第65話 儚いものたちの死闘

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 スタンピードの開始から五時間。

 戦いはまだ続いている。


 百階層台の魔物が増えてきたからか、前に出ているのは各勢力の主力が中心になっている。

 序盤に戦っていた人たちの殆どは後方支援に回ったみたいだね。


 まあ、正解だね。

 旧時代の戦いと違って個人の質も大きく関わるし。

 実際、私一人で一つの勢力を滅ぼすことも出来る。


 ん、谷さんとこが牛頭の魔物に苦戦してるみたいだね。

 人間たちがボウリングのピンみたいに吹き飛んでる。


 巨大な斧を盾役が受け止められないのか。

 渋谷迷宮の最下層守護者と似てるけど、あれより強い。

 色がくすんだ黒だからか、牛頭の悪魔って呼ぶ声が聞こえるね。


 渋谷付近では同じ顔が見えないし、守護者なんだろう。

 下手をしたら二百階層クラスだ。


「あれは私が片付けようか」


 東京上空に戻ってきているので、動く必要はない。

 巻き込んでは可愛そうなので、先に声をかけてあげる。


「離れなさい」


 風に乗せた声が渋谷周辺に届き、指揮官の怒声と共に人間たちが飛び退く。

 当然牛頭の悪魔は追いかけようとするけど、私が許すわけない。


 三条の雷が悪魔を貫いて、モノ言わぬ屍に変える。


 トドメも準備してたけど、思ったより脆かった。

 物理特化型だったのかな。


 おっと、長野の方からも強い気配。


「夜墨」

「ああ」


 急いで移動してもらうと、ちょうど件の気配と人間側が接敵したところだった。

 冷気を纏った巨大な鳥だ。


 勿忘草わすれなぐさの花のような体色に、鋭い緋の瞳。

 人を数人纏めて掴めそうな鷲爪と合わせて、冷酷な印象を受ける。


 なんか、冷蔵庫の英語名を叫んでる人がいる。

 伝説の鳥には違いないけど、名前それでいいのかな?


 とりあえず雷を落とす。

 こちらに意識を向けてくれたら、上で始末するから。


「あら、避けられた」


 魔法の起こりを感知されたっぽいね。

 発生する前に回避行動に出ていた。


 なんて呑気に見ている場合じゃなかった。

 避けた動きそのままに、数人の人間をまとめて鷲掴みにするのが見えた。


「相手よろしく」


 返事も待たず、飛び出す。

 

 槍を顕現させ、一閃。

 半ばから足を切断される。


 受け止めた足の内には、血まみれになって呻く鎧の男たち。

 三人の内二人は口からも血が垂れている。

 これは、直ぐに治療しないとマズい。


「触るよ」


 触診の技術なんて持ってないから、魔法によるスキャンを併用する。


 口から血を垂らす二人は、案の定肋骨まで砕け、内臓がいくつか破裂していた。

 もう一人は幸いなことに骨折で済んでいるが、他同様、折れた骨が皮膚を突き破っているのでショック死や失血死などの恐れがある。


 まずは、内臓をやられている二人。


 幸いなことに、肉体をかたどる魂力はそのままの姿を保っている。

 人体の構造を熟知していない私でも、これの通りに修復すれば良さそうだ。


「ふぅ……よし」


 深呼吸をし、魂力の型に当てはめるように肉体の部品を動かしていく。

 細胞の構造はだいたい分かるので、その点の修復には苦労しなかった。


「うん、大丈夫」


 少し時間はかかったけど、問題なく処置完了。

 

 続けて、もう一人。

 こちらは骨だけなので、最初の二人よりは簡単に終わる。

 

「ガァっ!」


 頭上で夜墨が巨鳥の喉元に喰らい付く。

 氷の巨鳥はその身に纏う冷気を強め、反撃するが、夜墨には効かない。

 もう決着はついたね。


「……こんなものか」


 身体の傷は粗方塞いだ。

 龍の権能と膨大な魔力を使った力技に近いけど、問題は無いはずだ。

 

 心の傷は、私にはどうしようも出来ない。

 このまま戦えなくなったとしても、誰も悪いようには言えないだろう。

 それだけの恐怖だったはずだ。


「うぅ……」


 内臓をやられていた内の一人が意識を取り戻したみたい。


「大丈夫? あなた、名前は?」

「タカ、フミ……」


 うん、大丈夫そう。

 上体を起こし、額に手を当てながら首を振っている。


「傷は治したけど、血は戻らない。食べ物はある?」

「い、いや」

「じゃあ、はい。他の二人にも起きたら食べさせて」


 出雲大社迷宮の蛇肉の丸焼きを三人分渡す。

 いきなり重たいけど、まだ戦の最中だ。頑張って欲しい。


「私はもう行く。結界を張っておくから、少し休むと良い」


 まだ私が誰か確認する余裕も無い兵士にそれだけ告げて、夜墨の待つ上空に向かう。

 結界は三十分以上保つので、心配はないだろう。


「コレはどうする」

「彼らの拠点の方に置いてこようか。人間には強い武具が必要だよ」


 思った以上に彼らは脆かったから。

 龍になってからの三年で、すっかり感覚が変わってしまったみたい。


 それでも龍の中では貧弱体力なのが泣けるけど。

 

「中部から関東の南にかけてをよろしく。私は東北と北関東に行ってくるよ」


 夜墨の方が数段早く飛べるから、広い方を担当してもらう。

 同じような事が、これから日本中で起きる。

 突然変異的に強さを手に出来なかった人間には厳しい戦だ。


 人間にも英雄の種は居るけど、三年じゃ発芽しなかったみたい。


「暴れるか?」

「いや、手助けだけで」


 多少の犠牲は、目を瞑る。

 私が人間種族に求めているのは成長だから。


 苦境に立って芽を出す種もあるかもしれないし。


「じゃ、お願い」

「ロードが望むなら」


 出てきてる魔物の強さ的に、終わりが近い。

 さあ、踏ん張りどころだよ、人間種族の皆。


 夜明けは、近い。


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