第66話 イレギュラー

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 東の空が薄ぼんやりと明るくなってきた。

 夜墨と別れてからは一時間だ。

 

「ほっ」


 山梨辺りの上空から投げた白槍は、秋田の都市を襲おうとしていた邪鬼の頭を貫いて絶命させる。

 この場に陣取ってからずっと繰り返してきた事だ。


「よっと」


 英雄の種がどう頑張っても倒せないような魔物でも、私にとっては投擲一つで仕留められる獲物に過ぎない。


「ん、マズいのはコレで最後かな?」


 埼玉方面に向かう竜が絶命した事を確認し、一息つく。

 今交換したお茶を飲みながら望遠の魔法を使うと、戦いを終え、島民に労われる人魚の小娘の姿が見えた。

 頭も悪く品の無い女王ではあるが、その健気さは民衆受けが良いらしい。


 他のいくつかの地域も既に戦いが終わっているみたいだね。

 四国と、北陸も後始末を始めている。


 東北もそろそろ終わるかな。

 エルフ達が南部に増援を送っていたお陰で、思ったよりは楽が出来た。


 私と夜墨の手助けが無かった地域も、強敵は始祖達が中心になって対処している。

 

 うん、私の役目は終わりかな。


「んーっ、疲れたぁっ!」


 意外と強めのが多かったなぁ。

 確実に仕留めないといけない相手だけど、やり過ぎると人間達を巻き込んじゃうから神経を使ったよ。


 もう二度とやらない。

 私が気付いた範囲でスタンピードを起こしていた迷宮を書き出しておくから、次は自分たちでどうにかして欲しい。


 起こるとしても何十年、何百年後になるとは思うけどね。

 小さいのなら十年もあれば起きうるか。


 まあ良いか。

 兎も角、これでもう私は自由だ!


「と、最後まで気を抜いちゃいけないね」


 全戦闘終わったのを確かめて、それから終戦宣言の配信をしたら漸く終わりだ。

 暇だし、なんかそれっぽい演出でも考えておこうかな。

 信賞必罰の賞の代わり?


「どんなのが良い―― 」


 姿勢を胡座に変えて、思考を巡らせようとした時だった。


 その気配は急に現れた。


 威圧感は、八岐大蛇と同等。

 そんな迷宮、あったか?

 あの百七十階層のような特殊条件?


 場所は……。


「ちっ」


 思考を打ち切り、全速力で飛行する。


 ソレが現れたのは、秋田と青森の県境にある大山林、白神山地の中心部。

 エルフ達の作った集落のすぐ近くだ。


 非常にマズい。

 今エルフの里にはあまり戦力が残っていない。

 南部への援軍が仇になった。


 始祖のハイエルフは残っているが、彼女の力じゃ時間稼ぎが精々だ。

 せめて戦力が万全なら、まだ戦いようがあったけど……。


 いや、無いもの強請ねだりをしても仕方ない。

 望遠の魔法で確認すると、プレッシャーだけで防衛部隊の半数以上が気絶してしまっていた。


 これは、戦うにしてもエルフ達を避難させないとか。


 夜墨は、そこそこ強いのと戦ってる。

 あれは放置できない。

 

 急げ。

 流石に全滅されたら寝覚が悪い。


 私の気配に気付いたのか、ハイエルフの女王は全力で防御に徹し始めた。

 あの女王、防御の方が得意なのか。

 これなら間に合う。


 よし、見えた。

 あれは、熊?

 鹿の角が生えた熊だ。


 目が十二対。

 体色は、コールタールのような黒色だ。


 二階建てほどの体高の熊が、様々な色の瞳でハイエルフの女王の作った結界を睨んでいる。


 とりあえず足止めプラス奇襲と全力で槍を投擲したが、簡単に避けられた。

 まあ、予想通り。

 足止めの目的は果たせているので問題ない。


「ふぅ、到着。それじゃあ、遊ぼうか」



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