第56話 神話の鬼が護るモノ

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「ふんふんふふーん。ふふふふ」


『上機嫌すぎて怖い』

『今戦闘中だよね? 命がけの』

『鼻歌歌いながら鬼しばいてる光景ってココまで異様なんだな?』

『異様じゃない訳がない』

『敵めちゃ強面なのに可哀そうに見えてくるのは何でだろう』

『片手に酒瓶持ってるしな』

 

 ん-?

 そんなに機嫌良いかな?


 まあ、機嫌良いかもしれない。


 だってさ、この百階層に来る直前に見つけちゃったんだよ。

 酒の湧く泉を!


 一見すればただの小さな泉で、変わった所と言えば雷に打たれ炭になった木の根元にある位だったんだけど、私の、龍の嗅覚は誤魔化せなかったね!

 

僅かに混じる酒精の匂いをばっちし捕えました!


 六十階層台以降を流れていた大河の支流らしき川の水が流れ込んでいて、薄まってはいたけど、中央付近からお酒が湧き出ていたの。

 あとはいい具合になっている部分を味見しながら探して、瓶に詰めてきた。


 中々難しくて、味見だけで一升くらい飲んじゃったよ。

 うん、悩んでただけで決して沢山飲みたかったわけじゃないよ。

 ホントだよ。


「おっと。瓶が割れたらどうするのさ」


 土気色の肌の鬼が持つ、刃がボロボロでほぼ鈍器の刀が瓶を掠める。

 危ないので尻尾で腕をはたいて、武器を奪っておいた。


 怯んでくれたので、ついでに懐に踏み込んで鳩尾を殴る。

 鬼が二メートル少々ある身体をくの字に曲げ、地から足を浮かせた。


 そこへ、回し蹴り。

 遠心力のせいか、私の懐から袋が飛び出した。

 中に入っているのは、まだぬかの付いた米だ。


 おっとと、危ない危ない。

 これも失くしたら大変。

 主に私のメンタルが。


 八十階層台の湿地帯で見つけた稲だ。

 ハエトリ擬きのそれより数段美味しいのは確認済み。

 今夜はこれで一杯やるんだから。


「これ以上動き回ったら事故がありそうだね。魔法は効きづらいみたいだけど、だったら、効くまで浴びせればいいよね?」


 空いた左手を壁に打つかってへたり込んだ鬼に向け、私の持つ膨大な魔力を放出する。

 直後、空気を裂く轟音と閃光が奔った。


 一度、二度、三度、そして四度。

 空気の揺れる回数が、そのまま鬼を穿った雷の数となる。


『まぶし』

『ハロさん、雷好きだよな』

『便利だしな、雷。ちなみに原理をふわっとしか知らない魔力Bの妖怪俺、一発撃ったら卒倒しました』

『やば』

『てか鬼、まだ生きてんじゃん』


 タフだねー。

 かなり無効化されてるのは分かるけど、それにしたって吸血鬼の子爵くらいなら一撃で灰になるくらいの威力は保ってる。

 この規模の迷宮の百階層を護ってるのは伊達じゃないね。


 まあ、流石にもう動けないみたいだけど。

 鼻歌を歌い続けながら、虫の息となった鬼にゆっくり近づく。


「お疲れ様。ここ、通らせてもらうね」


 始めから言葉を解している雰囲気はあった。

 少しだけ労って、左手を振り上げる。


「じゃ、おやすみ。次は何十年も後だと思うよ」


 再召喚される守護者が同じ記憶を共有するかは知らないけど、まあ、気分がいいから。


 拳に先ほど打ち込んだ雷二つ分ほどの魔力を込め、倒れ伏し虚ろな目を向けてくる鬼の顔面へ振り下ろした。

 完全に体から力が抜けたのを確認して、姿勢を戻す。


 うへ、血がべったりついてら。

 洗っておこう。


「さて、もう外は暗くなってる時間?」


『お疲れー』

『だな。もう夜だ』

『ハロハロー。まだやってるなんて珍しいって、終わるところか』

『お疲れ様です』


 じゃあ今日はここまでかな?


「うん、そうだね。もう終わり。私はこれから夕ご飯の準備に入るよ。また明日ね」


 カメラを正面に回して手を振り、配信を閉じる。


 ふぅ、結局ここまで来るのに半年以上かかっちゃったな。

 もう九月も終わる頃だよ。


 つまり、旧時代の終わりから一年だ。

 たった一年ですっかり変わったものだね。


 スタンピードを乗り越えられたら、更に変化は加速していくのかな?

 楽しみだね。


「それにしても、鬼の守護者に、百階層か」


 ここまで一度も見ることは無かった鬼が、こんな切りの良いタイミングで守護者として現れた。

 この迷宮で鬼ってなるとちょっと思い当たるものがあるよね。


 黄泉軍よもついくさ

 伊邪那美命いざなみのみこと伊邪那岐命いざなぎのみことを捕えるために差し向けたという、根の国の軍勢だ。


 そんなやつが護っていた先ってなると、やっぱりそういう事かな?

 ちょっと行ってみようかな?


 入って来たのとは反対の扉の先へ進み、長い白木の階段を下る。

 階段は半ばごろから木の根がその形を成しているだけの物に変わった。


 これまでに比べて少しばかり歩きづらいソレの最下段まで来たが、見上げるほどに大きな岩があるばかりで行き止まりになっている。


「やっぱり、そういう事かー」


 思わず漏れた声にハッキリと好奇心が現れているのが自分でも分かった。

 明日からは、この先を攻略することになる。


 うん、楽しみだ。

 いつまで気楽に進めるかは分からないけど、その方が良い。


 よし、今夜は景気づけの宴だ。

 予定よりも更に豪華にしよう。


 最高に美味しいお米に合わせるとしたら何がいいかな。

 近江の迷宮で手に入れたお肉だけじゃ、まだ負けるかもしれない。


 もっと深い階層なら丁度良いお肉が手に入ったかもしれないけど、仕方ないね。

 調理でどうにかしよう。


 美味しいお酒もあるんだから、一切手が抜けないね!


 ここ最近で一番気分が良い。

 ああ、早く明日にならないかなぁ。


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