第67話 縛りプレイだね

67

 見下ろしてくる計二十四の瞳を、じっと見つめ返す。

 それぞれ異なる色の瞳と言い、気配と言い、なんか歪。


「動ける人たち、避難の準備。寝てる子たちを忘れずにね」


 視線は敵から逸らさないまま、背後の結界の内側へ声をかける。

 自らの特性を活かす為にわざわざ新しく拠点を作った彼らには悪いけど、この山林が無事な保証は無い。


 ここは迷宮の中じゃないから。


 城壁の前にいた兵たちが動き出す。

 思考入力でそれ用のスレッドに書き込んで、夜墨と女王にも連絡した。

 夜墨が到着次第、彼らを連れて離れてもらう。


 熊もどきは私を警戒しているのか、未だ動こうとはしない。


 自我は獲得しているんだろう。

 ただ、伝わってくる感情は純然たる敵意。

 熊もどきからすれば私は餌を奪おうとする邪魔者なんだろう。


『避難には三十分ほどかかります』


 三十分……。

 少なくともその間は加減をしなければいけない。


 夜墨の方は、敵の逃げ足が早くて手こずってるみたいだね。

 

「場所を変えようって言ったら、来てくれる?」

「ぐるるっ……」

「まあ、そうだよね」


 戦場を変えられたら楽だったんだけど。

 流石に抵抗するコイツを何処かに無理矢理連れて行くのはしんどいね。


 仕方ない。

 ちょっと頑張ろう。


「ガアッ!」


 先に痺れを切らしたのはあちら。

 テラテラと光った爪を振り上げ、薙ぎ払ってくる。


 早い。

 始祖たちでも避け続けるのは難しいか。


 更には爪の掠めた木がドロドロと溶けだす。

 嫌な予感ってなんでこうも当たるんだろう。


「当たったら痛そうだ」


 少し嫌になりながら呟く。

 幾らか近くなった結界との距離を離す為、振り切られた腕に蹴りを入れてみたけど大して変わらないね。

 数歩だけ後退らせるのがやっとだった。


 膂力の差はあまり無さそう。

 私の方が少し強いくらい。


 熊だけあって毛皮も分厚そうだったから、ただの打撃は効果的ではないね。

 浸透勁でも出来たら違うのかもしれないけど。


 暇ができたらちょっと練習してみようかな。


 おっと、思考が脱線した。


「これはどう?」


 少し踏み込んで、横薙ぎの一閃。

 私の爪とも言える槍の一撃は、熊もどきの膝辺りを真一文字に切り裂いた。


 赤い血の吹き出す結果に満足してたら、触手のようなものが断たれた肉から伸びて、繋ぎ合わせてしまう。


「気持ち悪……」


 本当にコイツはなんなんだ?

 どこぞの薬品会社が作った生物兵器にでも感染してるの?


 あまり反撃してこないのは自分のタフさに自信があるからかもね。


「じゃあ、魔法」


 まだあまり強いのは使えないので、そこそこの威力で。

 八岐大蛇に向けてた威力の雷なんて、一発でも衝撃波で周辺の木々を吹き飛ばしてしまう。


 物理的に殴る魔法は除外して、幾つか試そう。


 雷、はなんか弾かれた。

 炎、意に介せず。

 凍らせてみる、けど直ぐに脱出。

 水で頭を覆った、のに普通に息してる。

 重力を増やす、とちょっと動きが鈍くなった。

 

 ふむ。

 耐性硬くない?


 このまま倒すなら、ちまちま削るしかない?

 とりあえずブレスも――


「おっと」


 危ないな。

 大木を腕で弾き飛ばしてきた。


 この反応からして、ブレスはちゃんと効きそうだ。

 効きそうなんだけど。


「ちょっと、そればっかり、ズルいと、思うんだけど。自然破壊、反対!」


 次々飛んでくる巨木の砲弾。

 ご丁寧に魔力を纏わせているようで、当たれば小さくないダメージを受ける。

 動きが止まった後に熊もどきの攻撃を躱せるかも問題だ。


 迎撃もしつつ、避けながら位置を変える。

 流れ弾が結界に当たらないようにだ。


「っ! そんなにお腹空いてるのね!」


 こいつ、迷わず結界に標的を切り替えた。

 間に私が居なくなったってだけで。


 やり辛いなぁ。

 何度も叩かれたら、女王の結界もマズい。


「遊ぼうって言ったでしょ」


 溜め無しのブレスを鼻先にぶつける。

 大したダメージは与えられていないけど、気を引くには十分。

 怒りに十二対の目を染めて、飛びかかってきた。


 潰すように振り下ろされる爪を前に出て避け、腹へ槍を振るう。

 しかし急激に放出された魔力が衝撃波になって私を阻んだ。


 熊もどきは腹の下の私を睨むと、大きく息を吸う。

 ん、良くない気配。


 急いでその場を離れ、結界の前へ。

 苦手だけど無いよりマシと追加の結界を張った瞬間、熊もどきが吠えた。


 耳を塞ぎたくなるような咆哮は爆発を生み、大規模なクレーター作る。

 私の結界は砕かれ、吹き飛ばされて通過した女王の結界にも蜘蛛の巣状のヒビが入っていた。


 体勢を立て直す間にも結界は修復されていくが、熊もどきはそこを狙って腕を振り上げる。


 させない。

 

 地面を蹴った衝撃で城壁が崩れた。

 でも気にしている場合じゃない。

 勢いを乗せて槍を振い、剛腕を迎え撃つ。


 体格差もあって互角。

 余波で結界のヒビが広がった。

 冷や汗が伝う。


 夜墨まだ?


『仕留めた』


 良し!

 体勢の崩れた熊もどきに魂力の塊をぶつけ、強引に距離を空ける。


「来い、夜墨」


 背後に巨大な魔法陣が現れた。

 

 それより出づるのは、夜の闇をその身とする巨龍。

 星の瞳に熊もどきを映すと、一秒ほど溜めたブレスを放った。


 黒い奔流は熊もどきを飲み込んで、その後ろの森を抉る。

 その間に夜墨は全身を顕現させ、空へ昇った。


「エルフ達を頼んだよ」

「ロードが望むなら」


 城壁の内側、その中央へ向かう夜墨を見送り、ブレスを受けて平然と立つ熊もどきを睥睨する。

 

 ダメージが無いわけじゃないね。

 なら、もう一発喰らって貰おう。


 溜めた時間は、夜墨の半分少々。

 けど魔力の出力と総量で彼を凌駕する私なら、それだけで同じ威力を出せる。


 山林に描かれた一本線をなぞるように、今度は白の奔流が歪な混ざり者を飲み込んだ。


 避難は、まだかかるか。

 ならもう少しこの激流に身を晒して貰おう。


 周りへの被害が大きいから、水平方向に長時間撃つのは怖いけど。

 人の気配に沿って身体を下ろしたみたいだから、遠からず全員が夜墨に乗れるはず。


 なんて考えている間に従者の飛び立つ気配を感じた。

 結界の内側には、誰もいない。


 ブレスを止め、口角を上げる。


「悲報を告げよう。一緒に遊ぶのは終わり。ここからは、私だけ楽しませてもらうよ」


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