第64話 開戦の時間だ

64

 年が明けた。

 カレンダーの出るような電子端末はもう用を成していないけど、配信やスレッドの書き込みで時間は分かる。


「ん、来たね」


 時刻はちょうど、深夜の一時。

 一月一日の早朝一時。


 こんな一ばかり並ぶ時間に、運命の時はやってきた。


 読んでいた本を閉じて、ソファから身を起こす。


「夜墨、長たちに連絡は?」

「既に済ませた」

「流石」


 乱れた着物を整えて、迷宮の外へ出る。

 空には幾千の星。

 東京でこの空を見るのも、すっかり慣れてしまった。


 遠くで鐘を鳴らす音が聞こえる。

 感知範囲を広げれば、沢山の人の動く気配も。


 夜墨に乗り、星々の待つ遙か上空へ。

 東京の冬は雲がないので地上がよく見える。


 乾燥した冷たい空気を魔法で避け、日本中の声を拾う。


「寝てるやつは全員叩き起こせ!」

「おい! 整備係誰だ!」

「第一部隊整列完了!」

「非戦闘員の避難急げ!」

「防護壁の最終点検だ!」

「くそ、こんな夜中に来やがって」

「俺の剣どこだ?」

かしら! 高田の爺さんが自分も戦うって聞かねぇ!」

「先行部隊いつでも行けます!」


 ちょいちょいトラブルは起きているみたいだけど、概ね順調みたいだね。

 溢れてくる気配は、今のところ小物ばかりか。

 集落近くの迷宮は基本的に対処されているから、準備が間に合わないって事は無さそう。


 沖縄だけすぐ近くの海底にも未発見の迷宮があったみたいだけど、まだ陸に上がれるようなのは出てきていないらしい。

 このままそれなりの強さの魔物たちが出てくるまで乱戦にならないなら、力のコントロールが下手なあの小娘でも膨大な魔力を有効活用できるでしょう。

 参謀もそれが狙いなのか、接敵しても攻勢には出ず防御を優先している。


 一番不安だった東北南部は、案の定魔物の気配が多い。

 人口の分布が偏ってるから、それがどう働くかだね。


 ちなみに人里離れたところに向かった魔物は放置するつもり。


「人間たち、意外と頑張ったみたいだね」

「そのようだ」

「しばらく見守ろう。手を出しすぎても、私の目的は達せられない」


 甘やかされてばかりの子がどれだけ成長するかって話だ。


 沖縄以外で最初に接敵したのは、九州南部の人間たちだった。

 望遠の魔法で見ていると、桜島のある鹿児島湾の西の海岸に、魚頭の人型魔物が上陸する。


 数は数えるのが馬鹿らしくなるほど。

 その全てが魚類の牙を加工した槍を手に持っている。


 それにしても、似たような人間種族より魔物の方が人に近い体なのは何なんだろう?

 違和感が凄い。

 その内交流が途絶えたら、魔物と区別付かなくなったりして。


 なんて言ってる間に、戦闘開始。

 初めは、矢の斉射か。


 銃は弾のコストが大きい上に魔力での強化が難しくて、費用対効果がかなり悪いって話だったからかな。

 直接触れる矢の方が魔力を込めやすいんだって。


 この三年で築かれた防壁の前や上から一斉に放たれた矢の雨が、魚頭たちに降り注ぐ。

 所詮は浅い階層の魔物だ。

 数本の矢が当たるだけでその身を抉られ、骨を砕かれて息絶える。


 矢は海水という防御壁もいくらか貫いて、上陸できない怪魚も仕留めていた。


 即座に第二射。

 今度はさっきと違って軽く狙ったみたいだね。

 何かしら基準があるのか、上手く標的がばらけている。

 魔法での誘導もしてるのかな。


 そこそこの強さの魔物も上陸し始めたけど、妖精を中心とした魔法の得意そうな人たちが魔法の術式を組み立てているし、問題無さそうだ。

 竜人部隊も控えてる。

 私が手を出す必要は無いね。


 ん、北海道北部の方でも戦いが始まったか。

 旭川の辺りかな?


 巨人たちは意外と手先が器用なようで、投石機や破城槌といった攻城兵器を用意している。

 巨人でも持てないような巨岩が弧を描いて飛んでくるのだから、魔物からしたら堪ったものじゃないだろうね。

 大きすぎて破城槌は出番があるか分からないけど。


 資源の問題なのか、徒手空拳で戦う人が多いみたい。

 武器を持っているのは少数派だ。

 たぶん、サイズ的に必要spが多かったんだろう。


 まあ、まだまだ余力はあるようだし、ここも心配なさそうだ。


「次は、中国地方か。北陸も」

「巨人ども以外は夜目の利く種族が多い地域ばかりだな」

「その点は良かったのか悪かったのか」


 こんな真夜中でも戦闘に支障がないのは良いが、警戒のために緊張する時間が延びるほど夜目の利かない種族の精神的疲労が大きくなっている可能性もある。


 ふむ、光源か。

 少し手伝おうかな。


「夜目が利かないのは、巨人たちと人間と、竜人?」

「ああ。他は獣人どもも明るい方が有利に戦えるだろう」

「ん、おっけ」


 そうすると、地域で言えば北海道、東北、関東、中部、それから九州南部か。

 あー、いや、地域まるごと照らせるようにしたら吸血鬼たちの担当する北陸みたいな照らさない方が良い地域まで照らしちゃうね。


「仕方ない、少し頑張ろうか」


 各地域の人口が集まっている場所を探って、魔石を核とした術式を作る。

 まあ、こんな感じか。

 

 遠隔でするのは難しいので、戦場を観察しながら現地へ。

 到着次第、夜墨に姿隠しを解いて貰ってから先ほど作った術式を構築、魔法を発動した。


 白い極光が現れ、不意にその周囲にだけ、星の瞬きが届かなくなる。

 足元が騒めいた。

 何を言っているのかまでは分からないけど、喜んでそう。


 うん、間違ってなかったね。

 このまま北上して行こう。


 東北北部だけまだ戦闘が始まってないけど、そもそもあそこは魔物の気配がない。

 エルフの能力のおかげで全ての迷宮の対処ができたんだろう。


 なんか話し合ってるみたいだし、南部の救援に行ってくれるのかな。

 だったら現地の人たちは助かるだろうね。


 ん、四国は深い層の魔物も出るようになってきたか。

 早い。


 ちょっと劣勢。

 行った方が良い?


 いや、隠神刑部いぬがみぎようぶの側近たちが動き出した。


 ほー、凄いね。

 巨大な鉈だとか、アイロンだとか、色んなものに化けて攻撃してる。

 あ、彼女は刀が使えるのか。


 うん、大丈夫そう。

 このまま最後まで凌いでくれたらいいんだけど。


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