ」


 どこか見覚えがあるような気のする男は、そう言って不敵に笑う。


 誰何をしようとして、その前に彼の隣の違和感に気が付いた。

 それを、私は知っている。


「絶影君のお兄さんだね」

「フ、ご明察」


 違和感の正体は、いつかのカメレオンの魔人。

 それと併せて顔をよく見れば、所々のパーツが絶影君にそっくりだった。


「一応初めましてと言っておくよ」


 リスナーとしてやり取りはした事があるかもしれないけど。


「そうだな。その方がこちらも都合が良い」

「あっそ」


 挑発してくるね。

 どうやら彼はコメントで私とやり取りをしたことがあるらしい。

 当ててみろって含ませた返しだよ。


「話の続き。横取りは良くないと思うけど?」


 もう半分以上食われて無くなっている。

 力づくで止める理由は、今のところ私には無い。


 トドメはもう刺されちゃってるから今更だし、死体が欲しいのも人間たちに渡して繁栄の礎にしてもらうためだ。

 魔族だからどうこう、は今のところどうでも良い。


 絶兄が明確に敵だったら、このまま戦ってたけど。

 今のところ、コイツらに私への害意は無い。


「蟲毒を知っているか?」

「無視か。……まあ、知ってるけど」


 毒虫を壺などに閉じ込め、互いに食らい合わせてより強力な毒や呪いを持った虫を作る呪法の一種。

 それがどうした。


「蟲毒は良い。毒虫同士は互いの毒も、恨みも、全てを食らいあって己の毒に変える」


 急にどうしたんだこいつ。

 語りだすのはウィンテさんだけで間に合って――


「まさか」

「今回の実験では、魔物でも蟲毒の影響を受ける事が分かった。人間よりも強く、な」


 そんな気はしていたけど、やっぱりこいつはマッドサイエンティストだ。

 エルフ達から迷宮を隠蔽し、溢れ出そうとしたところで入口を塞いだ。


 迷宮から切り離された時点で魔力のみでは生きていけず、更に魔物たちが飢餓状態だったとしたら。

 外へ出られない魔物たちは互いを肉として喰らおうとするだろう。

 壺の中の毒虫たちのように。


 結果生まれたのが、この熊もどき。

 道理で歪なはずだ。

 こいつは、喰らった存在の力の一部を得たんだ。

 毒虫の毒が濃く、強くなるように、こいつも力を手にした。


 けど、降って湧いたように手に入れた力を熊もどきは上手く扱えなかったんだろう。

 だから八岐大蛇と同等の力を内包していながらあんなに簡単に勝てた。


「で、用はあるの? 私を毒虫にしようって言うなら、丁重にお断りしてその首を切り飛ばすけど」

「残念だが、貴様は毒虫になり得ない。だが壺にはなり得る」


 入れ物の方?


「壺が壊れては仕方あるまい?」


 何が目的かは分からないけど、私に死なれたら困るらしい。

 今のところは敵でない、と。


「まあ、何でも良いけど名前くらい教えなさい」

「ふむ、そうだな」


 偽名でも考えてるのか?

 偽名だったら絶兄って既にあるからそれで良いと思うんだけど。


「よし、これからはゼハマと名乗ろう。愚弟の名を借りるのも悪くない」


 絶影のに、魔人の始祖、つまりは始まりの魔人からって所かな?


「ちゃんと兄弟してるんだ。意外」

「ああ。だが、良い素体であったのだから仕方あるまい」

「……あっそ」


 自分の体に近しいからとか、そんなところなんだろう。

 魔人の始祖なだけある。

 人とは感覚が大きくズレているらしい。


 私も人の事は言えないが、こいつよりはマシだと思う。


 熊もどきを食い終わったか。

 明らかに力が増している。


 まだ私には届かないけど、この方法でゼハマはどんどん強くなるのだろう。

 頭も良さそう。

 好きになるのは無理だが、嫌いになるほどでもない。


 けど――

 

 黙って去る魔人どもを冷めた目で見送りながら、何となく、アレとは長い付き合いになる気がした。


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