閑話② 夜墨と名付けられた龍
私が目覚めたのは、ロードが龍として生まれ変わった瞬間であった。
冷たい石のブロックを積み上げられた、少しばかり窮屈な一室は、初めて見たはずなのに馴染みを感じて、奇妙に思った事を覚えている。
自分が何者であるかは、次元の壁に隔たれた下より伝わってくる、主の気配と共に理解した。
私が私となる以前、何であったかも同時に知ったが、今となっては関係のない事だ。
目覚めてから暫く。
熱の感じられない床に寝そべりながら主人の来訪を待ち続けた。
されど、その時は一向に来ない。
せめて挑戦者でも来てくれれば良かったのだが、生まれたばかりの迷宮に、変容したばかりの世界。
そんなもの、望むべくもなかった。
結局ロードと初めて
床の隠し階段から現れた彼女は、龍にしては貧弱な体に、龍としても膨大過ぎる魔力を宿していた。
ただ定めに従って仕えるのみと思っていた考えは、この時変わった。
だからだろう。
ただ守護者としてあれば良いだけの筈なのに、契約という抜け道を示したのは。
「夜空を染める墨の如き黒い鱗と、星のように美しい瞳を持つ君に」
彼女のその言葉で、私は『夜墨』となった。
迷宮との繋がりが途切れ、ロードとの直接的な繋がりが出来るのと同時に、
元々、彼女の魂の一部を材料として生み出された私だ。
受け皿として丁度良かったのだろう。
ロードが龍として、その目的に生きる上で邪魔になったものも、元は彼女の一部だ。
龍になっても消え去った訳ではなく、魂の内で
その澱が、私の魂に流れ込み、私の今の自我を形作った。
ロードが私を自分と認識しているのも、これが理由だ。
事実、それは間違っていない。
従者としては、ロードより受け取ったこの性質は好ましいだろう。
しかし、人としてのあり方も望んでいたロードの、数少ない人間らしい一面がロードの内から殆ど消えてしまったことも示していた。
スタンピードの発生する未来を知った時、簡単に人間どもを見捨てようとしたのはその為であろう。
人の道を望み、人龍という特異な龍となったロードは、ふとした拍子に人外の道へ入ってしまう。
それを諫め、望む道に戻すのも、私に求められた役目なのだろう。
その私が人ならざる龍の身というのは、些か皮肉ではあるかもしれないが。
だが、まあ、間違ってはいないのだろうな。
人ならざる視点ではあるが、朝日に照らされながら人間たちの守った街を眺めているロードの様子を思えば。
「私が私らしくあれるように、これからもよろしく頼むよ」
僅かばかり心の内を変化させたロードの問いへ、私は密かに口角を上げ、了承の返事を返した。
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